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《SIDE:パウエル》
冒険者ギルド・黄金秤の最上階にあるギルド長室で、パウエルは側近の報告を受けていた。
「ヴァルドール伯爵家の使者が到着しております。その前に、こちらをご確認ください」
側近はそう言って、台帳の写しを差し出した。
「|無銘《インノミネ》が、正式登録を済ませました」
パウエルは無言で受け取った。
代表者はシード。創設時構成員はミア、リタを加えた三名。
リタの名を目にしただけで、パウエルは腸が煮えくり返る思いだった。
三千万ドゥレと幹部の席まで用意して迎えようとした自分を、あの女は一顧だにせず、最後には殺気を向けて床を這わせた。
その屈辱を、パウエルは忘れていない。
看板を掲げただけの真似事で終わると思えば、供託金を納め、ギルド組合の検査まで通しているようだ。
「それだけではありません。すでに最初の討伐依頼を完了しています。炎甲蜥蜴三体に加え、現地で発見された変異種も討伐したと」
参加者の欄には、三人の名前が並んでいた。
「竜殺しを連れて、炎甲蜥蜴を狩った。それのどこが実績だ」
パウエルは写しを机へ放った。
「ですが、ミアという娘にも正式な参加記録が──」
「シードが箔をつけるために、名前を載せたのだろう」
どうやらシードは、五百万ドゥレで買い取った娘を売り出すつもりらしい。
鑑定の儀でランクDマイナス、保有魔力ゼロと判定された娘だ。
剣の成績が多少よかろうと、外れスキル持ちである以上、もうその評価は覆ることがないだろうに。
パウエルは無銘についての報告をそこで打ち切り、待たせているヴァルドール伯爵家の使者へ意識を戻した。
「通せ」
側近が扉を開けると、黒い外套をまとった男が入ってきた。
手袋の甲には、ヴァルドール伯爵家の紋章が銀糸で縫い取られている。
「ご機嫌麗しゅう、パウエル殿」
「前置きはいい。あの娘の代わりに渡した者たちの件だろう?」
使者は、机へ放られた台帳の写しに視線を落とした。
「ええ。先の候補は、いずれも適合率が基準に届きませんでした」
「若く健康で、身体も丈夫。伯爵家から指定された条件は満たしていたはずだ」
「ええ。その点について、あなたを責めるつもりはありません」
「ならば、また候補を選べばいい。金さえ払うなら、こちらも相応の人間を用意する」
適合率──その詳細を、パウエルは尋ねなかった。
貴族との取引には、踏み込まない方がいい領域がある。
パウエルは、その境目を心得ていた。
「加えて、逃げた個体はすでに討伐され、こちらでは回収できませんでした。これ以上、代わりを試すより、当初の見立てを確かめる。それが伯爵様のご意向です」
「当初の見立て──ミアのことか」
パウエルが顔をしかめると、使者はうなずいた。
「現在は無銘に所属し、炎甲蜥蜴の変異種討伐にも参加しているそうですね」
「ふん、参加したことになっているだけだ。竜殺しも同席していたのだぞ」
「……そうですか。では、本題に移りましょう」
使者は薄く笑い、鞄から銀色の封蝋が押された書類を取り出した。
丁寧な所作で、机の中央へ置く。
「ヴァルドール伯爵家から、正式な依頼です」
パウエルは書類を手元へ引き寄せた。
伯爵領北部で確認された、雷角獣の討伐。
太い角から雷を放つ大型魔獣で、通常なら熟練した冒険者を含む一団へ任せる相手だ。
ただし、脅威も弱点も知れ渡っており、対策装備と手順さえ揃えれば討伐の見通しは立てやすい。
報酬額も、貴族からの指名依頼にふさわしい。
だが、受注候補の欄を見たパウエルの眉が吊り上がった。
「黄金秤と……無銘だと?」
二つのギルド名が、同じ大きさの文字で並んでいる。
「伯爵家は、我々をあの掘っ立て小屋と同列に扱うおつもりか?」
「力量に差があるのなら、結果で示せばよろしいでしょう」
使者は平然と答えた。
パウエルは怒鳴りつけそうになるのを、ぐっとこらえた。
ヴァルドール伯爵家とて、わざわざ黄金秤に喧嘩を売る理由はないはずだ。
パウエルは改めて、注意深く依頼書を読む。
依頼へ参加できるのは、各ギルドから代表一名だ。
建前としては、各ギルドの新人同士の交流。
代表は、組合の公開台帳で所属を確認できるCランク以下の冒険者に限る。
双方は同じ日に出発し、先に雷角獣を討伐して角を確保した側が、報酬と討伐功績を得る。
「同行者は二名まで……ただし、代表以外が雷角獣との戦闘へ介入すれば失格か」
「高位冒険者を借りて勝たれては、ギルドの育成力を比べる意味がありませんからね」
「伯爵家の立会人も同行させる、と」
「どちらが功績を得るべきか、後から揉めては困りますからね」
パウエルは、もう一度参加条件へ目を通した。
無銘の構成員は三人。
竜殺しのリタは、当然ながら条件から外れる。
鑑定士のシードが、雷角獣と戦う代表になるはずもない。
──残るのは、冒険者として登録したばかりのミアだけだ。
辞退すれば、貴族から直々に与えられた大口依頼から逃げたと見なされる。
設立したばかりのギルドには、無視できない傷になるだろう。
受けたところで、戦うのは保有魔力ゼロの娘だ。
危険になれば、リタが黙って見ているはずがない。
竜殺しが助けに入ればミアの命だけは助かり、無銘は失格になる。
貴族は、金銭の損失以上に面子を重んじる。
ヴァルドール伯爵家は、五百万ドゥレの契約を目の前で奪われた。
その娘だけが戦う条件で、黄金秤と競わせる。
──要は、ヴァルドール伯爵家は無銘の面子を潰すつもりなのだ。
「なるほど」
自然と口元が緩む。
「伯爵家も、あの連中を快く思っていないらしい」
「良い機会でしょう?」
「ああ、最大限利用させてもらうとしよう」
パウエルは、大仰に頷いた。
「セドリックを出す」
「かしこまりました」
側近は一礼した。
セドリックはCランクで、参加資格を満たしている。
由緒ある貴族家の出身で、黄金秤の訓練課程を終えた若手だ。
実戦経験も積ませてある。討伐記録には、これまで一度の失敗もついていない。
雷角獣なら、弱点も討伐手順も分かっている。
過去の討伐記録に沿って雷撃への備えを整えれば、セドリックならまず負けることはない。
「雷撃耐性の装備を、倉庫から優先して回せ。周辺の地図と、雷角獣の過去の討伐記録も用意しておけ」
「承知いたしました」
「馬も一番速いものを使わせろ。伯爵家の依頼だ。準備を惜しむな」
使者は、パウエルの命令が途切れるのを待ってから念を押した。
「黄金秤は、この依頼をお受けになると?」
「当然だ」
パウエルは参加承諾書へ署名し、勝利宣言の代わりにギルド長印を押した。
「伯爵家には、無銘など相手にもならないとお伝えしておけ」
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コメント
1件
読了🥀 パウエル視点、めちゃくちゃ良かった… 「リタの名を見ただけで腸が煮えくり返る」って、あの屈辱がまだ生々しくて、逆にリタの圧倒的な強さが際立つね。 ヴァルドール伯爵家の“適合率”って何なんだろ…不気味すぎる。 そしてミアだけを狙った依頼、セドリックとの対決も熱すぎる。 リタが黙って見てるはずないし、ミアの成長が楽しみ…続きが待ちきれない🔥 アトハさん、ありがとうございます!