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美晴の胸中は荒れ狂っていた。ほんの数秒前まで心の奥底に沸き上がる復讐の感情を具現化しようとしていたのに、いざその画面の「Yes」ボタンを押そうとすると指が震えた。なぜだろう。
ボタンを押そう、押そう、としてもなかなかうまくいかない。夫に対する憎しみや怒りがあるはずなのに――
美晴の指が画面の「Yes」部分に迫る。がしかし――
(幹雄さんに復讐をすることで、ほんとうに私の心が救われるの? 失われた命が戻ってくるの?)
美晴の顔に葛藤が色濃く表れていた。様々な思考や感情が渦巻く。赤子を失った悲しみ、そして幹雄との複雑な関係。
Yesに触れそうな指。その部分をタップしようとしたが……
(やっぱりできない! 復讐なんて恐ろしいこと……!)
ブルブルと首を振ってアプリを強制終了した。心臓がドクドクと早鐘を打ち鳴らしたかのように動いている。一呼吸置くと幹雄に対して憎悪を抱くことが悪のように感じた。
子供を亡くしてしまった悲しみや憎しみを払いのけるように、なにもかもを忘れたくて布団を頭から被った。明日には幹雄が出張から帰ってくるのだ。どうやって彼に流産のことを伝えればいいのかを考えているうちに、美晴は無間地獄に放り込まれたような気分になった。目を閉じても意識は閉じない。
もうこのまま目覚めたくない――
ほとんど眠れなかったが、日は沈んで昇り、また次の日が訪れる。
さすがにこのまま義母の連絡を無視するわけにはいかないため、美晴は和子へ連絡を取った。
――体調を崩してしまい、検査入院をしておりました。連絡が遅くなり申しわけございません。着信が入っておりましたが、どうされましたか?
当たり障りなく連絡を取り、違和感の残る空っぽになってしまった腹を撫でながら買い物へ出かけた。
近くのスーパーで買い物をしていると、義母から着信があった。慌てて外へ出て電話対応をする。「はい、もしもし美晴です」
『美晴さん? あなた昨日なにをやっていたの! おかげでダンスクラブに遅れてしまったでしょう!! 美晴さんの送迎がなくて本当に困ったのよ!!』
「申しわけありません。体調を崩して検査入院をしていまして……」
『はあ? 妊娠は病気じゃないのよ!? わかっているの?』
「腹痛が酷くて、お医者様に掛からせていただきました」
『虚弱体質ねえ』ふう、とため息を吐かれた。『育ちも悪いし、美晴さんはなにもいいところがないのね』
言い返すことができずに美晴は黙ってしまった。なにもいいところがないという義母の言葉が胸に突き刺さり、スマートフォンを握り締める指に力が入る。