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#ハッピーエンド
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三ヶ月後。
エリーの自宅は、もう別の匂いがしていた。
魔導書と書類は背の高さまである本棚にきっちり収まり、背表紙が同じ向きで揃っている。散らかっていた魔道具も用途ごとに棚へ並び、金属と革の部品が擦れ合う音はしない。テーブルの端には、綺麗に畳まれたクマさんTシャツとエプロン。窓が開け放たれ、湖からの風がまっすぐ抜けていく。床板には紙屑ひとつ見当たらなかった。
ソファに、ダリウス、オットー、エドガー、ミラの四人が並んで腰掛けている。向かいの椅子に座ったエリーが腕を組み、四人の顔を順に確かめた。
「それぞれの進捗だけ教えてくれるかしら」
「まぁまぁだ」
最初に答えたのはオットーだ。無精髭を一本つまんでぷちりと抜き、指先で転がしながらニヤリとする。腰の位置も膝の角度も落ち着いていて、椅子がきしむ気配がない。
(……驚いた。目的の半分は、正直《阿修羅》をこれ以上使わせないためだったのに。これは予想外の収穫ね。一つのことに集中するのは得意分野ってところかしら)
エリーは、ほんのわずかに目を見開いた。
「写本は完了しました。問題なく百の出力で出せます」
エドガーは、楽勝だったと言わんばかりに手のひらをひらひら振る。ソファの背にもたれながらも、指先だけは落ち着かず、魔導書の角を撫でていた。
(さすが原書写しね。この短期間で……ふふ、これも当たりだわ)
「それと——」
エドガーは、さらにドヤ顔を深める。
「部屋の片付けも完了です」
エリーの顔が一気に真っ赤になった。視線が床へ落ち、耳まで色が上がる。
「それは頼んでないわ!!」
思わずうつむき、声が裏返り気味になる。
エリーは咳払いで呼吸を整え、ダリウスへ視線を送った。
「ダリウスは?」
名を呼ばれたダリウスは、指先を膝の上で組み直し、視線を床の一点に置いたまま答える。
「……すまない……まだだ」
(もしや、と思ったけど想定内。何年もかけて習得する技だもの。三ヶ月でどうこうなる話じゃないわ)
(これで修行の半分は終わったわね)
エリーは、心の中で静かに頷く。
その横で、オットーが天井を見上げた。照れを隠すみたいにそっぽを向き、声だけ投げる。
「気にするな。俺は盾だ、俺が必ず守る」
ダリウスは、ふっと息を漏らすように笑った。肩の力がほんの少し抜ける。
「……頼むよ」
短い返事の端に、受け取ったものが残る。
ミラが、ふんすと胸を張って腕を組んだ。
「ふふん……私も発表するわ……」
どや顔で前のめりになった瞬間、エリーが真顔でピシャリと言い放つ。
「あなたには何も課題を渡してないわよ」
「これを見て!」
ミラはまったく堪えていない様子でカバンの中をごそごそ漁り、一枚の紙を取り出した。紙は端がくたびれ、角に油染みまである。ぎっしりの文字に、☆マーク、下線、ところどころ小さなイラストまで踊っていた。
「……?」
エリーが受け取り、目を走らせる。
『サハギンのお頭付き刺身 ☆☆☆
さっぱりとしていてコリコリとした食感が美味しかったです』
『オークの睾丸焼き ☆☆
まろやかでクリーミーな食感と濃厚な旨味。
ただし好みの問題だが独特の臭みは甲乙分かれる』
その下にも、びっしりと並ぶ魔物食レビューの数々。
『コボルトのスペアリブ蜂蜜焼き』『リザードマンのカルパッチョ』『スライムゼリー三種盛り』――コメントと星評価付きで。
「…………こっ……これは……な、何?」
エリーは紙を両手で持ったまま固まった。目だけが行き来し、口が半開きのまま止まる。
ミラはなぜか偉そうに顎を上げる。
「五キロ太ったわ」
「回答になってないわ!!」
エリーは両手で頭を抱え、ぐしゃぐしゃと髪をかきむしった。畳まれたTシャツが風でわずかに揺れる。
その横で、エドガーが悟りでも開いたような表情で、静かに口を開く。
「エリー、慣れてください」
同じく悟り顔のオットーが、腕を組んだまま遠い目で続ける。
「あぁ。全部つっこんでたら、もう話が進まねぇんだ」
エリーは片手でおでこを押さえたまま、深く深く息を吐いた。
「……そうなのね。極めて特殊な取り扱いが必要なようね」
ダリウス、オットー、エドガーの三人は、これ以上ないほど真剣な顔でエリーを見つめ、揃ってこくりと頷いた。
妙な連帯感だけが、その場に生まれる。
エリーは小さく咳払いをした。
「じゃあ——今から装備を整えて、上の階層に進みましょう」
そう言うと部屋の隅へ歩いていく。壁に立てかけてあった弓を取り上げて背中に背負い、簡素だがよく研がれた剣を腰のベルトに差し込む。机の上の魔導書をいくつか選び、革のポーチに収め、紐をきゅっと締めた。
長い青い髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。
「それはつまり——」
オットーがニヤリと笑って腕を組んだ。
エリーもまた、上の階層を見つめ淡々と返す。
「ええ。目的地は四十二階層。次のセーフエリアを目指すわよ」