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窓のない、深紅の布に覆われた最深部の監禁部屋。
そこには今、肌を刺すような濃密な熱気と、墓場のような静寂が同居していた。
監禁されて数ヶ月。
世間では、セシリー・ド・ラ・ヴァリエールは「急病により悲劇的な最期を遂げた」ことになっている。
豪華な空の棺が墓所に納められ、国民が偽りの涙を流したそのときも
真実はこの閉ざされた空間の中にだけ、生々しく拍動を続けていた。
今夜行われるのは、セシリーの王妃戴冠式。
しかし、それは大聖堂の鐘の音も
国民の祝福も、華やかなパレードもない。
この薄暗い密室で、狂った国王と
彼に魂まで飼い慣らされた悪役令嬢のためだけに行われる、神への冒涜にも似た秘密の儀式。
「さあ、セシリー。……最後の仕上げをしようか」
正装に身を包んだフィンセントが、私の足元に恭しく跪く。
その所作はあまりに気高く、彼が今から行おうとしている行為の異常さを際立たせていた。
彼は熱を帯びた手つきで、私の足首を数ヶ月の間繋ぎ止めていた、あの細い金の鎖の錠に指をかけた。
「……あ……」
カチリ、という軽い音と共に、長らく私を縛っていた重みが消える。
(……え、外してくれるの……??)
一瞬、脳裏をかすめたのはあまりにも甘く、愚かな幻想。
外へ駆け出し、馬を走らせ、国境を越える……
そんなかつての夢の残滓が胸を躍らせた。
けれど、現実はもっと残酷で、甘美な絶望に満ちていた。
フィンセントは懐から、眩いばかりの青い宝石が埋め込まれたずっしりと重い金の「環」を取り出した。
それは宝飾品と呼ぶにはあまりに無骨で、拘束具と呼ぶにはあまりに美しすぎる「王妃の証」だった。
「これで君は、名実ともに僕の半身だ。……二度と、この重みを忘れないで。君が歩くたび、僕が君を掴んでいると感じられるように」
カチリ───
金の鎖よりもずっと重く、逃げようとすれば柔らかな肌を噛むような、鈍く冷たい圧迫感。
私の自由は、今この瞬間、永遠に金の手枷と足枷の中に封印されたのだ。
「……っ!」
私は立ち上がろうとして、その重みに膝をつきそうになった。
フィンセントは私を見上げ、あの肖像画と同じ、獲物を射抜くような強欲な眼差しを向ける。
そして、私の右手をガッシリと、骨が軋み、指の形が変わるほど強く握りしめた。
私はその手を必死に振り切り、よろめく足取りで部屋の隅へ向かった。
そこには、彼が「今日、王妃になる君に見せるため」として、特別に設けた小さな窓があった。
私は縋るような思いで厚いベルベットのカーテンを引き剥がし、外の世界を仰ぎ見る。
だが、そこに広がっていたのは、私が夢見た自由な荒野でも、懐かしい故郷の景色でもなかった。
視界を埋め尽くしていたのは、不自然なほど鮮やかで、毒々しいまでに美しい「青い薔薇の海」だった。
城の敷地を埋め尽くし、地平線まで続く青い薔薇。
フィンセントが国中の魔導師を動員し
禁忌の魔術を注ぎ込んで、私のために作り上げた狂気の絶景。