【ニア&メロ】
「ったく……ニアのやつ、どこ行ったんだよ……!」
メロの眉間には深いしわが寄っていた。焦燥よりも、苛立ちの方が勝っている。
(あの馬鹿、また勝手にいなくなりやがって……)
口の中で小さく舌打ちをする。──原因は、あの男だ。L。ニアの手を離してふらりとどっか行くからニアとはぐれた。
(……目ぇ離すからだよ)
誰に命じられたわけでもない。誰にも頼まれていない。
なのに、自分が人混みの中をかき分けて探している。
(……っくそ、なんで俺が……!)
ぐっと唇を噛む。
どうしてか──それを考えると、自分でも分からなくなる。分かりたくもない。
人の波をかき分けながら、メロはニアを探していた。
「迷子って歳でもねぇだろうが……っ!」
浴衣の袖を乱暴にかきあげながら、メロはようやく──射的屋台の隣、しゃがみこんで石ころで遊んでいるニアを見つけた。
「……おい、ニア!!」
声に気づいたニアは、ゆっくりと顔を上げた。
金色の髪が月明かりを背にして輝く。その姿を見て、ニアはふっと小さく笑った。
「メロ。……もうすぐ来てくれると思ってました」
「はあ!?ふざけんな!どれだけ探したと思ってんだ……!」
メロはその場にしゃがみこみ、ニアの手首を掴んだ。
「もう離れんなよ、いいな?」
ニアはこくんと頷いた。その表情はまるで、少し拗ねた子供が“ごめんね”と言いたそうな、そんな顔だった。
「……じゃあ」
「あ?」
ニアは浴衣の襟元から、紐で首にぶら下げていた小さな財布を引っ張り出した。
パチンと留め金を外すと、中から──折りたたまれた万札が、ぎっしりと。
「……なっ!お前、いくら持ってんだよ」
「わからない。でも、Lが“いくらでも使ってもいい”って言ってました」
メロは額に手を当てた。
「……Lゥ……甘すぎんだろ……」
ニアは財布から一枚──いや、二枚──三枚……と次々に万札を取り出して、くじ引き屋に視線を向ける。
「メロ。あれが欲しいです」
指さした先には、ごっついフィギュアでも、ぬいぐるみでもない──最近発売された大人気のおもちゃ。『たまごっち』だった。
「……………」
「……あれが欲しいです。メロ」
「あれ?」
「はい、あれです」
「あれ、女児向けだぞ……」
「見た目は気にしません。中身が大切ですから」
即答だった。
メロはこめかみを押さえてうなだれた。
(……こいつ、ブレねぇな)
「で?金は?」
「これ使ってください」
先程の数万円を遠慮もなく渡してきた。
(Lの金でくじ引けってのか……俺、いよいよ道踏み外してねぇか?)
すると、ニアが唐突に顔を上げ、言った。
「競争しましょう」
「は?」
「どちらが先に、あの“たまごっち”を手に入れられるか。メロと私で、勝負です」
「ちょ、待て。これLの金だぞ」
「構いません」
……構えや。
メロは頭を抱えながら、周囲の視線を気にしつつ、言い返す。
「……分かったよ。やってやる。勝負だ」
「私が勝ったら、あのたまごっちは私のものです」
「そりゃそうだろうな」
「でもメロが勝ったら、メロのものになります」
「……要らねぇよ」
「あげます。おそろいにしましょう」
「要らねぇよ!!」
店主はニヤニヤと笑いながら、くじの束を二人の前に差し出した。
「どっちが先に引く?」
「公平に決めましょう。じゃんけんで」
そう言ってニアは、まっすぐメロの方を見上げた。
(こういう時だけやけに真面目だな……)とメロは小さく息をつきながら、右手を構える。
「じゃんけん、ぽん」
ニアはパー。メロはチョキ。
ニアは手のひらを見つめたまま地雷発言をボソッと零す。
「……初めてメロに負けました」
「うるっせぇ!!」
こめかみをピクピクさせたまま、完全にイラッときている。
(こいつッ……!!)
その怒りをぶつけるように、メロは無言でニアの財布から──いや、正確にはLの財布から──分厚い札束をつかみ取った。
「おい、店主」
「へい」
「くじ。全部寄越せ」
「え、ぜ、全部ですかい……!?ま、マジで?」
メロはバンッ!とカウンターに札束を叩きつけた。
数十万が風にぱらりと舞い、その場の空気が一気にざわめく。
「数で勝てばいいんだろ、数でッ!!!」
「……強引ですね、メロ」
「うっせぇ!!!!」
無理やり全てのくじを買い占め、たまごっちを先に手にしたメロの勝ちではあるが──景品の山を抱える羽目になったのは、ほかでもないメロだった。
腕に乗せたぬいぐるみ、背中に突き刺さるようなプラ製フィギュア、両手には袋という袋──荷物はすべて、彼ひとり。
その隣で、ニアはたまごっちのボタンを器用にピコピコ押していた。
早くも名前をつけて育成モードに突入している。
(ちなみに名前は「メロ」)
「なぁ、ニア……」
「なんですか」
「この景品の山、どっかで捨ててっていいか」
「──ダメです」
即答だった。ピコッと音を立てながらも、ニアは一切妥協しない。
「これらはすべて、Lの資産から生まれたもの。つまり、Lの名を背負った景品たちです」
「……重いな」
「だからこそ、ワイミーズハウスの子供たちに寄付します」
「…………はぁ?」
メロの眉が、物理的に吊り上がった。
「寄付です。おそろいのたまごっち以外、全部。ぬいぐるみも、おもちゃも、ゲーム機も、謎のゴリラのフィギュアも──」
「それは今捨てても良いよな?」
「だめです。Lの金ですから」
「……くそ、Lの金、マジで罪深ぇな……」
荷物に埋もれたまま嘆くメロの横で、ニアはたまごっちの画面を見つめながら微笑んだ。
そして、ふと顔を上げる。
「……ハウスに帰ったら、このプレステで遊びましょう」
「……プレステ?」
「また競争です。今度は、どちらが早くボスを倒せるか」
提灯の光に照らされたニアの横顔は、どこか嬉しそうだった。
「……ああ。次も負けねぇ」
夜の夏祭りのざわめきの中、金髪と白髪の二人は、夜空に輝く月を見上げた──
次の勝負は、また今度。
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