休日が明け、学校に登校する。いつもよりちょっと早めに来てしまった。
カンナはホームルーム直前に教室に入ってきた。
私は席に座って教科書を取り出すカンナに近づく。
「おはよう、カンナ」
「……………………」
私が挨拶しても、カンナは私に挨拶を返してくれなかった。
ずっとうつむいたまま、目を合わせてくれない。
先生が来てホームルームが始まったので、結局それ以上は何も話せなかった。
他のクラスメイトから「なんだー、ケンカかー?」と、そんな風に尋ねられてしまうほどだ。
ずっと気まずくて、私はどうしたらいいか分からなかった。
そのまま放課後を迎えてしまった。
カンナは荷物をまとめて一人でさっさと教室を出ていってしまう。私はあわててカンナの後を追った。
さっさと帰ってしまうカンナを追いかける。
彼女になかなか声を掛けられず、あたふたしながら追いかける私の様子は、さながら親に置き去りにされるのがイヤで必死に追いすがる小さな子供のようだ。
私はようやく、河川敷のあたりでカンナに声をかけた。
「カンナ! あの――」
「……………………」
カンナを追い抜いて彼女の目の前に立つ。
カンナは立ち止まって目をそらした。
私は頭をバッと下げた。
「ごめんね! 勝手に見ちゃって! そんなに怒ると思わなかったから……見られたくなかったんだよね? 軽はずみなことしちゃってごめん!」
「……………………」
カンナは何も答えない。
まだ怒ってるのかな?
カンナは今どんな顔をしているだろう。怒り? 軽蔑? 想像するだけで怖くなって、まともに彼女を見られない。
「…………気持ち悪くなかった?」
「え?」
カンナの声は震えていた。
「私の絵、気持ち悪いから……」
「カンナ……」
「私、あんな絵しか描けなくて、みんなから嫌われたから……だから、美雪ちゃんに見られて、怖くなった……美雪ちゃんに嫌われたらって」
涙ぐみながら彼女はそんな話をする。
私はあわてて答えた。
「嫌いになんかならない! ……じゃなくて、ううん、私、カンナの絵すっごく良いと思う!」
震えて涙を流すカンナの手をぎゅっと握る。
この際、もう全部言ってしまえ!
「私、カンナが好き! カンナの事も、カンナの絵も好き!」
「美雪ちゃん……」
カンナの顔は驚きから、その次の瞬間安堵したような表情になり、そして目からスーーと涙が伝った。
「ホントに?」
「うん、何があっても私はカンナを嫌いになったりしないから」
「えへへ、美雪ちゃん、ありがとう」
私とカンナは公園のベンチに腰を下ろし、缶ジュースを飲みながらしゃべっていた。
「はあ、本当に長かったなー、この前の土日。次カンナに会って『もう話しかけないで』とか『二度と遊ばない』とか言われたらどうしようってずっと悩んでたしー」
「ご、ごめんね、あの時私も頭がぐちゃぐちゃで……」
「あはは、そっか」
「うん」
「……ねぇ、アンタの絵、見ていい?」
「……えっと、そんなに見たい?」
「うん、見たい」
「う、うん。分かった」
そう言ってカンナはカバンからスケッチブックを取り出した。
私はそれを受け取り、改めてじっくりと見る。
「じっくりみるとすっごい絵だよねー、あ、これもしかして私?」
「あ、うん。よく分かったね、こんな絵なのに」
「何となくわかっちゃった。かわいく描いてくれてるね」
「えへへー」
カンナを見ると、手をもじもじされながら顔を赤くしている。
絵を褒められるのはまんざらでもないようだ。
「どうして学校で描いてるの? 見られるの嫌なら家で描けばいいのに」
「……私のママ、私の絵が嫌いだから」
「あっ、ごめん」
「ううん、いいの。だからいつもカバンに入れて持ってるの」
「そうなんだ。……あっ、じゃあさ、私のお家で描かない?」
「えっ?」
「他の人に見られたくないんでしょ?」
「あ、そうだね。美雪ちゃんは褒めてくれてるけど、やっぱり他の人には……」
「なら、私のお家に来て描いたら? 私のお家ね、パパとママが仕事忙しくてあんまり家にいないし、私ひとりっ子だから」
「そうなんだ」
「うん、だから私のお家で絵とか描けばいいんじゃない?」
「えっと、考えておくね……」
「うん、いつでも言ってね」
「ありがとう、美雪ちゃん」
「あはは、じゃあ、そろそろ帰ろうか」
私が立ち上がる。すると、カンナは私の手に触れる。
「美雪ちゃん、少しだけ寄り道したい」
「え?」
私は目を丸くした。カンナの方からそんなことを言ってくるのは初めてだった。
「ダメ?」
「ううん、全然いいよ。どこいこっか」
この時から、カンナと私は「親友」になった。