テラーノベル
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第16話「硝煙の終わり、微羞む黒羽」
(今回は長くしたぞぉ……)
ドォン……
と、最後のエクソシストの巨体が地獄の荒野に沈み、消滅していく。
引き裂かれた赤い空からは、いつの間にか黄金の光が消え去り、いつもの薄暗い地獄の静寂が戻りつつあった。
「やった……。私たち、勝ったのね……! 天使の軍勢を追い払ったんだわ!」
チャーリーが息を弾ませながら、血に染まった自身の両手を見つめ、それから歓喜の声を上げた。
「おいおい、マジかよ! あの天国のエリートどもを本当にボコボコにしちまったぜ!」
エンジェルが4本の腕を掲げて飛び跳ね、ハスクも「フッ、大したもんだ」と、珍しく帽子を脱いで誇らしげに笑っている。
ヴァギーは槍を収め、安堵の息を吐きながらチャーリーのもとへと駆け寄った。
ホテルの敷地内は、かつてないほどの達成感と、勝利の喜びに包まれていた。
誰もが、自分たちの絆が天国に勝ったのだと、互いの無事を喜び合っている。
――けれど、彼らの勝利を決定づけた最大の功労者は、その歓喜の輪から少し離れた場所にいた。
「はぁ……、ふぅ…………」
ノアは、ゆっくりと胸を上下させていた。大人の姿をした彼女の身体は、今や見る影もないほどに傷ついていた。
背中の巨大な黒羽の翼は、天使の鋼によってズタズタに引き裂かれ、根元から折れ曲がっている。
スラリとした長い脚や腕には、無数の深い斬撃の痕があり、そこから赤と黄金の混ざった不思議な光を放つ血が、とめどなく流れ落ちて地面に小さな水たまりを作っていた。
生前の10歳の頃、暗い部屋で全身の痣の痛みに耐えていた、あの孤独な日々。
今の痛みは、あの時よりも遥かに激しく、魂そのものが消えてしまいそうなほどに熱い。
意識の輪郭がぐらぐらと溶け、視界は白く霞んでいる。
けれど、ノアの胸を満たしていたのは、生前には決して味わえなかった圧倒的な
「満ち足りた幸福」
だった。
(ああ……よかったわ……)
ノアは、長い前髪の隙間から、抱き合って喜び合うチャーリーたちの姿を見つめた。彼女たちの笑顔。
誰も傷つかず、誰も消えずに、大好きな人たちがそこに生きている。自分が身を挺したことで、この温かい居場所を守ることができた。
「みんな……本当に、よかったわね……」
カサリ、と微かな羽音がして、ノアの肩に相棒の大烏レインが舞い降りた。レインもまた、主を守るために戦い、ボロボロに傷ついている。レインは愛おしそうに、ノアの頬にそっとくちばしを寄せた。
「レイン、みんな……。ありがとう。私を守ってくれて……みんなを、守ってくれて、本当にありがとう……」
ノアは落ち着いた低い声で、愛するカラスたちに囁いた。その声に気づいたチャーリーが、ハッとして振り返る。
「ノア……? あ、そうだわ、ノア! あなたの傷の手当てを――」
チャーリーが笑顔で駆け寄ろうとした、その瞬間だった。ノアの身体が、糸の切れた人形のように、ゆっくりと前方に傾いた。
「……え?」
チャーリーの笑顔が凍りつく。ノアは倒れゆくその瞬間、隠されていた左目をそっと開き、赤い両眸でみんなを見つめた。そして、怒りも、悲しみも、苦しみも一切感じさせない、どこまでも慈愛に満ちた、優しいお姉さんの笑顔を浮かべたのだ。
「私……このホテルが、大好きよ……」
ポツリと、10歳の女の子の純粋な本音が、その唇から零れ落ちる。
ドサリ、と重苦しい音を立てて、ノアの美しい大人の身体が、地獄の赤黒い土の上へと崩れ落ちた。
それと同時に、彼女の背中にあった黒羽の翼が、光を失ってハラハラと黒い灰のように崩壊し、風に浚われて消えていく。
主の限界を察した30羽のカラスたちも、悲痛な鳴き声を上げながら、彼女の影の中へと吸い込まれるように消えていった。
「ノア――ッ!!!!」
チャーリーの、引き裂かれるような悲鳴が硝煙の残る戦場に響き渡る。さっきまでの勝利の喜びは一瞬で消え去り、一同は血の気が引いた顔でノアのもとへと全力で駆け出した。倒れたノアは、もうピクリとも動かない。長い前髪が再びその左目を隠し、ただ、満足そうに微笑んだ表情だけが、そこに残されていた――。
さっきまでの勝利の歓喜は一瞬にして消え去り、エンジェルも、ハスクも、ヴァギーも、血の気が引いた顔で倒れたノアのもとへと全力で駆け寄る。
「嘘、嘘よね、ノア……!? 目を開けて、お願い……っ!」
チャーリーがボロボロと涙を流しながら、ピクリとも動かなくなったノアの身体を強く抱きしめた。大人の姿をしたノアの身体は、天使の鋼に刻まれた無数の傷口から、赤と黄金の混ざった不思議な光る血を流し続けている。
彼女の命とも言える背中の黒羽の翼は、すでに黒い灰となって風に消え、影の中に眠る30羽のカラスたちも、主の危機に怯えるように沈黙していた。
チャーリーが必死に自身の魔力をノアの胸元へと注ぎ込む。しかし、天使の鋼がもたらす『神聖な破壊の呪い』はあまりにも強力で、チャーリーの涙ながらの癒しの力さえも跳ね返してしまう。
「どうして……っ、傷が塞がらないのよ……!!」
全員が絶望に打ちひしがれ、ホテルの空気が凍りついた、その時だった。
背後の空間が、凄まじい地鳴りのようなノイズと、天をも焦がすような純白と金色の神聖な炎の渦と共に、激しく爆発した。
――ジィイイイイイイイイイイイイイ
ッ!!!地獄の全土の電波を狂わせるほどの、鼓膜を劈く強烈なラジオ・ノイズ。
「チャーリー!! 無事か!?」
「おやおや、これはとんだ大騒ぎですねぇ!」
地獄のゲートをこじ開けて飛び出してきたのは、白いハットを被り、怒りで顔を歪めた地獄の王――ルシファー・モーニングスター。
そして、その影から不気味にぬっと現れたのは、いつもと変わらぬ狂気的な満面の笑みを浮かべ、鹿の杖を握りしめたアラスターだった。
ホテルの危機、そして愛する娘の危機を察知し、すべての敵を蹂躙する構えで同時に駆けつけた地獄の最強格の二柱。
しかし、彼らが武器を構えたまま一歩を踏み出した瞬間、2人の動きは完全に凍りついた。彼らの目に飛び込んできたのは、アダムや天使の軍勢の姿ではない。そこに転がっていたのは、文字通り『お掃除』され、無惨に引き裂かれた数百匹のエクソシストたちの骸。そして、その中心で血の海に沈み、チャーリーに抱きかかえられているノアの、痛々しい姿だった。
「……な、んだって……?」
あの地獄の王ルシファーが、目を見開いたまま、手に持っていた杖を取り落としそうになるほど声を失った。
彼がめちゃくちゃに驚愕したのは、天使の軍勢が壊滅している事実、そして何より、倒れているノアの肉体から溢れ出ている、圧倒的な魔力の残滓だった。
(この凄まじい密度の闇の力……! 上級悪魔(オーバーロード)なんてレベルじゃない。それに、天国から落とされた10歳の魂だと聞いていたが……この天国への純然たる怒りと哀しみのエネルギーは、一体どれほどの絶望を味わえば、これほどの力に反転するんだ……!?)
ルシファーの額から、冷や汗がタラリと流れ落ちる。ノアを「親友」として扱い、その隠された実力を知っていたつもりの彼でさえ、これほど禍々しく、そして悲しいほどの『真の力』を見たのは初めてだった。
地獄の王としての余裕の仮面が、完全に叩き割られた瞬間だった。
そして、それ以上に驚愕の表情を浮かべていたのは、アラスターだった。
『……おや? ……これは、これは……』
アラスターのトレードマークである不気味な笑顔が、初めてピキリと凍りついた。彼の周囲を不気味に包んでいたラジオ・ノイズが、驚きのあまり一瞬で完全に消え去り、世界から音が消える。 いつもすべての事象を「極上のエンターテインメント」として愉しみ、どんな窮地でも決して余裕を崩さないあのラジオ・デーモンが、完全に言葉を失っていた。
彼の手にあるマイクスタンドが、カタカタと微かに震える。
(まさか、これほどとは……。私の見込みを遥かに超えている。天国への恨みだけで、天使の鋼の軍勢をここまで蹂躙し、ホテルの全員を文字通り守り抜くとはね……! 実に……実に恐ろしいレディだ……!)
アラスターの目に、これまでにないほどの強い警戒と、それを上回るほどの「驚嘆」がギラギラと灯る。
路地裏での出会いから、バーで静かにグラスを傾け合う関係になるまで、彼はノアを『面白いオモチャ』程度に思っていたのかもしれない。しかし今、目の前に広がる光景は、地獄の歴史を塗り替えるほどの圧倒的な漆黒の反逆だった。
「パパ……! アラスター……っ!」
チャーリーが涙声で2人にすがりつく。
「お願い、ノアを助けて……! 私たちのために、天使の攻撃を全部一人で受け止めて……このままだと、ノアが消えちゃうわ……!」
その言葉に、ルシファーとアラスターは弾かれたように我に返った。
「くそっ……! チャーリー、そこをどくんだ!」
ルシファーが素早くノアの元へと膝をつき、その胸元に手をかざした。王としての純白の魔力と、神聖な黄金の光がノアの身体を包み込む。
「ノア、しっかりしろ! 君ほどの存在が、こんなところで燃え尽きていいわけがないだろう……! 私が絶対に、君の魂を繋ぎ止めてみせる!」
ルシファーが必死に天使の鋼の呪いを解こうと魔力を注ぎ込む中、アラスターはノアの顔を静かに見下ろした。前髪の隙間から見えるノアの顔は、意識を失っているというのに、大切な仲間を守り切れたことに満足したような、どこまでも優しいお姉さんの微笑みを浮かべたままだった。
アラスターはフッと目を細めると、凍りついていた笑みをゆっくりと元の不敵な形へと戻し、静かに、けれど誰も聞いたことがないほど低い声で呟いた。
『……ハハハ、本当に困ったマダムだ。勝手にひとりでステージを終わらせるなんて、一流のエンターテイナーのすることではありませんよ。……さあ、目を開けなさい。地獄(ここ)は、あなたが作ったクッキーの味を待っている悪魔たちで溢れているのですから』
地獄の王ルシファーの聖なる光と、アラスターの影の魔力が、ノアを救うために交錯し始める。天国に裏切られた10歳の少女の魂を地獄に繋ぎ止めるための、本当の戦いが今、始まろうとしていた――。
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第16話……終……
次回、第17話、「小さき手の祈り、静寂のベッドサイド」
皆ぁ……リクエストある?
ネタが無いんだわ……
(過激なやつ以外で頼む……)
ご視聴ありがとうございましたぁ……
コメント
7件
みぅだよ🤍🥀 第16話、めちゃくちゃ刺さった……。ノアが一人で全部背負って倒れるところ、本当に胸が軋んだよ。「私……このホテルが、大好きよ」って10歳の本音が漏れるシーン、泣きそうになった。あの満足そうな微笑みが逆に苦しいよ……。ルシファーとアラスターの反応も熱かったね。特にアラスターが初めて動揺したの、この作品の重みを感じた。次話、ノアが助かってほしいな…😢
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