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二人の想いが通じ合った実習室でのあの日から、怜也の日常はさらに「激辛」で「激変」した日々へと突入していた。「おっはよー! 怜也きゅん、今日もマジで顔面国宝級に盛れてるじゃん! やばくなーい?」
朝の教室。茜は登校するなり怜也の席に突撃し、当然のように彼の肩に腕を回す。金髪のポニーテールが揺れ、甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。怜也は相変わらず顔を真っ赤にして固まっていた。
「つ、鶴森さん、近いよ……みんな見てるし」
「もー、茜でいいってば! あーしら、もう『そういう仲』っしょ?」
茜が茶目っ気たっぷりにウインクすると、教室の男子たちから殺気にも似たブーイングが飛ぶ。一方で、その光景を後方の席から氷のような視線で見つめている女子がいた。
「……朝からうるさいわね。あんたたち、ここは学校だってこと忘れてるんじゃない?」
由奈だ。彼女はペンを机に叩きつけると、ずかずかと二人の元へ歩み寄った。
「由奈ちゃんおはよー! 今日もボーイッシュでマジ尊いんだけどー! ね、怜也きゅんもそう思うっしょ?」
「あ、うん、由奈は今日も……凛々しいっていうか……」
「あんたは黙ってなさい。……鶴森、あんまり怜也を困らせないで。こいつ、こう見えてキャパ小さいんだから」
由奈は怜也と茜の間に割って入り、茜の手を怜也から強引に引き剥がした。怜也を守るという名目だが、その瞳の奥には隠しきれない独占欲が渦巻いている。
「えー? 由奈ちゃん、もしかして嫉妬? マジ可愛いー! ちょーウケるんだけど!」
「笑い事じゃないわよ! ほら、一時間目は実習なんだから、準備しなさい!」
そんな騒がしい日常が続く中、ある土曜日。茜が「どうしても行きたい場所がある」と言い出し、怜也は初めての「デート」をすることになった。もちろん、心配性の由奈が「監視役」としてついてくることを条件に。
行き先は、王都……ではなく、隣町の商店街にある「激辛フェス」だった。
「やばーい! この地獄の麻婆豆腐、見た目からしてマジ優勝なんだけどー!」
茜は真っ赤な麻婆豆腐を前に、瞳をキラキラさせている。一方、怜也はすでに漂ってくる唐辛子の成分だけで目が痛い。
「……本当にこれ、人間が食べるものなのかな」
「怜也、あんたはこっちの普通のチャーハンにしときなさい。倒れられたら迷惑よ」
由奈が呆れ顔で言うが、茜は「一口だけ! エモいから!」と怜也に麻婆豆腐を差し出す。怜也は覚悟を決めて一口食べたが、その瞬間に意識が飛びそうになった。
「か、辛い……っていうか、痛い!! 水、水を……!」
「あはは! 怜也きゅん、リアクション神なんだけどー! マジ最高!」
茜は笑いながら、自分の飲みかけの水を怜也に差し出した。
「ほら、これ飲みなよ!」
「……っ!?(間接キス……!?)」
怜也が戸惑っていると、横から由奈がペットボトルを奪い取った。
「はい、水。私が買ってきたやつ飲みなさい。……鶴森、あんたはデリカシーがなさすぎるのよ」
「由奈ちゃん、ガード固すぎー! でもそういうとこもマジ好きー!」
そんなやり取りをしながら、三人はフェスを楽しんだ。茜の底抜けの明るさは、怜也の消極的な性格を少しずつ変えていった。彼女といると、自分が「モテないダメな奴」だという劣等感を忘れられた。そして由奈の厳しい言葉も、実は自分を一番に守ろうとしてくれている愛情の裏返しなのだと、今の怜也には伝わっていた。
夕暮れ時、公園のベンチで三人は座っていた。茜は最後のアイスを食べ終え、満足げにため息をつく。
「……あーしね、実は転校してくる前、ちょっと怖かったんだ。またギャルだってだけで浮いちゃったらどうしようって」
茜がふと見せた、寂しげな横顔。
「でも、怜也きゅんと由奈ちゃんに出会えて、マジで人生変わった。あーしのこと、ちゃんと一人の人間として接してくれたの、二人が初めてかも」
茜は怜也の手を握り、反対の手で由奈の手も握った。
「由奈ちゃん。あーし、怜也きゅんのことマジで好きだけど、由奈ちゃんのこともマジで大事なダチだと思ってる。……だから、あーしと怜也きゅんのこと、認めてくれるまでずっとアピり続けるにゃん!」
「……誰が『にゃん』よ。キャラ作ってんじゃないわよ」
由奈はそっぽを向いたが、握られた手は振り払わなかった。
「……分かってるわよ。あんたが怜也を元気にしてくれてることくらい。……でも、私は諦めたわけじゃないから。怜也が泣くようなことがあったら、その時は私が力ずくで奪い返すからね」
「わー! ライバル宣言!? エモすぎー! やばくなーい?」
怜也は二人の手を見つめ、静かに微笑んだ。
かつて女子にフラれ、絶望の中にいた自分。そんな自分を救ってくれたのは、真っ直ぐすぎるギャルの愛と、不器用すぎる幼なじみの絆だった。
「……ありがとう。二人とも。僕、もっと強くなるよ。二人に守られてるだけじゃなくて、僕も二人を支えられるような男になる」
怜也が力強く宣言すると、茜は「怜也きゅんマジイケメン! ちょー盛れてるー!」と抱きつき、由奈は「……ま、口だけにならないように努力しなさい」と赤くなった顔を隠した。
築留工業の月曜日は、また騒がしく始まるだろう。
黄金色の旋風のような茜と、凛とした強さを持つ由奈。そして、かつて臆病だった少年、怜也。
三人の「激辛」で「最高にエモい」青春の物語は、これからも加速し続けていく。
「よし! 明日の朝練の後、また激辛ラーメン行こ! 怜也きゅんと由奈ちゃんの分も予約済みだにゃん!」
「だから『にゃん』はやめろっての!」
「あはは、由奈、行こうよ。……僕も、ちょっとだけ楽しみなんだ」
怜也の言葉に、二人の少女が同時に満面の笑みを浮かべた。
彼の心に咲いた勇気の花は、もう二度としぼむことはない。
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