「あのねっ、それでね、実篤さん……。えっと……、失くしたプレゼントの代わりには凄く凄く役不足じゃ思うんじゃけど……。その、きょ、今日はお風呂の後、うちを食べてくれる?」
ごにょごにょ……。
「――っ!」
実際実篤にとってはそれが何より嬉しいプレゼントだと、照れまくってそんなことを言ってくれたくるみには、本当に分かっていないのだろうか?
いきなりの申し出に、舞い上がり過ぎて思わず言葉に詰まった実篤だ。
実はあの災害以来数日。実篤はまともにくるみを抱いていない。
別にくるみに拒まれていたわけではないのだが、ただ実篤自身が傷心のくるみに対してそんなことをしていいのかどうか、何となく迷ってしまっていただけ。
くるみ自身がどう思っているのかは聞いたことがなかったのだけれど――。
「……抱かして貰うても……ええん?」
くるみの顔をじっと見つめて熱のこもった声音で問い掛けたら、「……ええに決まっちょります」とくるみがますます頬を上気させる。
そんなくるみに当てられて、実篤は「ヤバイ、今まで色んな人から貰うてきたプレゼントの中でピカイチに嬉しいプレゼントなんじゃけどっ」と無意識につぶやいていた。
「……うちね、ずっと実篤さんが触れてくれんけぇ、ホンマは凄い寂しかったん。じゃけぇね……今の提案、実篤さんへのプレゼント言うより……うちにとってのご褒美になってしまうんじゃけど……ええ?」
「馬鹿、ええに決まっちょるわ!」
実篤は興奮のあまり、〝入浴後に〟と言われたのも忘れてくるみの唇をふさいだ。
だけどくるみはそんな実篤に抗議なんてしなくて――。
小さな手が、誘うようにゆっくりと実篤の背中に回された。
***
あの台風の日、実篤は自分の車は小高い所に置いて、ボートでくるみの救出へ向かったので、彼の愛車――グレーメタリックのCX-8自体は無事だ。
シートこそ、汚れたままくるみと二人で乗り込んだのでドロドロに汚れてしまったけれど、それもすでに業者に頼んで綺麗に洗浄済み。
いま実篤はその車にくるみを乗せて、カーディーラーの元を訪れている。
くるみの愛車は先の台風で完全に水底に沈んで廃車になってしまったから。
今はパン作りのための機材がお釈迦になってパン屋自体を休んでいるくるみだけれど、自分が仕事へ行っている間、彼女に足がないのはやはり問題ありだと痛感させられまくりの実篤だ。
――キミにも愛車が必要じゃろ?とくるみに話したのだけれど、案の定と言うべきか。
くるみは結婚式や事務所兼住居の新築工事も含め、これからたくさんお金がかかるのに、車まで買うてもらうんは申し訳ないと固辞してきた。
だが、そこだけは絶対に譲れないのだ彼女を説得した実篤だ。
実篤は車がないせいでくるみの行動に制限を掛けたくない。
それに――。
「ねぇくるみ。そんなに気にするんじゃったらひとつ提案があるんじゃけど」
あえてくるみの名を呼び捨てにして実篤が告げた言葉に、くるみはもともと大きな瞳をさらに目一杯見開いて、「えっ……」と驚愕の声を上げた。
***
実篤が買った土地は、元あったパチンコ屋自体が駐車場なしの都市型店舗だったため、広さはおよそ三百坪。
つい店舗付き住宅を建てるだけにしては広すぎるように思えたけれど、自分とくるみの愛車用の車庫を建てたり、客用の駐車場や倉庫を置くスペースなどを確保することも考えたら、それほどだだっ広いと言うわけでもない。
実篤とくるみは、そこに木造と鉄筋コンクリート造が混在した、立面混構造の三階建てを建てることにした。
要は一階を鉄筋コンクリートに、二・三階を木造にした形だ。
一階部分は『クリノ不動産』と『くるみの木』の販売スペース及び従業員たちの休憩室。それプラスくるみがパンを焼くための調理場などを設ける設計になっている。
二階・三階部分はくるみと実篤のプライベートスペースだ。
今までバリバリの日本家屋感満載の平屋に住んでいた二人にとって、三階建てと言う縦方向に長い洋風の建物はかなり新鮮だった。
「エレベーターも付けた方がええ思うんじゃけどどうじゃろ?」
実篤が言ったら、くるみが目をぱちくりさせる。
「自宅にエレベーターですか?」
たくさんの荷物を持ってくるみがええっちらおっちら階段を登ることを考えたら、それは必須に思えた実篤だ。
「前に芸能人の方が自宅のエレベーターはほとんど使わんって話していらしたの、うち、テレビで観ましたよ? 定期的なメンテナンスやらランニングコストもバカにならん言いますし、なくても大丈夫でしょう?」
「じゃけど荷物多いときとかくるみちゃんの細腕で上まで持って上がるん大変よ?」
「うちには実篤さんがいて下さるじゃないですか。もしもの時はちゃんと頼りますけぇ」
そんな感じで結局エレベーターは却下されてしまったのだけれど。実篤は密かにもしもの場合は後付けも出来るかと思っていたりする。
そんなことよりも――。
「キッチンん横のここへパントリー作るんは反対せんよね?」
一階のパン作りのための厨房とは別に、二階には栗野家としてのキッチンを作る予定だ。
台所に立っていてもリビングの方が見渡したいと言うくるみの要望で、アイランド型にしようということになっているのだけれど、そのシステムキッチンの左手奥のスペースをパントリーにしたいと実篤が言って、 くるみは実篤が見せてくれた設計図を見てこくりとうなずいた。
「食材やらのストックもそうですけど……フライパンやらお鍋やらって結構かさばるけん、そういうのをキッチン周りの収納とは別に仕舞えるスペースがあるんは嬉しいです」
台所は言うなれば料理好きなくるみのお城だから。
ニコッと微笑んだくるみを見て、実篤はずっと考えていたことを実行に移すならこのスペースだな、と思った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!