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流行のオペラを観たあと、夜は貴族街にあるレストランで食事をした。
食事を終えたあと、私たちは馬車が待機している場所まで歩く。
その道すがら、様々な形をした飴を売っている屋台を見つけた。
「可愛い」
足を止めた私は、屋台に並んでいる飴――イチゴ飴やリンゴ飴、立体的な鳥や花の形になった商品を眺める。
――と、花の形をした飴を見た瞬間、五歳の時の事を思いだしてしまった。
私が表情を曇らせたのを観て、アルフォンス様も私の心中を察したようだった。
「親父、このバラの花の飴をくれ」
「毎度!」
彼は店主からバラの花の飴を買い、例の道化のように恭しく私に差しだしてきた。
「花をどうぞ、美しいお嬢さん」
「……っ、ありがとうございます」
今日一日のデートはどれも素晴らしかったけれど、この気遣いが一番嬉しいかもしれない。
嫌な思い出が、好きな人によって素敵な記憶に塗り替えられる。
多分、それは一番効果的なトラウマの解決方法だろう。
アルフォンス様は、私がどんな事に傷付いているかを熟知している。
その上で飴を使って楽しい経験を作ろうとしてくれていると思うと、彼の優しさが心に沁み入ってくる。
「いただきます」
赤いバラの飴を舐めると、甘酸っぱいベリーの味がした。
「美味しい」
「それは良かった」
飴を舐めつつゆっくりと帰路につきながら、私は若干の寂しさと不安を抱いていた。
一人で帝都に滞在している間は、私は〝フェリシテ〟でいられる。
けれど国に帰ればまた〝ハズレ姫〟に戻ってしまう。
〝今〟目の前にある楽しい事に目を向ければいいのに、どうしても「また嫌な事が起こるだろう」と思ってしまう。
足取りが鈍っていたからか、アルフォンス様が提案してきた。
「宮殿に戻るのはやめておこうか」
「えっ?」
目を瞬かせると、彼は唇の前に人差し指を立てて悪戯っぽく笑う。
「貴族街に屋敷を所有している。たまに一人になりたい時にそこで羽を伸ばしているんだ。今日はそこに泊まらないか?」
「えっ!?」
今度は別の意味で声を上げた私は、ドキドキと胸を高鳴らせて赤面する。
「君はいつも息苦しそうに生きているように見える。でも帝国に来ている時ぐらいは、それらから解放されてほしい」
彼が私の事を考えてくれたのを知り、私は照れながら微笑む。
そしてバラの飴を見てから頷いた。
「じゃあ、そうします」
「なら、歩いて行こうか。こういう機会はなかなかないし」
「はい」
勿論、私たちの周囲には警護の騎士たちが随行している。
けれど目立たないように周囲に溶け込む格好をし、通行人を装っていた。
だから私たちは普段より〝守られている〟と意識せずに行動できていた。
タウンハウスに着くと、変装して同行していたジョゼや騎士が動き、部屋を整えてくれる。
季節は初夏なので窓を開け、換気を行ってから家具に掛かっていた白い布をそっと外していく。
ソファに座って休んでいる間、ジョゼはアルフォンス様に言われてワインの用意をした。
変身の魔術を解いたあと、私たちは乾杯する。
「改めて、成人おめでとう」
「ありがとうございます」
まだお酒を美味しいとは思えていないけれど、アルフォンス様と同じ物を飲めるのは嬉しい。
「誕生日パーティーの時、帝国の皇帝として贈り物はした。だが今回は個人的に楽しんでもらいたいと思い、君が喜んでくれそうな所を見繕って連れて行ったが、楽しんでもらえただろうか?」
「勿論です!」
今日一日、まるで夢のようだった。
「これで国に帰ってもまた頑張れます」
そう言ったけれど、アルフォンス様はジッと私を見つめてくる。
「……あの?」
失言でもしただろうかと思って首を傾げると、彼はいたわる目で尋ねてきた。
「君の本当の望みは?」
「……望み?」
私は目を瞬かせて首を傾げる。
「この三日間、君はとても楽しんでくれたと思っている。……でも俺は、まだ君の本音を聞いていない」
「本音なんて……」
皇帝陛下が直々にもてなしてくれて本当に嬉しいのに、これ以上の本音なんてない。
「君は今日まで、沢山の努力をしてきたはずだ。報われた時も、報われなかった時もあっただろう。それでも君は悲しみを押し殺し、前を向き続けた」
「アルフォンス様の言葉が、私を導いてくれました」
笑顔で言ったけれど、彼はどこか寂しそうに首を横に振る。
「そう思ってもらえるのは光栄だ。……だが俺の言葉が君を縛っていないか?」
「え……?」
思いも寄らない事を言われ、私は瞠目する。
「酷い言葉をぶつけられて傷付いても、君は笑顔でやり過ごし、『理想の自分なら泣いて取り乱さない』と言い聞かせているだろう。それは王女として正しい選択だ。感情的になるより、冷静さを貫いたほうが他者からの評価は上がる」
アルフォンス様はワイングラスを置き、正面から私を真剣な眼差しで見つめる。
「だが君は一人の人間だ。心を殺し続ければ、いつか我慢が限界を超えてしまう。ボロボロになったあとに『自分は傷付いていた』と周囲に言っても、手遅れになる場合もある」
彼の言葉を聞き、私は視線を落とした。
確かにアルフォンス様の言う通り、数え切れないぐらい嫌な思いをしたし、レティと比べられては比較され、一方的に失望され続けている。
いちいちそれに取り合っては身が持たないから、傷付いても知らないふりをして、『私は大丈夫』と常に笑顔でいるよう言い聞かせて生きてきた。
ジョゼの前では冗談半分に強がる事もできるけど、しょせん〝ふり〟なのだ。
私は今でもレティと比べられる事を恐れ、無能、〝ハズレ姫〟と呼ばれる事に傷付いている。
大丈夫な〝ふり〟を〝強さ〟とはき違えていたと言われると、その通りだ。
直視しないようにしてきた現実だけれど、アルフォンス様はそれを指摘してどうしたいのだろう。