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藤澤さんの肩を支えながら、夜の繁華街を歩く。ネオンがきらきらと目に眩しい。足元は少しおぼつかないが、まったく歩けないという訳ではない彼の様子に、完全に酔いつぶれる前でよかった、と思う。藤澤さんのほうが10センチ以上背が高いから、さすがに背負っては帰れなかったろう。


「藤澤さん」


俺は彼に話しかける。


「んー?」


「さっき、何言いかけたんですか?」


さっき?ととろんとした表情で藤澤さんがこちらを見る。好きだと自覚したせいか、何気ない動作がいちいちかわいく見えてしまう。人ってなんて愚かな生き物なんだろう。


「立ち上がりながら何か言いかけてたでしょう、俺に言いたいことあったんかなって」


あぁ~、と合点がいったように藤澤さんが頷く。


「あのね、ありがとうって言わなきゃって。僕ほんとーに今日楽しくってぇ」


うふふ、と楽しそうに彼は笑う。酔っていなきゃスキップでも始めそうな勢いだ。


「俺だって本当に楽しかったんですよ」


藤澤さんはきっとこの会話のことを明日には忘れてしまうだろうな、と思いながら俺は言葉を続けた。


「俺本当にあなたと出会えてよかった。今日改めてそう思いました」


えぇ、うわ、照れちゃうな、と藤澤さんが顔に手を当てる。


「藤澤さん、俺あなたともっと音楽がやりたいです」


いつの間にか繁華街を抜け、学生の住むアパートが立ち並ぶほうへと進んできていた。先ほどまで俺たちを包んでいた周囲の喧騒はとうに消え、わずかな声でもきっと届いてしまう。


「あなたの人生を俺にくれませんか」


彼は、ふふ、と笑う。


「すごいね、なんか、なんだっけあれ、プロポーズみたい」


プロポーズ。俺はかぁっと顔が熱くなる。藤澤さんは気にした様子もなく、あーおうちー、とアパートを指さした。


眠気の限界が来たらしく、部屋に転がり込むと同時に玄関先で寝ようとする藤澤さんを何とか布団まで誘導する。見慣れた部屋の間取り。それは最初に来た頃よりも片付いている。毎週お世話になっているうちに何げなく片付けていたのだが、それでも十分に整然としてきたため、藤澤さんには「学祭終わっても定期的に来てほしいくらい」と言われたほどだ。それにしても酔っぱらいの面倒を見るってこんなに大変なのか。水を用意してあげたほうがいいかな、と立ち上がろうとすると


「やだ、行かないで」


と腕を引っ張られる。俺はどぎまぎしながら


「水持ってくるだけですから」


と彼の手を振りほどこうとしたが、藤澤さんは、やだっ、と言って勢いよく俺の身体を引き寄せた。結果として彼に抱きしめられるような形になってしまい、鼓動が早まる。やばい、まずい、うまく言えないけどとにかくやばいしまずい。勇気を振り絞り


「藤澤さんっ」


離してください、と言いかけたところで


「置いていかないで……」


泣いているような彼の声にはっとなって口をつぐむ。


「俺を置いてかないでよ、シュン……」


心臓がギュッと掴まれたかのようだった。彼が呼んだのは誰の名だろうか。しかし俺は頭で考えるよりも先に口が動いた。


「大丈夫、俺はここにいるよ」


彼の背に腕を回す。藤澤さんは目を閉じたままほっとしたように笑った。


「だいすき……」


俺が今までに見たことのないような気を許しきった表情。甘えるように柔らかい声。俺は見てはいけないものを勝手に見てしまったような罪悪感に襲われ、彼の腕を押しのけようとしたが、藤澤さんはそのまま完全に眠りに落ちてしまう。

俺は結局そのまま、かといって眠ることもできないままに朝までそうしていた。時々何かに魘される様に呻く彼の声に苦しくなりながら、背中に回された彼の手の先の冷たさを想いながら、ただひたすらに夜が明けるのを待っていた。




翌朝目を覚ました藤澤さんは平謝りに謝り、気にしてないからもうやめてくださいという俺の訴えも聞かず土下座までした。


「だって本当にこんな迷惑かけて、もう合わせる顔がないよ~」


「あの、俺本当に気にしてないですからっ、顔上げてくださいってば」


でもでも~、と藤澤さんは半泣きだ。


「家まで連れてきてもらって、そのうえ大森君を抱き枕にしちゃうなんて……」


帰ってくるまでの記憶もその後もほとんどないのがさらに彼を苦しめているらしい。しきりと「僕なんか変なこと言ってなかった?だる絡みもしてない?」と尋ねてくる。本当に記憶ないんだ、と少し安心したような残念なような。


「本当になんも迷惑かかってないですよ、どっちにしろ終電間に合わなかったろうから泊めてもらいたかったし」


と俺は笑いかける。


「そうだなぁ、どうしても気になるっていうんなら、藤澤さんこれから忙しくなっちゃうと思うんですけど、変わらずに俺との時間作ってください!」


これでどうですか?とちょっと上目遣いに彼を見つめると


「それはもちろん、僕のほうこそ変わらず仲良くしてもらいたいし」


と彼は勢いよく頷いた。

二人とも昨日のライブと飲み会による汗と酒と煙草のにおいが染みついて、控えめに言って最悪な状態なのでシャワーを借りてから帰ることにした。


「ちょっとサイズ合わないかもだけどこれも使って、さすがに昨日の服着るの気持ち悪いでしょ」


と着替えまで差し出してくれる。たしかににおいが染みついているのでありがたくそれを受け取る。

シャワーを浴びて出てくると、簡単なものしか作れないけど、と藤澤さんがたまごのサンドイッチを作ってくれていた。


「ん、おいしい」


シンプルだが胡椒がきいていてアクセントになっている。よかった、と藤澤さんが笑う。その笑顔を見ていると、改めてやはり俺はこの人のことが好きなのだ、と再認識する。それと同時に、昨日藤澤さんが口にした「シュン」のことが引っかかり、なんとなくバンドのことは言い出せないままに彼の部屋を後にした。

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