テラーノベル
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そして夜。
仕事を終え、待ち合わせの商業ビルにある夜景の美しいレストランへ向かう途中、
ひよりは重大なミスに気づいた。
「……さっっむ!!!」
二月の夜風を、完全に舐めていた。深いスリットは冷気の入り口で、開いた胸元はただの通気口。
しかも——
気合を入れてメイク直しをしているうちに、ストールを会社のロッカーに置き忘れてきたのだ。
-***
レストランの入り口で合流した白石さんは、厚手のロングコートの前をきっちり閉めていた。耳当てをした姿は小動物のようで可愛らしい。
——そう、ここまでは良かったのだ。僕たちは予約を告げ、クロークへ荷物を預けた。
「コート、お預かりいたします」
店員に促され、白石さんがコートを脱いだ、その瞬間。僕は目の思考回路は、ショートしそうになった。
「……えっ」
コートの下から現れたのは、鮮やかなブルーのニットワンピースだった。
身体のラインに吸い付くような薄手のニット素材。背中は肩甲骨の下までぱっくりと大胆に開き、透き通るような白い肌が露わになっている。そして何より——。
「予約してくれてありがとうございます、陽一さん♡」
彼女が振り返り、ふわりと微笑む。その胸元は、V字に深く切り込まれていて、ギリギリ谷間が見えるか見えないかの状態だった。歩くたびに、太ももの付け根まで入った深いスリットから、艶めかしい足がチラチラと見え隠れする。
(な、ななな……!?なんて格好だ……!?)
僕は絶句した。これはもう、「歩く18禁」だ。周囲の男性客の視線が、一斉に彼女に突き刺さるのが分かった。いや、見ちゃうよ。これは見ちゃうって!
「行きましょう? 陽一さん」
動揺する僕の腕に、彼女がしなだれかかってくる。
柔らかい感触が腕に押し当てられ、甘い香水が鼻をくすぐる。完全に「誘って」いる。 理性が、本能という名のダムに押し流されそうになる。
(落ち着け、落ち着け……! 今日はバレンタインだ。特別な夜にしたい気持ちは分かるけど……!)
席に案内される間も、僕は目のやり場に困り果てていた。彼女が椅子に座り、足を組み替える。スリットが開き、眩しい太ももが惜しげもなく晒される。
「ふふ、どうしました? 顔、赤いですよ?」
白石さんがテーブル越しに、わざとらしく身を乗り出す。 重力に従って強調される胸元。上目遣いの挑発的な瞳。僕は水を一気に飲み干した。喉がカラカラだ。
——その時だった。
「……っ」
彼女が、小さく身震いをし、二の腕をさするのが見えた。
(……寒いんだ)
当然だ。二月の夜、いくら暖房が効いているとはいえ、その格好は無防備すぎる。それに、ハッと気づく。彼女はストールなどの羽織りものを持っていない。
「その格好……寒くないんですか?なにか羽織るものは……」
「あ、えっと……会社に忘れちゃって。でも大丈夫です! 陽一さんがあっためてくれるでしょ? ♡」
強がって笑っているが、唇は紫色だ。
……ダメだ。
僕の中の「興奮」が、急速に「心配」へと変わっていく。僕のためにお洒落してくてくれたのは嬉しいけれど、彼女に風邪を引かせるわけにはいかない。
「……ちょっと、ここで待っててください!」
僕は席を立った。そして、店の出口へと早足で向かう。たしかビル内に雑貨屋があったはずだ。