昼寝中……どこかで草野球のホームランバットの音色が聴こえる。真昼間から寝相の悪いうたたねの時。揺蕩う無意識の果てに見たユメノマクラの秘密道具が僕の日々を追いやった。沈まぬ太陽、どこまでも続く青空、穏やかな“セカイ“……ドラえもんにはいつも感謝している。首輪の鈴、出べその大っ腹と自慢のポケット、六本のヒゲ、青いまん丸い全身ー真夏の想いは色褪せぬアルバムの一ページに永世にまで刻まれゆく。
「テレビ点けっぱなし。しょうがないなあ」
おつかいに行っていたドラえもんが帰宅した、誰も居ない平日の午後のひととき……平和な日本な事。のび太君、こんな所で寝たら風邪引くよ。毛布もって来るかい?
「……ぐぅ」
呑気な寝息のまま過ぎ行く青春の時間、全国の子供達が勉学と一度切りの人生を網羅してゆくってのに。君って人は!
「明日の一人での宿題の答案、前借りね」
静かに2階に上がっては掃除をする。これも全て彼の幸せの為、偉人が言っていた……『人は自分が幸せという事に気付かない』『大切なものは失って初めてその良さに気付く』ボクもこうしちゃいられない、ナマケモノのご主人様に出来る総てを秘密道具で答えなきゃ!
「ニャンニャン」
窓の外で女子の仔猫ちゃんが呼んでいる? あんた良い男ね、日向ぼっこしない、だって?
「ニャ~ンニャン」
ここで出会ったのも何かの“縁”の奇跡? 詩人ぶってる可愛い子だ。デートの色恋も悪くない!
「行く行く! この町の散歩道コースはボクの庭だよ、キャットフードでもつまみながら歩こうか♪」
セワシとドラミが部屋の机の引き出しを開けてタイムマシンから飛び出した。平日の真昼間の一ページ、学校が終わっても彼の事だ、夢の泡沫に馳せているに違いない! ドラえもんの姿が無いぞ……? セワシは未来の服のまま階段を降りる、ドラミはお腹の小さなポケットから「何処でもドア」を取り出した。
「見損なった! パパ」
「ぐう、ぐぅ」
空気砲で一発花火を打ち上げたセワシが大声で怒る! 宿題は!? おつかいの手伝いは!? 起きろ屑人間!!
「それ見たことか。人生は過去に戻れない一度切りなんだよ」
「ドラえもん? 知らないな」
1階の居間のリビングはテレビの音声がうるさく流れゆく……野比家は安泰? 戦争?? 冷蔵庫のどらやきは不足中。ドラミは兄の行方を追って行った、セワシは毛布を強引に奪い取る! 怠け者、親から貰った脳ミソ酷使して生き抜け!! 現状の今でも社会の歯車は動き続けるんだぞー風は東。
「ニャンニャン」
良い男ね。私のものにならない? ガードの脇目は激甘よ♡“推し活”スタートの合図が散歩道の路地裏を愛色に染め上げつつあった、一目惚れの刹那の自由時間が漢のハートを射止めた! ジャイアンの八百屋、スネ夫の豪邸、しずかちゃんの家etc……。街並みは今日も穏やかだ、ハッピーな情景が二人(二匹)の視界を明るく照らす。のび太君の世話も一休み。恋愛って良いな、ボクなんて高嶺の花? かも……
「君の家? お邪魔します」
「お兄ちゃん。どこで道草してるの? 何処でもドアで来ちゃった」
「ニャン?」
ドラえもんは声無き声で説得する、恋路の邪魔するな! 地球破壊爆弾ぶっ放つぞ、未来の国に帰れ実妹!
「何でも無いよ。……あれ? ここ」
出木杉君の一軒家、そういう系? 可愛い仔猫は自らを「文子」と名乗ったー飼い主は勉強机で分厚い教科書と数冊のノートを器用に熟している最中……ペットの小屋には可愛らしい装飾品と美味しそうな高級の“勝ち組御膳”でいっぱいだった。色っぽい香水の品の或る優雅なかほりが快く五感を刺激する、文子は顔を擦れ合いじゃれあった。
「どうする、一緒に暮らさない? あんな駄目なご主人と居たら勿体な過ぎよ」
「文子。ボクの彼への愛が勝つよ」
平静さを装いドラえもんはヒゲを正した、秘密道具「通り抜けフープ」ドラミに次ぐとっておきの一級品さ! 出木杉君が椅子から立ち上がり様子を見に来た……バレた。
「あれ? のび太君の……いつの間に。文子の友達かい」
「ニャンニャン♡」
「違うんですっ、言い訳がましいんじゃ無くて……これも何かの“縁”なので」
「仲良さそうだね。遊んで来たら?」
彼はトイレに立ち、文字でいっぱいのノートと蛍光ペンをラジオの耳に傾けたままだった。成程、のび太君とは相容れない音楽のBGMだよ。
「ドヴォルザーク、「新世界より」か。お目が高い! さすが学年ナンバーワンの秀才、気品に溢れてるなあ」
文子は器用に部屋の扉のドアーを開け閉めして二人きりにさせた……まさか?
「やめて! 心の準備がッ」
「うぶなのね。男なら優しくエスコートしてよ♡ あんたがその気なら押し倒してみな」
「そ、そんな……鼻血出そう」
ドラミの声が二人の密会の囁かな愛の世界をぶっ壊した、「通り抜けフープ」を逆算して使ったな、お邪魔虫!!
「のび太さんはどうしたの?」
出木杉君がハンカチで片手を拭いてはボク等の姿を見て言葉を失う……来客の多い日だ、今夜は猫同士のパーティー?? 文子はゲージの中で呑気におやつを食べていた。ドラミはお腹のポケットを弄る、私ってばタイミング悪い?
「妹さん? 兄面しても一期一会は一回切り。ねえアナタ」
「いやらしい。女の敵!」
「ダメじゃないか。ドラえもんは僕の飼い猫と二人きりになりたいんだ、今すぐ帰って!」
ドラミの貧乏くじが慟哭の涙となって天を貫く! イチャイチャ、ラブラブすれば? 両想いの男と女……ペットの猫にも恋愛劇があるのかな、お楽しみは後で!?
のび太の家ではセワシとドラミと三人、長閑に茶を啜る日常だった。パパの事が心配でならないー
「宿題は? 秘密道具に頼りすぎ!」
「良いのよ。最初から100点の【答え】なんて無いんだから」
「五月蠅いなあ。一人にしてよ、ベタベタするな」
大乱闘の予感!? これも全部ドラ公のせいだ……可愛い子のフェロモンの誘惑とハニートラップの罠に総て引っ掛かってるー突然の出会いから3ヶ月。女の免疫が薄い証拠!
「人のせいにするなよ。皆、君の事を一番大切に想ってるんだ、このパパもまだ子供だな」
「お兄ちゃんなら私に任せて。完璧な人なんて居ないのよ」
2階の部屋で机と向き合い“土星”を背負う現実、掛け時計の針がボンボンと鳴る……大丈夫かな。学力の低さは証明書付き、高卒の資格の試験は前途多難? しずかちゃんや出木杉君を見習ってほしいものだ、これが親心の母性愛。ドラミは彼の後ろ姿を眺めながら立ち尽くしていたーセワシは溜まらなくなって天を仰いでいる。
「10代=学生の今がチャンスなんだよ。ママの手料理食べて元気だしな」
「理屈では分かってるけど……エリート何て一握りだろ?」
「のび太さんの言う通りよ。目標は低く、志は高く。何もかも背負わせすぎだわ! 自由を与えて」
纏らないトークの流れがドラえもんの帰宅を示唆していた。タケコプターは顔中キスマークの彼を出迎える。
「お兄ちゃんのバーカ!」
ドラミの嫉妬心のジェラシーボンバー爆発!! セワシは慌てて水に濡らしたティッシュで口紅を拭き取ってゆく、のび太君……ボクの人生も色々、悩みのネタが尽きないものさ。
「大丈夫? そんなにモテるんだ、羨ましい」
「ボクの事は気にしないで。さあ、宿題を」
もうすぐもうすぐ。ゆっくりゆっくり……一つずつ確実に、今は冬囲いの為にエサをほっぺたに蓄える時期なんだ、人生は長い。ちゃんと君だけのプランを考えなきゃ。野生のハムスターの習性でも冬眠しては厳しい四季の季節を生き抜いてゆくんだ!
「外の世界を見てごらん。脳の刺激になるだろう?」
「ドラえもん、君も甘すぎだ! 怒られずに育つほど人間はうまく出来ちゃいない」
「良い事言うね。流石僕の息子」
「パパから何を学んでいるの? それが社会の現実‐REALよ。汗水流して歯を食いしばって上司の説教を平謝りしてるんだから、あなたの見てない所でね」
「……」
手を止めたのび太はぼーっとしている。聞いてるの!? ドラミは兄とお互いに言葉を失った。セワシがお腹のポケットを指差す……
「通り抜けフープ」
終わった、出来た! 良し……遊ぶぞー!! 何何~??
「潜ってごらん? 常夏のハワイだから」
両目を輝かせてのび太はハイテンションに成った、さっきまでの陰気なんて風嵐! セワシとドラミが未来の国へ帰って行った。兄の仕事を邪魔しちゃいけないー
ヤシの木。寄せては返す波しぶき、燦々と照り付ける太陽……水着になって泳ぐサーファーと外国人達!! 夢じゃ無い?? リゾートホテルの応接間はエアコン完備の一年中真夏、旅ってサイコー(*^-^*)
「ドラミの心配声……? 気のせいか」
「海だ~~、夏だーー! ハワイ万歳!!」
過保護な自分を戒めるようにドラえもんは先ほどの片思いの初恋模様を一人、胸に密かに馳せた……文子。君にも見せたかった。
「ドラえもん、早く早く!」
「猫型ロボットは耐水性グンバツだぞ~、学校のプールより爽やかな波心地だろう?」
「秘密道具、最強説!! 気持ちいい~~☆」
ドラえもんの株はまた鰻登りだった。日本なんて狭い小国、ご褒美タイム! のび太は眼鏡を砂浜の上に投げて一目散に浮き輪姿で思い切り叫んだー異国の地って憧れるな~~。こんなに幸せで良いの?
「いいのだ。ボクが許す! セイコウ体験のグッドホルモンを増やして運気上昇のハッピースパイラル」
「アハハ、ずっとここで暮らしたいな」
「それはダメ。ちゃんと高校出て!」
君の将来設計図は……と。ビーチの沖のパラソルの下でサングラスを掛け日光浴を始める、ロボットだけど恋もするし夢や浪漫を見ちゃう生き物なのだ。日焼け止めは??
「裕福な暮らし……か。幸せなんて誰かに決めてもらうもんじゃない、そう思うだろ? 文子」
ハワイは雄大な自然と見渡す限り広いサンゴ礁の波打ち際で幸せが溢れ出てくるーありがとう神様。のび太君は満足気だった、これがボクの役割の仕事。ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんに出木杉君の羨む顔が目に浮かぶ……良いじゃないか、そういう系!!
「いつまでこうしてるの? 今何時?」
「ええと……日本時間の時差はっと」
そろそろ家に帰ろ? のび太は海パン姿で視界の悪い裸眼を耀かせてボクに手を差し出す。オレンジ色の夕焼けがどこか寂しく見えたー花火の夜景は明日にとっておこう、パパとママが心配しているネ!
「あー楽しかった。視力が良かったらなあ」
「ニャンニャン」
文子!? どうしてここに?? 出木杉君が家を訪ねて玄関でママと話している、忘れ物ー?
「このフラフープ……君のものだろう? 確かに返したからね。じゃ、僕はこれで」
「ありがとう。のびちゃんの友達にしては素直な子ね」
文子が灰色の毛並みとしっぽを振っては最後のアピールをする。
「わざと忘れた訳じゃないでしょうね? 未練がましく……良いわよ、私はいつでも♡ 今日の記念日祝いにアゲル」
「え? 何て??」
身体をバスタオルで拭くのび太を横目に出木杉君は夕刻の中、去って行った。焼き回しの写真と一本のフラフープが僕等の青春を色付けてゆく……手紙?
「可愛らしい恋人さんだね。読んで読んで」
「ゲゲッ!!」
ジャイアンのペット・秋田犬の『おさむ』とのツーショット生写真。二人目の恋人?? バチェラーみたい……これだから才女は!! おさむもまんざらでもないニヤケ顔してる、のび太が爆笑しては腹を抱えてバカ騒ぎ!!
「ジャイアンの飼い犬久しぶりに見たよ。本人に似て性格悪んだ、月とすっぽんだね!」
「……」
おさむVSドラえもん!? 薔薇の争奪戦は醜く情念の炎を燃え盛る泥ドロ沼の恋愛劇場を意味していた? 文子は去ってゆく。やれやれ……
「一夫多妻制なんてまっぴらだ、人の気持ちを踏みにじって!!」
笑いを堪えられないのび太が地面の床を叩く! 君、そんな顔で良く言えたもんだね……鏡を見ろ!
「カッチーン。のび公! しずかちゃんなんてあげないぞ、ジャイ子と結婚しろ!!」
「ハハハ! 恋愛なんて柄じゃないんだろ? 頭悪い僕でも判るよ~!」
これもまた、思い出の一ページのアルバムに加えられゆく愛すべき瞬間……ラブ&ピース☆ めでたしめでたし!! 明日の学校の話題は持ち切りさ、親友( *´艸`)平和な野比家のほんの些細な一コマがまた息づいてゆく、夢の欠けらを集めて……
「ニャンニャン♡」
文子は何時でも待っている。