橋本が心の中で頭を抱えかけたそのとき、助手席から宮本が降りてきた。
「こんにちは。これからこの車を運転します、宮本と言います」
いつもより明るく弾んだ声で挨拶した宮本に、榊と和臣は気圧されたのか、そのまま固まる。
妙な緊張感が漂う場を取り持ってやろうと、意気込んだ橋本が話しかけようとしたら、和臣がちょっとだけ前に進み出て、宮本を見つめる。
「はっはじめまして! 榊 和臣です。今日はよろしくお願いします」
人見知りの激しい和臣が、頬を染めて先に挨拶したことに、隣にいた榊だけじゃなく、橋本自身も驚いた。
唖然とする橋本と榊を尻目に、宮本は自分よりも小さい和臣に向かって、小動物を愛でるような笑みを顔面に浮かべる。
そんな人当たりのいい宮本を見て、和臣が更に頬を赤くした途端に、榊があからさまに焦った表情になった。橋本は微笑みを絶やさずに黙ったまま、フォローのタイミングを計る。
そのうち榊が妬いてますという感情を目の色に表しながら、和臣の右手をぎゅっと握りしめた。
「恭ちゃん?」
「宮本さん、今日はよろしくお願いします」
握りしめられた手に視線を落として、困った顔になった和臣をそのままに、表情をキリッと引き締めて挨拶した榊を見上げた宮本は、柔らかく微笑みながら頷く。
三人それぞれの様子をまじまじと観察していた橋本が、思いっきりぷっと吹き出した。
「陽さん、どうしたの?」
(きょとんとしたコイツにわかるように説明するには、間違いなく時間がかかるな――)
「なんていうか、おのおのすれ違いを起こしている状態を見ているだけで、なんだかおかしくてさ。とにかくおまえは何も言わずに、運転席に座ってろ。これ以上、誤解を招くことになったら、この俺でもフォローしきれなくなる」
橋本の手により車に向けてぐいっと背中を押された宮本は、不思議顔をそのままに車に乗り込む。
「和臣くんは、助手席の後ろにどうぞ」
橋本がビップを迎える運転手のように車のドアを開けて、優雅に片手を差し出しながら乗るように促すと、和臣はちょっとだけ照れくさそうにはにかんで、後部座席にちょこんと座った。
腰を下ろしたのをしっかり確認してから、静かにドアを閉める。振り返るなり榊に向かって、意味深に微笑んでやった。
「橋本さん、なんですかその笑みは……」
たじろぐ榊を見上げつつ、橋本は更にニヤニヤしてみせた。飛びかかる大きなモーションを見せずに、いきなり体当たりを食らわしたら、無防備だった榊の躰が想像以上に大きく傾く。
「宮本相手に、ヤキモチなんて妬くなよ。絶世のイケメンのくせに情けない!」
美丈夫な榊が自分の恋人相手にヤキモチを妬いている現状に、心の底から呆れ果てた。
「絶世のイケメンってそんな……」
「だったら、見目麗しいイケメンと表現したほうが良かったのか? それとも――」
「やめてくださいよ。俺、そんなんじゃないですし」
イヤイヤするみたいに首を横に振った榊に対して、橋本は肩を竦めながら、チッと舌打ちした。
「恭介がイケメンじゃないなら、俺なんてゲゲゲの下じゃねぇかよ。酷いな」
「そんなつもりで、言ったんじゃないです」
「わかってるって、まったく。俺の宮本に妬く必要はないのにさ。和臣くんの趣味じゃないだろ?」
橋本としては機嫌の悪くなった榊をなんとかしようと考えて、宮本が和臣の趣味じゃないことを、自分なりにアピールしただけだった。それなのに榊が真剣な表情のまま、穴が開く勢いで自分を見つめるため、なんだか照れくさくなる。
「恭介どうした? 俺の顔に何かついてるのか?」
「やっ、別に何も……」
「もしかして、惚れ直してくれたとか?」
上目遣いでいきなり顔を寄せた橋本に、榊は顎を引いてやり過ごした。
恭介が好きだったときには、絶対にできなかったこと――好きすぎて距離感が取れないせいで、こうして顔を傍に寄せるなんてできなかった。でも今は躊躇せずに、それができる。
友達という真っ当な関係を築けたことで、安心感を得た気がした。
「橋本さんを惚れ直すなんて、そんなことは――」
「あり得ないだろ。だっておまえは、和臣くんにぞっこんなんだからさ。それと同じように、和臣くんも恭介が好きなんだぞ。宮本に心変わりするはずがない。だから安心しろ!」
橋本は得意げに語ると、榊の下ろしている長い前髪をぐいっと掴みあげ、いつものようにオデコを容赦なく叩いた。てのひらに感じた衝撃に、橋本の笑いが止まらない。
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