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「んじゃ、行ってくる」


父さんは、僕と同じ歳の年数、毎日、返事もしない写真立ての中の母さんに話しかけている。いつまでも歳を取らず、僕を産んだ頃のままの姿の、母さんに。

「父さん、今日は何時?」

「大丈夫、十八時までには帰るよ。今日はりつの誕生日なんだからな」

それと、母さんの命日。

いつもと同じ愛おしそうな眼差しで僕を見つめ、くしゃくしゃっと頭を撫でる。

「いーこにしてて」

ケーキ買ってくるから、と手をひらひらさせ、仕事へと出て行った。

「僕もう十二歳だよ……」

母さんが死んだのは、僕を産んですぐ。元々小柄で身体が弱かった母さんは、僕を父さんに託して天国へいってしまった。

どんな人だったのか、どんな声だったのか、そんなのはもう考え飽きた。しかし、母さんに対する父さんの愛情表現を見ると、本当に素敵な人だったのだろうと思う。

自分で言うのも気が引けるけど、十二歳の僕がここまでひねくれもせずに賢く育ったのは、沢山の愛情を、母さんの分まで父さんがくれたからだ。

父子だけとは思えないほど、純粋培養。

母さんの方の親族は、男一人で育てられるはずがないとか、子どもが可哀想だとか、あんたさえいなければ、って散々酷い事を父さんに言ってきた。

それでも屈しなかった父さんは、やっぱり僕の父さんだ。産まれた時から家族親戚、血の繋がりのある人がいなくて、孤児として育った父さんだから、そういう言葉に強かったのかもしれない。おかげで親戚類とは縁を切ってしまって、本当に父子二人だけで生きてきた。


――「さて、何してようかな」


最近は文字を書くことに凝っている。

その日にあった出来事や、頭に思いついたこと、その時目に付いたものなどをただひたすらノートに書く。

文字を書いていると不思議と心が落ち着いて、満たされていく。

僕はお気に入りのノートに、『今日は僕の誕生日で、愛する母さんの命日』と書き、鉛筆を置いた。

何か文を書き出そうと思考を巡らせていると、しんとした部屋にインターホンの音が響いた。

モニタを覗くと、同じクラスのしおりちゃんが、その身体には少し大きめな紙袋を持ち立っている。

「なんの用だろう」

家に友達が来ることは少なく、緊張気味にそっと玄関の扉を開け、樫野だけど、と無愛想な挨拶で出てみた。

「あっ、りつくん。急にごめんね、遊びの誘いに来たんだけど、今から遊べる……?」

遊べない、なんて言ったら今にも泣きそうな顔で戸惑ってしまう。こういうのは好きじゃない、泣いたら確実に僕のせいになるじゃないか。

「今日は家から……出れないんだ。父さん過保護だから、止められててさ」

そう言うとしおりちゃんはやっぱり泣きそうになって、僕は咄嗟に口が動いてた。


「家、入る?」


――言ってしまった。あっという間にしおりちゃんの顔がぱっと明るくなって、返ってきたのは承認の返事。僕の脳内に浮かんだのは、バレたら父さんに叱られるってことだけ。あぁ、もう、知らない。


「……素敵な服だね」

家に入れたは良いものの、何を喋ればいいか分からず、何となく言ってみた。白生地に花柄のシンプルなワンピース。

「ありがとうっ、お母さんが買ってくれたの。でも私は全然好きじゃないんだー、お母さんのセンスって古いし……りつくんが言うならまぁいいのかも!」

贅沢だな。『好きじゃないのに着るんだ?』とは言えなくて、もっと着たらいいよって適当に返した。それでもしおりちゃんは照れてたけど。

リビングのソファに座らせて、軽く雑談する。担任の話とか、今度の席替えがどうとか。その間しおりちゃんはずっとそわそわして落ち着かないみたいだった。

「おうちの中、すっごく綺麗なんだね!」

当たり前だからか、気にしたことが無かった。なんてったって父さんは少し潔癖過ぎるんだ。部屋もそうだけど、虫歯なんて絶対に許されない。小さい頃から歯磨きにはうるさくて、仕上げはお父さん、のメロディが未だに頭に残ってる。

「部屋が汚いと気持ち悪いだろ、清潔な方がいい」

斯く言う僕も父さんの影響を受けてる。かなり。

「うちなんてお母さんが掃除しないから散らかりまくり。お父さんが綺麗好きなの?」

「……父さん潔癖なんだ、母さんも若干そうだったみたい」

母さんはフレンチカントリーなものが好きで、 なんとかファミリーにありそうな家具ばかりを沢山集めていた。父さんいわく、そのどれもに埃が被らないよう毎日掃除していたらしい。しかも、カーペットの毛の流れが一箇所違うだけで気になるような人。つまり二人とも掃除オタッキー。

改めて考えても、父さんとソウルメイトだったんじゃないだろうか。

「りつくんのお母さん……」

「そう、もういないけどね」

お茶を淹れにキッチンへ行こうとする僕の後ろ姿に、しおりちゃんはごめんね、と呟いた。

何が、だろう。お茶を淹れる気遣いに? それとも母親がいないことに?

……分かってる。何にせよ、片親なのは今時珍しくないし、気にしていない。母さんに会ってみたかった、一緒に過ごしてみたかったって気持ちはあるけど、そんな事を考えたって叶うものでも無い。

茶菓子を持ってきた僕のそんなモヤモヤに、しおりちゃんは追い討ちのように声をかけた。

「で、でもさ! お母さんなんていたってほんとうるさいんだよっ、あれやりなさいこれしなさいって、お父さんの方が全然……」


「なんだよそれ」


ああ、また言ってしまった。今日二度目の失言だ。


「励ましのつもり?」

しおりちゃんに悪気はない。やめろ、僕。


「そ、そんなんじゃ……」

「僕が可哀想に見えた? 母親の愛情を知らない僕が、不憫だと?」

何をムキになってるんだよ、らしくない。


「ごめんねっ……」

謝るのは僕の方なのに。


「悪いけど、もう……帰ってくれないかな」

驚くほど冷たい声が出た。本当にごめんねと言って、振り返ることなく、しおりちゃんは足早に家を出て行った。

……折角、茶菓子も用意したのに、今日は僕の誕生日なのに、一体何をしているんだろう。いや、誕生日だからこそ浮き足立っていたのかもしれない。

そもそも彼女を家に入れたのが間違いだった。慣れないことをするから、いつもは耳に入れない話も無駄に聞き入れてしまったんだ。

考え事をして長い時間が経ち、すっかり冷めてしまった紅茶を口にする。母さんのお気に入りだったらしいティーカップ。

この家には、母さんがいないのに母さんの物で溢れている。父さんが捨てられなくて、インテリアにはちょっと似合わないような可愛らしい小物なんかがあちらこちらに置いてある。

それぞれを目で追っていた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように心の中で何かが弾けて、涙が溢れ出した。家には誰もいないというのに声を押し殺して、喉が痛い。


死んだら母さんに会える?

叶うはずのない願いが叶う?


次々と押し寄せてくる気持ちの波と、滅多に泣かない僕が、何を悲しんで今泣いているのか。小さい頃から泣くことに抵抗があった僕は、自分が情けないという気持ちでいっぱいで、帰ってきた父さんに気付かなかった。


「は……?!」


電気も付けず暗い部屋の中で泣いていた僕に驚いたようで、持っていたケーキの箱を乱雑に投げ置いて僕に駆け寄り、強く抱き締めた。

「どうした?!」

抱き締められたまま背中をさすられ、父さんが居るという安心感と感情の勢いで涙が止まらない。必死に感情を押さえつけているのに、口は反対に、簡単に言葉を発する。


「……母さんにっ、会いたい……っ……」


……今日、三度目だ。

今まで言わないように、父さんを困らせないように、悲しませないように、ずっと我慢していた言葉をとうとう言ってしまった。

父さんは一瞬だけ動きが止まって、その後すぐにまた僕の背中を優しくさすってくれた。

きっと、困った顔をしている。だってそんな願いは叶いもしないんだから。けれど、父さんは僕が落ち着くまで何も言わずに優しく抱き締めたままだった。

カーテンすらも閉めていなかった暗い部屋へ、窓から電灯の光が差し込む。

静かで、父さんの穏やかな鼓動だけが身体に伝わり、まるで、世界に僕と父さんの二人だけしかいないようだ。


父さんは一つ深呼吸して、

「……誕生日は、盛大に祝うこと」

そう、僕に呟いた。



「ぎゅーは、沢山すること」

ゆっくり、はっきり、でも優しい声色で。


「他にも色々あるけど、母さんがりつを産む前に俺に約束させたことだよ」

僕の顔を微笑みながら見つめ、ポケットからハンカチを取り出すと、ぽんぽんと優しく涙を拭った。父さんの誕生日に、僕がプレゼントしたハンカチだ。

「母さんに会わせてやれないことは、本当に申し訳ないと思ってる。でも俺はどんなことがあってもりつを守る。今、俺を生かしているのは、紛れもなくりつなんだ。だからりつも精一杯生きて欲しい」

真剣な、父さんの顔。あのまま一人でいたら壊れてしまいそうだったのに、父さんが隣に、ただ傍にいるだけで元気が出てくる。いつも仕事ばかりで目の下にクマをつくって、他人に対してはたまに人の心が無いようなことを言ったりする父さんだけど、僕の前では必ずヒーローだ。

「いつものケーキ、買ってきてくれた……?」

父さんは部屋の隅に投げられたケーキの箱をそっと僕の前に運んで、ちょっと崩れちゃったんだけど……と苦笑いしながら箱を開けた。

チョコレートのホールケーキ。甘すぎずに、ビターさがあって、丁度いいのはチョコレートケーキだって意見が見事一致、それ以来毎年同じものを買っている。しかもチョコレートケーキは母さんの好物。だから僕たち家族三人にはぴったりなんだ。

「美味しそうだ、きっと母さんも喜ぶね?」

「あいつわがままだからなぁ、だといーけどね」

父さんはそう言って写真立ての母さんに目をやり、また僕の方を見ると、いつもと同じ愛おしそうな顔をして僕の頭をくしゃっと撫でた。


――後日、ソファの横に置いてあった紙袋の中に、『りつくんお誕生日おめでとう』と書かれたバースデーカードとノートブックのプレゼントが入っていて、しおりちゃんを家に入れたことがバレてしまった僕が父さんにたっぷり叱られたのは、また別のお話。

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