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上野文
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#悲しい
シジミン
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kirisu
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畝澄ヒナ
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「けーいちゃん」
涼さんは愛しげな表情で私を見つめ、名前を呼んでくる。
それだけなのに、分不相応な幸せを得ていると思ってしまった。
「……どうしたの? なんでそんな顔してるの?」
彼は手を伸ばし、私の顔に掛かった髪をサラリと耳に掛ける。
「……名前……」
「ん?」
「……涼さんだけなんです。〝恵ちゃん〟って呼ぶの」
「……うん」
彼は意味を分かっていなさそうに頷く。
「みんな私を〝恵〟って呼び捨てにします。あとは〝中村〟とか〝中村さん〟とか」
「……あぁ、確かにそうかもね」
「…………だから…………。…………う、……嬉しいんです。…………とっ、トクベツッ、で……っ」
瀕死になりつつ伝えると、涼さんの顔がみるみる笑顔になっていく。うぅ……。
反射的に憎まれ口を叩きたくなるが、彼が結婚について一歩進もうとしているなら、私もそれに応えなくては。
「リョウサンにケイチャンって呼ばれると、アイサレテルナッて思いますネッ」
私はピクピクと頬を引きつらせながら笑い、指ハートまでしてみせた。
「ごめん…………っ。可愛い…………っ!」
涼さんは涙を流して笑い、ソファから立ちあがると私を抱き締めてきた。
力一杯抱き締められ、彼の胸板に頬が押し潰される。
「恵ちゃんのそのぎこちない、それでいて精一杯の愛情表現が芸術点高くて、…………どうすればいいかな、これ……っ! 映画化すればいい!? 『劇場版ケイチャン』!?」
「相変わらず頭の中、とっちらかってますね」
私は暑苦しい雄っぱいにギュウギュウ押されながら、ぶっきらぼうに言う。
「……そういう所も、スッ…………、好き、…………ですよ」
ボソッと言った途端、涼さんはガバッと身を引き、まじまじと私を見つめてくる。
そんなリアクションをとられると、一気に恥ずかしくなってくる。
「すっ、すみませんね! 常識的に考えて槍は降ってこないと思いますが、季節外れの雹あたりは降るかも!」
とっさに照れ隠しをした瞬間、また抱き締められていた。
「かっ……わいい…………」
今度はさっきみたいな強い抱擁ではなく、愛おしむような優しい抱き締め方だ。
「……恵ちゃんって本当に無自覚小悪魔だよね。俺を翻弄してやろうって自覚はないんだろうけど、普段塩対応なだけに、こうやって頑張って本音を明かしてくれると、すっごい……、クる」
涼さんはそう言って私の手を握り、自分の胸板に触れさせる。
「分かる? すっごいバクバクしてるの」
囁かれた私は、羞恥とも気まずさとも言えない感覚に襲われて俯く。
「好きだなぁ……。可愛い。どうしよう。可愛い」
心底……という感じで、すっかり語彙力を失って呟く涼さんを、私は不思議な心地で見上げる。
こんな、社会的地位のある、みんなの憧れる御曹司が、私のお世辞にも可愛いと言いがたい愛情表現でメロメロになっている。
喜ぶべきところなんだろうけど、嬉しいを通り越して「この人大丈夫だろうか?」と心配になってしまった。
自分を卑下するつもりはないけれど、彼みたいなハイスペックから見れば、私は高級食材じゃなくて珍味みたいな物だろう。
だから珍しさも相まって、振り回されていると思うんだけれど。
「涼さんはちょっと、単純すぎますよ」
「そうかな? 恵ちゃんの可愛さが天元突破してるんだよ」
「相変わらず凄い表現使いますね」
「もう、恵ちゃんが『光あれ』って言ったら天地創造できるね」
「はいはい」
呆れた私は、涼さんの背中をトントン叩く。
「俺はね、本当に恵ちゃんの事を『可愛いな』って思ってるんだよ。この気持ちの千分の一でも伝わればいいんだけど」
「……一応、受け止めてはいるつもりですけど」
「恵ちゃんの事を全力で甘やかして、可愛がって、ふくふくになった幸せ猫になってほしいんだ」
「今でも十分幸せですよ?」
「もっと! もっと幸せになってほしい」
子供みたいな事を言う彼を見て、私はクスッと苦笑いする。
家族や朱里以外に、ここまで無条件に私の幸せを願ってくれる人はいないだろう。
文字通り、宝くじの一等以上の幸運を引き当てたのだから、このご縁を大切にしていかないと。
「ご家族にお会いする時、レストランとか行きますか? 服装とかどうしましょう?」
話を元に戻すと、彼はパッと身を起こして考え始めた。
コメント
1件
あおいです🤍 もうもうもう、この回は反則級に甘いですね…! 恵ちゃんの「トクベツッ、で……っ」のところ、声に出して読めなくなる照れ方が本当に可愛くて。涼さんの「映画化すればいい!?『劇場版ケイチャン』!?」には声出して笑っちゃいました(笑) お互いをこんなに大事に思ってる空気感が、地の文からじんわり伝わってきて、こっちまで幸せな気持ちになりました。二人の距離感の描き方が本当にお上手で、また続きが読みたくなります🌷