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宮本の後頭部の髪を鷲掴みし、身を切る思いで無理やり自分から引き剥がした。
「な? 足りなりだろ?」
唇を尖らせてしょんぼりした恋人を宥めるべく、橋本は笑いながら頭をぽんぽんしてやる。そのタイミングで、ちょうど信号が青に変わった。
「陽さん、勃っちゃった……」
(下半身の事情を振りかざして、ワガママを言い出すなんて、雅輝らしくないな――)
「頑張って落ち着かせろよ。もうすぐ恭介のマンション前に着いちまうぞ」
「……しゃぶって落ち着かせてほしい」
宮本は掴んでいる橋本のセーターの裾を、強請るようにぐいぐい引っ張った。
「そんなことしたら、ますます落ち着かないだろ」
「陽さんの中に挿れて、たくさん感じさせてあげたい。陽さんのエッチな声が聞きたい」
橋本は右折するため、ウインカーレバーを下ろした。対向車線から何台も車が直進してくるので、多少の時間稼ぎにはなりそうだと考える。到着するまでに、宮本をなんとしてでも落ち着かせなければならない。
「雅輝、こんなところでエロモードになるなよ」
「俺にキスした、陽さんが悪いんです……」
「おまえが、甘えることばかりするのが悪いんだぞ。俺だって我慢してるのに、さっきから煽りやがって」
売り言葉に買い言葉。いつものごとく堂々巡りになるかと思いきや、宮本自ら橋本から離れて、きちんと助手席に座り直したことに驚いた。
のしかかっていた重みが消えるなり、触れ合っていた部分からすーっと温もりが瞬く間に消えていく。それでも掴まれてるセーターの裾は、そのままの状態だった。
離れたくないという、宮本の心情をまざまざと示しているせいで、橋本はこれ以上叱ることができなくなった。
「……陽さんごめんなさい。煽るつもりは全然なかったんです。ただ――」
直進する車が途切れたので、黙ってインプを右折させる。50メートル先にそびえ立つ大きなマンションの下に、見慣れたふたりを発見した。
「雅輝……」
「陽さんに思いっきり好きなことができるのが、あのときだけだったから。キョウスケさんたちの前では、イチャイチャできないでしょ」
「そうだな」
「ふたりでいるときは何も考えずに触れ合えたけど、時間が限られてはじめて、当たり前のことがそうじゃないんだなって考えさせられた」
(――だからコイツなりに、ああやって甘えてきたのか)
「なんだかなぁ。昨日だって、散々イチャイチャしていたのに」
「キスの回数を数えていた陽さんに、そんな文句を言われたくないですよ!」
ハザードランプを点滅させてハンドルを左に切り、インプを舗道に横づけした。背が高いゆえにやけに目立つ榊に、目が留まったのだが。
(なんだかやけに、アイツらの雲行きが怪しそうな感じに見える。もしかして待ってる間に、喧嘩でもしたのか?)
約束の時間5分前に到着しているが、榊たちが待ちくたびれて、喧嘩をした可能性が無きにしも非ず。どうやってフォローしてやるかと、橋本は考えながらシートベルトを外して、その存在にやっと気がついた。
このあと、車が停まることがわかっているからこそ、外されると思っていたのに、宮本の右手は橋本のセーターの裾を掴んだままだった。視線をそのまま上げて、神妙な面持ちを見つめた。
「行くぞ、雅輝。落ち着いたか?」
橋本が裾を握りしめている手の甲を優しく撫でてやると、あっけなくそれが外された。
「陽さんありがと。俺の手を強引に外さなかった、陽さんが大好き」
「このタイミングで、それを言うなって。それよりも落ち着いたのか?」
「頑張りました」
「だったらご褒美に、帰ったら俺からイチャイチャしてやるよ」
満足げに口角を上げた宮本に、橋本は微笑み返してから後方確認後、ドアを開けて外に出る。
「よっ、待たせたな」
不機嫌な雰囲気をそこはかとなく漂わせるふたりに向かって、営業スマイルを見せつけた。
「橋本さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは……」
笑って挨拶する橋本に促されるように、引きつった笑顔で挨拶した榊。隣に並んでいた頭ひとつ分だけ小さい和臣は、元気なさげにちょっとだけ遅れて挨拶した。
(うわぁ、なんだこの雰囲気。違和感ありまくりだろ……)