テラーノベル
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雨雲が広がる空下、百均のビニール傘を差して向かう先は家だった。 受験勉強とかガラにもないことする為にバイトのシフトを減らし、学校より真っ直ぐ家に帰る。
何、真面目ヤローみたいなことしてんだっと思いつつ、せっかくなら近場の国立大目指すかと無謀な考えに至ったのは誰のせいなのか。
桜の並木道は青葉が茂り雨粒で輝きを放ちながら、ポタポタと雫をしたらせている。
一ヶ月前の五月より抗癌剤治療を受けているあいつは、現在面会謝絶中。
あいつの母親が言うには副作用が強く出る体質らしく、ダルさ、発熱、嘔吐に苦しむらしく、治療のクールが終わるまでメシも食えないと言っていた。
あいつ、また痩せるだろうな。
初めの頃は電話なんかしてきて、寝てろ! ってこっちはキレてんのに、大丈夫だからーとか言ってやがったなあいつは。
毎日続いていた電話はパタリとなくなりやっと分かったかと思っていたがそれは違ったらしく、以前より緊急用にと聞いていたあいつの母親に電話したら体調が悪いとのことだった。
病室に行きたいが、当然ながら俺は部外者。面会は、あいつの身内となる母親のみと定められている。
抗癌剤治療とはずっと受けるわけではなく、一週間薬を投与して二週間ほど休み、また一週間投与し二週間休むなどの決められたスケジュールの元、行っているらしい。今回は二回行うと決められているらしく、現在は六月上旬。治療真っ最中だと、連絡は控えていた。
「……綺麗だな」
あいつと並んで座ったベンチ。その周囲には紫陽花の花が咲き乱れており、青、紫、赤、様々な色彩を放っている。
雨が似合う花。鬱陶しい雨雲も、ベタベタとして気持ち悪い湿気も、ダルい気候も消し去るように存在し、ただこの場で美しく咲いている。
あいつは何色が好きなんだ?
そんなことも知らねーのかよと己に落胆しつつ、全ての花を送り付けてやろうかと花にカメラを向ける。
問題は、どうやってこれを送りつけるかだ。
体調はどうだ?
……心配してるみたいで、それはねぇな。
綺麗に咲いてたぞ。
いやいや、俺のタイプじゃねーだろ?
落ち着いたら、会いに行って良いか?
マジでやっべー奴だろ、俺?
ポツポツと雨が傘を叩く音を耳にしながら、紫陽花の花を眺めているとスマホが鳴った。
それは、あいつの母親からだった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
雨が降る中、俺はひたすらに走る。
ふざけんなよ、そんなこと許すわけねーだろ。
そんな思いを抱えて、ひたすら。
病院に辿り着いた俺は所々濡れており、傘をしっかり差せていなかったことにようやく気付く。
唯一脱ぐことが出来る学ランを脱ぎ、学生カバンに放り投げる。
衣替えの移行期間で良かった。しかし、髪もズボンも、カバンも濡れており敷地内に入って良いわけない。しかし逸る気持ちも抑えられず、俺は可能な限り水滴を落とし敷地内に入っていく。
「藤城くん」
病棟に着くと対面する、あいつの母親。
元々痩せていた人だったがより痩せ細っており、今の状況は火を見るより明らかだった。
「あいつは……。み、未来さんは」
「ちょっと待ってて」
どこかに行き、戻ってきたかと思えば渡されたのはタオル。桃色であり、おそらくあいつの入院で使用しているタオルだろう。
「風邪引いちゃうから」
「あ、すみません……」
俺は、濡れた髪や首や手に付いていた水滴を拭く。それにより、ようやく気付く。体が冷えていたと。
「未来に……、会ってあげてくれないかな?」
俯き肩を震わせ、そう頭を下げてくるこいつの母親。
電話で告げられた内容は、ここ数日意識が戻らず最悪の場合このまま息を引き取る可能性があるとのことだった。
今聞いた話によると、抗癌剤治療を受けたあいつは発熱と嘔吐に体力を削られ、逆にそれがあいつの生命を脅かしているとのことだった。
そんなに深刻な状況だったのか。
何も知らなかった俺は、ただ脱力してしまった。
「二時間、時間をください。戻ってきます」
「ありがとう。待ってるから」
俺は速攻で自宅に戻り、シャワーを頭から被る。あいつは今、命を賭けて戦っているというのに俺が菌を持ち込むわけにはいかねー。
体を綺麗にしながら、震える体を必死に温める。
大丈夫だ、大丈夫。あいつのことだから、ちょっと具合悪かっただけーと後で笑い話にしてくるに決まってるからよ。
大丈夫だ。まだ一次選考の結果も出てないし、そんな結果も知らずにそんなわけ。
清潔な服に着替えて、しっかり傘を差してあいつが待つ病院に向かう。
雨は変わらず、降り続けていた。
「遅くなりました」
「ありがとう、こっちなの」
案内されたのはいつもの病室ではなく、病棟詰所内にある病室。
ドクンと心臓が嫌な音を鳴らす。
そこは母親が亡くなった病室だった。
患者の対応が取れるようにと病院側で用意されてある、急患部屋。つまりそれだけ、予断を許さない状況ということだ。
『面会謝絶』
ドアにそう張り出されているが、俺はこいつの母親の後に付いていき部屋に通してもらう。身内の許可があれば面会ができ、こいつの母親は俺をその相手として許してくれた。
その事実に感謝し、閉ざされていたプライベートカーテンが開かれた先を俺は見つめる。
ピッ、ピッ、ピッ。
こいつのベッドを囲むように心電図モニターや点滴スタンドが配置されている。
中央にはベッドで眠る、こいつの姿。
力無く目を閉じ、体を一切動かさず、口元には管みたいなものを入れられ、それにより息をしている。想定していたよりも明らかに状態は悪く、目の前に映し出される視界がグラグラと揺れて見える。
「おい、どうしてしまったんだよ? おい!」
肩を揺さぶるが、反応は一切返ってこなかった。
「嘘だろ、言ってたよな? 治療は辛いけど、生きて結果を見届けるんだと。一次落選でも構わない、それが結果だって。まだ結果出てないだろ? まだ終わってないんだよ! おい!」
どれほど声をかけてもこいつは反応を示さなったが、一つ自分の意思を表すことが起きた。
目から一粒の涙が、スッと耳元まで伝っていた。無念だと、吉永未来の心が叫んでいるようなそんな涙が。
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