その後、食事会も結局あのままお開きになって、自分の家へと戻る。
最近忙しくて自分のマンションへ帰るのも深夜になることが多くて、少し早めに家に帰れた今、隣の部屋を訪ねようかと少し迷う。
だけど、今の自分の置かれた環境をすぐ思い出して、そんな考えもすぐさま消えてしまう。
ようやく会える時間が出来たと思ったら、そんなタイミングで麻弥との結婚話。
自分としては透子への気持ちに迷いなんて一切ないし、結婚話が出たところで絶対受け入れはしないけど。
だけど、透子の知らないところで、そんな話が持ち上がってることで、悪いことをしてるワケでもなく裏切ってもいないのに、なぜか後ろめたい気持ちになってしまう。
多分こんな話が出ていなければ、多分この瞬間でもほんの数分でも透子の顔が見たくて隣に会いに行ってたんだろうな。
きっと昔のオレなら、どんな未来もどんな嘘を抱えながらでも、適当に器用にやっていたのに。
だけど今のオレは、透子に嘘をつきたくなくて裏切りたくなくて、全然器用にやり過ごせなくなった。
オレのやること、言うこと、一つ一つに透子が関わっている気がして、いい加減に出来なくて。
透子のいないところでも、オレはちゃんと透子のことを考えて、真っ直ぐブレない自分でいたい。
だから、今は自分の中でまだ解決出来ていない麻弥とのことをちゃんとするまで、なんか気軽に透子に会えない気がして。
少しでも早く親父にわかってもらって、麻弥とのことこれ以上進まないようにしないとな・・・。
すると、携帯に誰かから着信が。
「もしもし?修さん?」
『おー樹。今ちょっといいか?』
「あぁ。うん。どしたの?電話なんて珍しいね」
『こんな時間に悪いな。ちょっと時間経たないうちにお前の耳にもちゃんと入れておいた方がいいかと思ってな』
「え?何?改まって」
『今日さ。店に透子ちゃん来てて』
「あっ、そうなんだ」
透子、今日店行ったんだ。
それだけで修さんわざわざ電話?
「お前さぁ・・。幼馴染と結婚すんの?」
「・・・は?」
え?なんで、修さんがもう知ってんの?
オレまだ修さんにも言ってないよね・・?
『今日。店に来たんだわ。お前の幼馴染と透子ちゃんが一緒に』
え?麻弥と透子が修さんの店に?
なんか一気にいろんなことを聞いてちょっと焦ってしまう。
『あの幼馴染の子、透子ちゃんと知り合いなんだろ?その子からたまたま報告されたらしくてさ。もうすぐ婚約するって。そんでまさかのその相手はお前で』
「修さん・・・。それ透子、全部麻弥から聞いたってこと?」
『あぁ。たまたま知っちゃった感じだったみたいだけどな』
そんなたまたまって・・・。
いや、そっか・・・。
確かに透子と麻弥は仕事関係で顔見知りではあるから、そういう可能性なくもなかったのか・・・。
だけど、まだ今の段階ですでに透子に知られてしまうって・・・。
『透子ちゃん。まさかのお前の婚約の報告聞いてさ、もう見てられないくらいの落ち込みようだったぞ・・・』
だよな・・・。
それ絶対透子誤解してるよな・・・。
しかも麻弥が直接伝えたとしたら、完全に麻弥のいいように伝えてるはずだし・・・。
『お前。まさかホントにあの子とこのまま結婚すんの?』
「は!?そんなはずないだろ!」
修さんが言った言葉に思わず興奮して言い返してしまう。
『だよな。オレはさ、お前がどれだけ透子ちゃんのこと好きで、ここまで変わって来たお前を見て来たから、さすがのお前でもそんな裏切るようなことしないってわかってるけどさ。でも、透子ちゃんには多分それ伝わらないぞ』
「わかってる・・・。オレもその話、今日聞いたばっかで。そこまでの話になってるって正直知らなかった」
『そうか・・。でもあの子とそういう話、実際出てるってこと?』
「まぁ・・・。てか、それは麻弥と親父たちで勝手に進めてるだけで、オレは今日ちゃんとそれも断った」
『なるほど。でもそんな簡単にないことに出来るもんなの?』
「いや・・。まだ麻弥も親父も納得してないけど、ここから説得する」
『そっか。お前も自由にならなくて大変だな・・』
「まぁ今に始まった話じゃないけどね」
『確かに。お前は昔からそれで反抗してオレんとこにずっと入り浸ってたワケだしな』
「そうだね・・・」
学生時代から可愛がってくれてた修さんの店は、ずっとオレが居心地悪い場所からの逃げ場にもいつの間にかなってたりもしていて。
理不尽な自分の環境に、そんな不自由な自分に嫌気がさして、だけど一人でいると余計に孤独を感じる気がして。
だから、何かあればオレは修さんの店に来て、その寂しさや憤りさを吐き出しにきていた。
修さんはそんなオレを黙って受け入れてくれて、面倒をみてくれていた。
だけど、そんなオレだったから、修さんの店に行ってたから、きっと透子に出会うことが出来た。