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「夢なんて、語っても笑われるだけ……でも、芸人になるって決めたんだから、語って笑わせてみせる」
🏮東京・浅草、午後三時。
観光地の喧騒を抜けた裏通り。
その奥に、くたびれた建物がある。
《宇津久芸能養成所・浅草第二スタジオ》
二ヶ月前の春の朝、桜舞い散る空の下。少女はこの建物の前に立っていた。
リュックには、たった一冊のノートと、母が持たせた小さな稲荷寿司のお弁当。
深呼吸一つして、彼女はその門をくぐった。
彼女の名前は寿司子。
もちろん自分でつけた芸名である。
東京の端っこ、O区から浅草まで通っている。
彼女は高校卒業と同時に、制服を脱ぎ捨てるように芸人を志した。
化粧っ気もなく、いつも真顔で、人から見れば少し地味な印象の彼女であるが、お笑いは、寿司子にとって唯一心を解放できる場所だった。
養成所での日々は、新しい刺激に満ちていた。授業では発声練習に始まり、大喜利、フリートーク、ネタ作りと多岐にわたる。寿司子は持ち前の集中力で、ひたすらお笑いに没頭した。ただし彼女の芸風は独特で、ネタは「寿司」1本、しかも…かなりシュールな世界を繰り広げる。
同期には、クセ強の若者たち。金髪で誰にでもタメ口のヤンキー風や、ネタ帳を抱えて目を泳がせる理系っぽい男子、他にも少数ではあるが、様々な世代の女子たちもいた。それぞれ、一人前の芸人になることに必死だが、まだ舞台に立つのもやっと。
そして、梅雨時を迎えようとしている6月、今日は週に一度の創作ネタ披露の日。そこで寿司子は、ある人物と出会うことになる。その人物は、寿司子のシュールな世界とは真逆の、太陽のような明るさを持っているのであった。