テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……俺だけじゃなかった」
お師さんが呟く。
「何がだ」
「忘れてたんだよ」
お師さんは。
拳を握る。
「俺も」
鐘撞きが。
目を伏せる。
「私もだ」
渡守も。
静かに頷いた。
「私も」
墓守も。
「俺もだ」
旅僧は。
四人を見る。
誰も。
顔を上げなかった。
「では……」
旅僧の声が震える。
「皆が」
鐘撞きが。
ゆっくり顔を上げる。
「世界そのものが」
空を見た。
「忘れていたということか」
しばらく。
何も起こらなかった。
そして。
空から。
笑い声が響いた。
『違う』
声が。
降ってくる。
『忘れたのではない』
黒い目が。
こちらを見る。
『忘れさせた』
静寂。
『私が』
佐衛門の目が細くなる。
『忘れさせた』
川面が。
大きく揺れる。
『名を奪えば』
『存在は薄れる』
『記憶から消えれば』
『誰も、それを確かめられない』
声が。
楽しそうに響く。
『そうして』
『一つずつ』
『消していった』
佐衛門の手が。
刀の柄へ触れる。
だが。
まだ抜かない。
「名喰い……」
旅僧が呟く。
その言葉に。
空の存在が笑った。
『そんな名か』
『好きに呼べ』
『名など』
一拍。
『最初から要らない』
その時だった。
どこからともなく。
声が響いた。
小さな声。
けれど。
確かに。
『だから』
佐衛門が顔を上げる。
『覚えて』
風が吹く。
『今度こそ』
佐衛門の瞳が揺れる。
その声を。
知っている。
雪の中で。
花の下で。
何度も。
何度も。
聞いた声。
『桔梗』
その名だけが。
静かに響いた。
その瞬間。
一本の封印札が。
空から落ちてきた。
佐衛門が。
反射的に掴む。
紙は。
まだ温かかった。
そこには。
『第二十四封印』
そして。
『未だ存続』
佐衛門の指が止まる。
その下に。
もう一つ。
文字があった。
『名を呼べ』
全員が。
息を呑む。
「名を……呼べ?」
旅僧が呟く。
お師さんが。
札を覗き込む。
「さっきは」
低い声。
「真名を守れ、だったな」
誰も答えない。
佐衛門は。
札を見る。
そして。
空を見る。
巨大な瞳。
開いた亀裂。
川の向こう。
もう。
どこを見ても。
逃げ場はなかった。
佐衛門は。
ゆっくりと。
札を握り締める。
「……呼べば」
誰も。
答えない。
ただ。
川の向こうで。
一輪の花が。
水面に浮かんでいた。
白い花。
その花びらに。
一滴。
涙のような水が落ちる。
佐衛門は。
それを見つめた。
「……桔梗」
小さく。
名を呼ぶ。
その瞬間。
空の亀裂が。
大きく開いた。
MOMO🩲
ひな
104
けだま15号🍓🐾໊
6,356
夕鳴
128
コメント
1件
ああ、これは……ゾクッときましたね。「忘れたのではなく、忘れさせた」という一文で、これまでのすべての違和感が一本の線でつながった感じがします。名喰いの存在設定も、名前を奪えば記憶から消えるという理屈も、とても整合性が取れていて気持ちがいい。そして桔梗の声──あの花の下で何度も聞いた声が、今度は封印札を届ける形で帰ってきた。涙のような水滴が落ちる描写も美しくて、切ない。まだ「呼べ」と言われたばかりでどうなるのか、続きが待ちきれないですね。