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黄昏北部陣地周辺は慌ただしさを増していた。シャーリィによるニフラー筆頭従士の誘拐によって領邦軍は怒号が飛び交い慌ただしく戦闘態勢を取りつつあった。
一方暁もシャーリィによるまさかの行動により少し動揺が走ったが、直ぐ様マクベス達が兵達の動揺を静める。
「予定外の事が起きたが、作戦に変更はない!各自持ち場にて待機!作戦計画に従って行動せよ!」
「慌てる必要はないからな!連中は大慌てだろうが、此方に変更はないんだ!」
マクベス達が駆け回り兵士達を落ち着かせている頃、野戦指揮所では。
「もう私が斬り込んで殲滅した方が早くないですか?マスケット銃装備の戦列歩兵なら簡単ですよ?」
「お馬鹿、こんなに大勢の前で大暴れをするつもりですか?貴女の魔法が広く知られることになりますよ。いや、手遅れかもしれませんが」
「『血塗られた戦旗』の生き残りならば所詮は賊の類い、言葉を信じるものも少ないでしょう。しかしながら此度は曲なりにも領邦軍、更に相手の殲滅は難しい。お嬢様、どうか自重を」
シャーリィの言葉にカテリナとセレスティンが待ったを掛けた。『血塗られた戦旗』相手に魔法をフルに活用して大立ち回りを見せたシャーリィだが、傭兵やゴロツキ相手と領邦軍相手では勝手が違う。
「どうせアイツの尋問がしたくてウズウズしてるんだろ?ラメルの旦那に任せて今は目の前の事に集中しようぜ」
「むぅ」
更にルイスにまで諌められてシャーリィは不満そうにする。ようやく見つけた有力な手がかりを前に、気が逸るのも無理はなかった。
「シャーリィお嬢様、もう少し我慢してください。先ずは皆で勝ちましょう?」
「エーリカ。しかし私が居なくても……」
「貴女が居なくて誰が戦うのですか。我慢して大将を演じていなさい。どうせ長引きはしませんよ」
「むぅ」
斯くして暁側も大将であるシャーリィがソワソワしていると言う珍事を抱えてはいたが、万事問題なく領邦軍を迎え撃つ手筈を整えていた。
「敵の攻撃は百五十に迫ってからだ!それまでは動くんじゃないぞ!」
ソワソワウズウズしているシャーリィを尻目に、状況は動き始めていた。
「前進ーっ!」
「前にー進めーっ!」
「行くぞーっ!」
騎馬に股がる将校達がサーベルを振るい、勇壮な太鼓の音色に合わせて戦列歩兵が前進を開始した。領邦軍は大砲を保有していないが、敵の貧相な装備を見て圧勝を確信していた。
なにより自分達が動き始めても微動だにしない暁の兵士達を見て恐怖に膠着していると判断したためだ。
「進め進めーっ!筆頭従士を救い出した者には、望みのままの褒美が出るぞーっ!」
「他の部隊に遅れるなーっ!」
勝利を確信している将校達は手柄争いを始めており、彼らに急かされるまま歩兵は歩みを早めて、結果陣形が崩れ始めていた。
だが、彼らは気にもしない。剣を片手に突撃してくる敵をマスケット銃の斉射で滅ぼす。簡単な仕事だと。
そして彼らは気づかない。自分達が追ってきたエルフ達が稜線を利用しながら密かに背後へ回り込んでいることを。
なにより、自分達を見据える敵に怯えなどなくまるで獲物を待ち受ける猛禽類のような目をしていることを。
そうとは知らぬ彼らは徐々に距離を詰めていた。帝国のマスケット銃の有効射程は百五十メートル以内であり、そこまで近付いて斉射するのが基本的な戦術である。
古典的ではあるが銃を持たない相手には極めて有効的な戦術であり、今も帝国の治安維持部隊がまだ採用している武器である。
対する暁は有効射程が三百メートル前後もあるボルトアクションライフルを装備しており、更に初期型の機関銃や強力な榴弾砲まで保有している。
今回は参加を見送られた戦車もあり、間違っても戦列歩兵で挑んで良い相手ではなかった。
「敵接近!」
「まだだ!まだ動くな!」
「合図が出たら直ぐに取り掛かれ!」
迫り来る領邦軍を前に、暁の兵士達はまだ塹壕の前に整列したまま動かない。
「なにかがおかしい!停止!止まれ!様子を見る!」
領邦軍でも一部の将校が違和感を感じて自分の部隊を停止させたが、大半の部隊はそのまま前進。百五十メートルの位置で停止して横隊を形成した。
「撃ち方用意ーっ!」
号令に従い一斉にマスケット銃を構える。その数二百五十名。
「まだだぞ!」
マクベスは敵将校が振り上げたサーベルを睨み付ける。
そして、サーベルを振り下ろそうとした瞬間。
「今だーっ!」
「飛び込めーっ!」
マクベスの言葉を聞いて兵士達が一斉に後ろにある塹壕へ飛び込む。
「撃てーっ!」
その瞬間マスケット銃の斉射が行われて周囲に凄まじい轟音が鳴り響く。マスケット銃の斉射により周囲は噴煙に包まれ、領邦軍の一同は大戦果を確信していた。
だが、煙が晴れるとそこには誰も居らず、ただ塹壕だけが残されていた。
「なっ!?」
「何処へ行った!?」
戸惑いを見せる彼らを相手に、暁側は無慈悲に反撃を開始する。
「構えーっ!」
マクベス達の号令で一斉に顔を出した兵士達は、皆がボルトアクションライフルを構えていた。
「なっ!?我々に歯向かうか!我々はガズウット男爵家の!」
「構いません。撃てーっ!」
ある将校の叫びを掻き消すように、シャーリィの号令によって一斉射撃を浴びせた。
警備の関係から兵力は二百名を下回ったが、それでも近代的な銃による斉射は、これまで満足に実戦を経験していない彼らを薙ぎ倒した。
「そっ!装填急げーっ!」
悲鳴と血煙が挙がる中、慌てて次弾の用意を叫ぶが。
「撃てーっ!」
「放てーっ!」
そんな彼らに容赦なく二度目の斉射が襲い掛かり、彼らを薙ぎ倒していく。悲鳴と血煙が挙がる中、恐慌状態となった軍隊を待つのは。
「にっ、逃げろーっ!」
「聞いてないぞ!こんなことーっ!」
「逃げろ逃げろーっ!」
これまで恐喝すれば無抵抗になってまともな戦闘経験などない彼ら。
それ故に本気で反撃されるなど考えもしなかったため大混乱に陥り、無事だった兵士達は慌てて逃げ始めるものが続出。総崩れを起こした。
「一人も逃がすな!攻撃開始!掛かれーっ!」
ラッパの音色が鳴り響き、着剣した暁兵士達が一斉に塹壕から飛び出して銃剣突撃を開始。
その中にはシャーリィ達も紛れていた。
「あんまり前に出るなよ!シャーリィ!」
小銃片手にシャーリィを追うルイス。対するシャーリィはアスカとエーリカを従えてどんどん前に出ていた。
「一人として逃がしてはなりません!殲滅します!」
「シャーリィお嬢様!負傷者はどうしますか!?」
「始末しなさい、エーリカ!」
「分かりました!」
暁による壮絶な殲滅戦が開始された。それは貴族相手だろうと容赦はしないと言う彼らの意思を示すことを意味していた。