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にゅうひん☆
905
M_Yuzu
752
仕事場近くのパティスリーでケーキを二つ買って、岩本は帰宅した。
「ただいま」
玄関のドアを開け、阿部の靴がそこにあるのを見て、部屋の奥に声をかける。
靴を脱いでいると、パタパタという足音と共に鈴の音がして、リビングのドアが開いた。
小走りに寄ってきた阿部を見て、岩本は言葉を失った。
ふわふわした黒いオーバーサイズのニットにショートパンツという、いつもの部屋着スタイルの阿部。しかしいつもと違うのは、その頭にふわふわの猫耳、腰には長い尻尾が生えていることだった。
「ひかるぅ、おかえりにゃん♪……なんつって」
小首を傾げ、顔の横に猫の手っぽく握った手を添え、阿部は笑った。
首には鈴付きのチョーカーが付いている。さっきから聞こえていた鈴の音は、このチョーカーのものらしい。
「……阿部、お前……え、何、どうしたの」
岩本はまじまじと阿部を見て、絞り出すように言った。
頭が追いつかない。
目の前にいるのは間違いなく阿部なのだが、いつもの見慣れた姿に猫耳と尻尾が付いただけで、どうしてこんなに可愛いのか。
しかも、何だ。今の「おかえりにゃん」は。
不意打ちの破壊力が凄い。想定外の出迎えに心拍数が上がる。
「どう?黒猫」
阿部は無邪気に、その場でくるりと回って見せる。よく見ると足元には、耳や尻尾と同じ色のふわふわしたレッグウォーマーと、猫足スリッパを履いていた。
「可愛い……」
思わず声が漏れた。
「良かった」
阿部はほっとしたように笑う。その笑顔に、岩本はまた胸を掴まれたような気持ちになった。
可愛いの一言では言い表せない愛おしさが湧き上がる。
「ほら、ハロウィンだからさ、コスプレしてみたんだぁ」
少し照れたように言って、先に立ってリビングへと戻る。岩本はその後ろについていきながら、ゆらゆらと揺れる尻尾を見つめた。
こんな格好をして、自分の帰りを待っていてくれたのだ。
そう思うと、胸の奥がどうしようもなく甘くなる。
「……ねえ阿部、写真撮っていい?ていうか、撮らせてください」
リビングに入るなり、岩本は言った。
阿部は一瞬きょとんとし、それから笑顔になる。そして、出迎えの時にしたように顔の横に握った手を添えた。
岩本はスマホを向け、猫に扮した阿部を撮る。シャッター音の後、阿部がポーズを変えてきたのでもう一枚。
「はい、おしまーい」
ふふ、と笑って阿部はキッチンへ行った。
「今、ご飯あっためるね」
「ありがと。ケーキ買ってきたから、後で食べよ」
岩本はキッチンに声をかけて、ソファに座った。
さっき撮った写真を見返す。
可愛い。
一枚目は、猫の手を作って小首を傾げた阿部。二枚目は、少し照れたように笑っている阿部。
どちらも可愛い。
口元が緩むのを止められなかった。
岩本は元々、そこまでコスプレに興味はなかった。別に仮装されても、何の感情も湧かないだろうと思ってもいた。
が、それは間違いだったと思い知らされた。
(……俺のカノジョ、可愛すぎんか)
しみじみ思う。見た目はもちろんだが、ハロウィンだからと猫に扮して、サプライズで出迎えてくれるところからして可愛い。
しかも、あの照れくさそうな笑顔。
思い出しただけで頬が緩む。
何だかもう、この幸せを自分一人で抱えているのが勿体なくなってきた。
誰かに言いたい。
うちの阿部、こんなに可愛いんだぞ、と。
(ふっかに見せたい……)
深澤なら自分の今の高揚感を分かって、そして呆れながらも笑ってくれるだろうと思った。
岩本はLINEを開き、深澤に写真を送りつけた。『可愛くない?』と一言添えて。
「ひかる、準備できたよ」
阿部が、テーブルに皿を並べながら呼びかけた。
岩本はスマホをソファに置き、短く返事をして、ダイニングの席についた。
食事を始めてすぐ、阿部がショートパンツのポケットからスマホを取り出した。
「どした?」
「……みんながLINEし出した」
岩本が尋ねると、阿部が答える。あぁ、グループLINEが動き出したのか、と、岩本は白米を頬張りながら、特に気にも留めなかった。
が。
「……ひかる!ちょっと!」
阿部が血相を変え声を上げた。
「ん?」
「消して!取り消し!早く!」
阿部の取り乱しっぷりに、岩本はきょとんとする。
「え?なに、え?」
「グループLINEに、なに投下してんだ!」
赤面しながら阿部が言う。その言葉に岩本は、うっすらと自分が何をしたのか察した。
慌てて自分のスマホを取りに行き、LINEの画面を見る。
深澤一人に送ったはずの写真は、グループLINEの方に送られていた。
「!!?」
一瞬で血の気が引く。
しかも、すでに既読がついている。
それも、全員。
(終わった……)
岩本は呆然とスマホを見つめるしかなかった。
『あべちゃん、かわいー』
真っ先に反応したのは佐久間だった。
『可愛いけど、急に惚気んな笑』
続いて深澤。
『俺も可愛いあべちゃん、撮りたいわ〜』
無邪気な向井。
『照って、こういう惚気するんだね』
意外性に冷静に突っ込む宮舘。
『アレだろ。事後で頭ン中、舞い上がってんだろ』
相変わらず遠慮のない渡辺。
『え。事後?てことは、コスプレで??』
下ネタに乗るラウール。
その言葉に、メンバーたちは「想像させんな」とひとしきり盛り上がる。
『岩本くん、ありがとう。保存した』
目黒が、盛り上がるメンバーの合間に言った。笑顔の絵文字を添えて。
『上目遣いアングルがあると、もっと捗ります。よろしく』
同じく目黒。
『捗るってなんだ。保存するな、消せ』
岩本は慌てて参戦した。
『あと、事後じゃねえ。飯食ってんだよ』
『飯w意味深w』
佐久間が煽る。
『照、お前、誤爆だろ笑』
深澤は一応、分かっているようだったが、この悪ノリの流れを嗜める気はないらしかった。
『やっぱり事後だな』
『頭回ってないから重大インシデントが……』
渡辺とラウールが追撃する。
『照にぃがコスプレしてって頼んだん?あべちゃんが自分からしたん?』
向井が変化球を投げてきた。
『阿部が……』
メッセージを送ってから、岩本はハッとして阿部を見る。彼はスマホを握りしめ、テーブルに突っ伏していた。
ふわふわの猫耳の下から覗く耳が、真っ赤になっている。
「ひかる……、お前、保身に走ったな」
ゆっくり顔を上げ、恨めしそうな目を向けてくる。
「違っ、事実を……」
「言わなくていいだろ!事実は!」
「……はい」
言われてみれば、その通りだった。
自分は誤解を解こうとしただけだが、そのせいで阿部が自発的にコスプレしたことまでバラしてしまった。
岩本は、目の前の黒猫の機嫌がますます悪くなっていくのを感じた。
『阿部ちゃんから、こんなご褒美貰えんの?マジ羨ましいわ』
再び目黒だ。それを見て岩本は、不謹慎ながら優越感を覚えた。阿部が自分からこんな姿を見せてくれるのは、自分だけ。気分が良かった。
『阿部はホント可愛いことするねえ』
続けて宮舘がストレートに褒めると、皆が口々に可愛い可愛いと、阿部を褒めそやし出す。
『照!可愛い嫁で良かったな!』
佐久間の言葉に思わず表情が緩む。可愛い嫁、と言われて悪い気はしなかった。
とはいえ——
「はやく、写真を、消せ」
阿部本人の視線は冷たかった。
「あ、はい……すみませんでした……」
岩本は小さく謝り、誤爆した写真の送信を取り消した。
『あ、照にぃ、消した』
『阿部に怒られたんでしょ』
向井が気付き、宮舘が淡々と指摘する。
『保存しといて良かった』
『保存してどうすんだよ』
目黒の安堵に渡辺が突っ込んだ。
『それは言えないよ』
意味深な答えが返ってくる。
『やめろ笑』
深澤は相変わらず楽しそうだ。
『あべちゃん、この流れ見てたのかな』
『見て、恥ずかしくて悶えてる。間違いない』
ラウールの疑問に佐久間が断言する。
「あぁあ!もう!」
阿部はそのやりとりを見て、天を仰いだ。
まだグループLINEはやり取りが続いていたが、岩本も阿部もLINEを見るのをやめた。
阿部は不貞腐れた顔で、食卓に戻る。
「食ったら寝るわ」
食事を再開して言った。
「えっ、寝る?」
岩本も慌てて席につき、阿部を窺う。
「寝る」
「……え、あの、このあと、は……」
絶対この後があると確信していた岩本は、恐る恐る尋ねた。阿部が視線を上げる。
「……俺もそのつもりあったけどさ。無理だろ」
「無理……」
阿部の言葉に、岩本はあからさまに意気消沈した。
「そもそも。何であんなことしたの」
阿部が刺々しく尋ねた。
岩本は箸を止める。
「いや、阿部があんまり可愛かったから……ちょっと、自慢したくて……」
小さな声で答えた。
「……」
阿部は口を開きかけ、そのまま閉じた。
文句ならいくらでもあった。
勝手に写真を送るなとか、そもそも何で人に見せようと思ったんだとか、言いたいことは山ほどある。
けれど。
可愛かったから、自慢したかった。
そんなことを、あんなにしょんぼりした顔で言われたら。
「……誰に、自慢するつもりだったの」
思っていたよりずっと柔らかい声が出た。
「ふっか……」
味噌汁の具をつつきながら、岩本はさらに小さな声で呟いた。
「だって……すげえ可愛かったから……」
阿部は思わず視線を落とした。
(何だ、それ)
そんなに喜んでくれたのか。
自分なりに頑張って用意した猫耳も、尻尾も、あの少し恥ずかしかった「おかえりにゃん」も。
全部、そんなに。
「……あ、そ、そんなに……可愛かった?」
焼き魚の身をほぐしながら、そっと視線を上げる。
「あんま刺さんなかったかなって、思ってたんだけど……」
「めちゃくちゃ刺さってました……」
即答だった。
阿部は思わず口元を緩めそうになり、慌てて俯いた。
(……何だよ、もう)
怒っていたはずなのに。
こんなことで嬉しくなってしまう自分が、何だか悔しかった。
沈黙。
「……阿部、もう寝る?」
岩本がおずおずと尋ねた。
「え」
阿部は顔を上げた。
岩本がこちらを窺っている。さっきまであんなに浮かれていたくせに、今はすっかり叱られた大型犬のような顔をしていた。
その様子に、阿部は少しだけ笑いそうになった。
「あ、まあ、寝るけど……ひかるが、風呂から上がるまでは、多分起きてる、かも……」
言いながら、せかせかとほぐした魚を口に運ぶ。
岩本の顔がぱっと明るくなった。
「……いいの?」
「別に、ダメとは言ってないじゃん」
「……うん」
「さっさと食べて、風呂入れば」
ぶっきらぼうに促すと、岩本は嬉しそうに頷いた。
「その耳と尻尾取んないでね。ね?」
「まあ、いいけど……」
「ね?」
「分かったってば!」
岩本は急いで食事を片付け始めた。
「ねえ、もうちょい味わって食べて!」
「味わった!」
「絶対味わってないだろ!」
阿部の抗議をものともせず、岩本は流し込むようにして食事を終える。
「風呂入る」
そう宣言すると、慌ただしくバスルームへ向かった。
遠ざかっていく足音を聞きながら、阿部は呆れたように息をついた。
「……もう」
まったく、現金な男だ。
けれど、そんなに嬉しそうにされてしまうと、怒り続けるのも難しかった。
食卓に一人残され、阿部は箸を置いた。
——可愛かったから、自慢したかった。
岩本の言葉が脳裏に甦る。
じんわりと耳が熱くなった。
「自慢したいとか……本当、ガキかよ」
ぽつりと呟く。
その結果、とんでもなく恥ずかしい目に遭った。
次にメンバーたちと顔を合わせたら、きっと散々からかわれるだろう。目黒に至っては写真を保存したと言っていたし、何を言われるか分かったものではない。
思い出すだけで頭を抱えたくなる。
けれど。
阿部は、ふっと微笑んだ。
あんなに嬉しそうな岩本の顔を見たのは、久しぶりかもしれない。
驚かせたくて、喜ばせたくて、少しばかり勇気を出してみた。
その甲斐は、十分すぎるほどあったらしい。
「俺が、可愛い嫁で良かったな」
軽い調子で独りごちる。
誰も聞いていないのをいいことに、少しだけ得意げに笑った。
立ち上がると、ちりん、と胸元の鈴が鳴る。
黒い尻尾をご機嫌に揺らしながら、空になった食器を手に、阿部はキッチンへと向かった。
コメント
9件
お返事嬉しすぎます😭続き!ぜひ!!全裸で伏して待ちます🫡 オトナも可愛いも両方めちゃくちゃ待ち遠しいですが、にゅうひん⭐︎様が描かれる可憐で淫靡な💚が大好物なので、ここは一つ🔞でお願いしたく…(小声)
かわ…🤦🏻♀️🤦🏻♀️💛💚 誤爆💛最高でした😂😂
