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そして、何を思ったか瀬名は突然顔を近づけ、理人の首筋に鼻先を寄せた。
あまりに自然な動作に避けることもできず、熱い吐息が肌をなぞり、理人の肩がびくりと跳ねる。 それを見て瀬名は低く笑うと、わずかに屈んで唇を寄せてきた。
「おい、何して――」
流石に不味いと腕を伸ばして距離を取ろうとしたが、逆に引き寄せられ、顎を強引に掬い上げられた。 重なる唇。身じろぎして逃げようとするのを許さないとばかりに、腰を抱き寄せられ、窓辺のガラスに押し付けられる。
舌先でノックするように唇をなぞられ、理人は反射的に口を開いてしまった。 そこへ瀬名の熱い舌が滑り込み、ねっとりと、執拗に絡め取られる。
「ん、ちょ……まっ……んんっ!」
後頭部を押さえつけられ、逃げ場がない。瀬名のキスはいつも深く、甘く、頭の中が白く蕩けそうになる。 胸を押し返すが、瀬名の体はびくともしない。
それどころか、瀬名の指先がシャツのボタンを器用に外し、冷たい手が素肌に触れた。ゾクッと背筋が震え上がる。
「っおい、ここをどこだと――」
「会社の喫煙室ですね」
やっと唇が離れたと思ったら、今度は剥き出しの鎖骨に顔を埋められた。 瀬名の柔らかな髪が肌を撫で、吸い付かれるたびに、理人の身体が勝手に反応してしまう。
「昨日、理人さんを味わえなかったから……『理人さん不足』なんです」
情事の最中のような艶っぽい声音に、理人は思わず息を呑んだ。
「な、何を……馬鹿なことを。誰か来たら……っ」
「こんな朝早くにここへ来る馬鹿は、滅多にいませんよ」
瀬名はそう言い捨て、再び貪るような口付けを仕掛けてきた。 激しく絡み合う舌は、まるで粘膜そのものを愛撫されているようで、理人の中心に熱い塊が溜まっていく。
瀬名の指先が、胸の飾りを鋭く摘み上げた。理人は声にならない悲鳴を上げる。
「ぁっ……!」
「理人さん、可愛い……」
「やっ……ぁ……やめ……っ」
耳を甘噛みされながら、低い声で囁かれる。その振動だけで全身が痺れ、力が抜けていく。 本当に、まずい。そう思っても、瀬名がズボンの上から性器を掌で包み込むと、もう抗う術はなかった。
「ぁ……っ! それは、だめ……だ……っ!!」
すでに硬く昂り始めていた自身を握り込まれ、上下にしごき上げられる。 同時に胸の突起を弄られ、理人の理性はあっけなく瓦解した。 羞恥心を上回る快感がスパイクし、一気に絶頂へと追い詰められる。
「ん……っは……ぁっ、も……っ!」
このままでは、ここでイかされてしまう。 とどめと言わんばかりに、先端を親指で強く押し潰された瞬間、理人の思考はスパークし、意識が真っ白に染まった。
その直後――。
カチャリ、とドアが開く音が響き、理人はハッと我に返った。
「っ……!」
咄嗟に瀬名を突き飛ばし、距離を取る。 荒い息を整える間もなく、ドアの方へ視線を向けた。
「……あれ?」
そこには、きょとんとした表情で立ち尽くす朝倉係長の姿があった。
「す、すみません。邪魔するつもりはなかったんですけど……」
あまりの気まずさに、理人の顔から血の気が引く。
「――失礼するっ!」
「あっ! ちょっ、部長っ!」
瀬名の制止を振り切り、理人はその場から逃げ出すように足早に立ち去った。
――最悪だ。まさか、よりにもよって社内で瀬名にイかされるなんて。
理人はデスクで頭を抱えながら、悶々と自問自答を繰り返していた。 会社であんなふうに盛っておいて、人が来る直前までやめる気配のなかった瀬名も瀬名だが、何よりあんな状況で翻弄され、果ててしまった自分が信じられない。
おまけに、会社のトイレで汚れた下着を洗う羽目になるとは……。 そのせいで今、スラックスの下はノーパンだ。布越しに伝わる冷たい感覚が、今の自分の不甲斐なさを強調しているようでならない。
眉間に深い皺を寄せ、殺気を放つ理人の様子に、部下たちは恐れをなして近寄ってこない。今日に限って重要な会議が入っていなかったことだけが、不幸中の幸いだった。
(……仕事が終わったら、絶対にアイツをしばき倒してやる)
今は外回りに出て不在の、瀬名のデスクを睨みつける。ぎり、と奥歯が鳴った。
「あの、部長……」
「……なんだ?」
つい、反射的に刺すような視線を向けてしまった。目の前には、萩原がオドオドしながら立っている。理人はコホンと咳払いをし、椅子ごと萩原の方へ向き直った。
「今度の忘年会について、ご相談なんですが……。実は僕が幹事になりまして。場所は押さえたのですが、せっかくなので瀬名君の歓迎会も兼ねようという話になりまして」
「……そうか」
瀬名はまだ入社したばかりの新人だ。親睦を深める意味でも、断る理由はない。
「それで、どうせなら他部署も交えて派手にやりたいという声が多くて……」
「わかった。参加人数については追って連絡してくれ。費用についても、必要なら経理と掛け合う」
「はい! ありがとうございます!」
萩原がそそくさと自席へ戻ると、理人は再びパソコンの画面に向き直った。溜まった書類を片付けるべく、キーボードを叩き始める。 するとそこへ、ドサリとコンビニのレジ袋が置かれた。
「チッ……。瀬名、君はまたそうやって私の邪魔を――」
「酷い言われようですね。差し入れですよ」
瀬名は理人の耳元に唇を寄せると、周囲には聞こえない、掠れた声で囁いた。
「理人さん……パンツ、穿いてないんじゃないかと思って。買ってきました」
「……っ、誰のせいだと……っ!」
「だから、悪いと思ったから買ってきたんですよ」
理人は思わず舌打ちをし、乱暴な仕草で瀬名から袋をひったくった。
「……仕方がないから貰っておいてやる。だが、次にあんな真似をしたらセクハラで訴えるからな!」
「理人さんに、それができますか? 自分が男にイかされたなんて事実を、公表する勇気があります?」
「くっ……」
痛いところを突かれ、反論が詰まる。そんな理人を横目に、瀬名は鼻歌を歌いながら自席へと戻っていった。
袋の中を確認すると、パンツの他に缶コーヒーとサンドイッチが入っている。理人は忌々しげに舌打ちを重ねてから、パンツだけを抜き取って素早くポケットに突っ込んだ。
なぜ自分がこんな辱めを受けなければならないのか。屈辱と理不尽さが胸を焼くが、それさえも瀬名の計算のうちである気がして、余計に奥歯を噛み締める。
気がつけば、いつも瀬名の手のひらで転がされている。自分だけが振り回されているこの状況が、たまらなく腹立たしい。
(こんなはずではなかったのに……)
瀬名との関係を続ければ、いつか取り返しのつかない一線を越えてしまいそうな、得体の知れない予感がした。 そうなる前に、やはり今日限りで終わりにしなければならない。
理人は、改めて自分に言い聞かせるように、強く、強くそう心に誓った。
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