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ずくずぐと痛む膝に司は涙を浮かべる。熱感のある膝をさすってなんとか気を紛らわすがそれでも完全には紛らわせることは出来なくて寝なくてはいけないのに眠れない。カチコチと昔小学校へ上がる時に母からプレゼントされたキャラクターものの目覚めし時計の針の音が部屋に響く。カチコチとまるで寝ない司を責め立てるようだ。
「うぅ……っずう……」
痛くて眠りたいのに寝れなくて涙が出てくる。止めれない涙に鼻水まで出てきた。フカフカの枕に顔を押付けてせめてと涙を隠す。
「司?」
「……こーちぃ」
「おいで」
隣のベッドで眠っていた純が手招きする。一瞬の戸惑いのあと再度名前を呼ばれ司は我慢できず自身のベッドから純のベッドへと入った。
純の腕を枕にして潜り込めば純のにおいが司を包み込んだ。冷たい吸血鬼のような手が司の膝を撫でる。ひやりとした手が熱を持った司の膝をぬるくさせた。それだけで痛みが少しだけマシになっていく。
「少し熱があるね。冷やしすぎはよくないけど五分だけアイシングしようか」
「……ごめんなさい」
「何に対しての謝罪?」
「コーチのこと起こしちゃった……」
「まだ寝てなかったから謝ることは無いよ。それより痛いのを僕を気にして我慢していたんだね、それこそ謝らないと」
「そんな!コーチが謝る必要なんてっ」
「じゃあ君も僕もこのことで謝りあうのはナシね。わかった?アイシング持ってくるから待ってて」
司の少し汗ばんだ額を撫でて純は寝室を出ていく。アイシング用の氷嚢を作りにいったのだろう。師の自分を気遣う行動にうりゅと涙が滲む。
どうしてこんなに痛いのだろうか。司を突如襲った成長痛。それまで司は身長は平均値だった。高過ぎず低過ぎず。けれど司の周りは年上で背が高い人が多かったためか小さいと言われていたが司は気にしていなかった。司の父親は180はあるし五つ上の兄もそのぐらいあるから背は伸びると分かっていた。どんなに低くても170は行くから問題ない。高すぎるとフィギュアのシングルには不利だがアイスダンスは背がある方が見栄えがいいとも言っていた。つかさは元々は純に憧れてのシングル希望だったがアイスダンスを教わってアイスダンスの美しくもむずかしい息のあったステップに最近心を奪われている。だからどっちでもよかった。伸びようが伸びまいが。
でも突如来た成長痛が問題だった。とにかくずっと痛いのだ。朝だけとか夕方だけとかじゃない。ずっと痛い。特に夕方から夜にかけては呻いてしまうほどに痛い。あまりの痛さに司は一度学校で気絶したほどだ。もちろん司の保護者でもある純にすぐ連絡が行きその日は早退、病院に行き精密検査をこれでもかとした。他にどこか悪いんじゃないかと。なにか病気なのではないかと。検査が成長痛と出るまで純の表情は固く司の傍から離れようとはしなかった。
(あれからコーチずっと俺の傍にいる)
また痛みで気絶して倒れる際に頭を打ってしまったらいけないと純は司と別々の部屋だったのを一緒の部屋にした。学校の送り迎えも必ず純がするようになって痛みでうまく練習ができない司の気分を少しでも和らげようとあれこれと連れ出すことも増えた。司は下の弟が生まれてから遊びに行くということがめっきり減ったため気晴らしにと連れ出されるのが久々のおでかけだった。実家にいた頃は基本学校か弟たちを遊ばせるための公園ぐらいで、家族全員で出かけても両親に甘えたり自分の意思を表示することは出来なかった。いつだって弟たち優先で食べたいものも欲しいものも弟たちへ。そんな我慢ばかりしている司に兄肇が気づいて自分のを譲ろうとすると『おにいちゃんのをとらないの』と母に叱責されるのだ。せっかくの兄の思いも司にとってはつらくなるばかりだった。
でも純とのおでかけはそれがない。最初は躊躇してなにも言えなかったが今では純にあれが欲しい食べたいと言うようになった。いや、言うようにした。そうしないと純が悲しそうな顔をするから。
(コーチを困らせたくない……早く成長痛なんて終わればいい)
背なんかいらない。おねがいだから早く氷の上に戻りたい。早く新しいジャンプを覚えたい。早くスピンの精度をあげたい。早く早く早く。
【悲報】ぼくらの太陽、明浦路司くんが今年のグランプリシリーズを辞退【どうなるの夜明師弟】
1.銀盤の名無し
ほんとどうなるの!?
2.銀盤の名無し
なんでも成長痛がひどくてまともに歩けないとか
3.銀盤の名無し
司くん同じ歳の子達に比べて成長遅めぽかったから一気に伸びたのかな
4.銀盤の名無し
前に横浜のリンクに一般開放のとき行ったんだけど司くんめっちゃ背が伸びてたよ。あれは170は余裕で超えてんじゃないかな…
5.銀盤の名無し
うちの弟も成長痛ひどくてさ一気に伸びたもんだから膝の形が歪なんだよね。骨の成長に筋肉がついていけてなかったとかなんとか
6.銀盤の名無し
俺は成長痛なかったかな…というかあったかもだけど覚えてないわ
7.銀盤の名無し
170!?待って司くんって160なかったよね?確か瞳ちゃんの方がちょっと大きいぐらいだった記憶
8.銀盤の名無し
5 それオスグッド・シュラッター病じゃない?成長痛とは違うんだけど成長期に筋肉が引っ張られて脛骨が炎症起こしてぽこって出ちゃうやつ。兄貴がなってておもしろくて幼い頃押して遊んだ覚えがある。
9.銀盤の名無し
私はあったよー膝の裏とか夜痛いの。バレーやってたから余計ひどくてさ。サポーターつけて整骨院通いだったよ
10.銀盤の名無し
司くん全然背が伸びないね可愛いまんまだねーって言っていたのにそんなに……そんな短期間で伸びるもの?
11.銀盤の名無し
8 なんて酷い弟だ。喧嘩にならなかったか?
12.銀盤の名無し
伸びる人は伸びる。こればっかりは人それぞれだね。俺も180あるけど俺は小さい頃からでかかったからあれだけど。小四のときで160はあったしね。常に何センチも伸びてる感じ。弟は逆に小学生まではどっちかって言うと小さい方だったけど中学入って一気に30センチ伸びてた。たけのこかよって親は笑ってたな。本人はつらそうだったけど
13.銀盤の名無し
11 歳が離れていゆえに許されてた無邪気
14.銀盤の名無し
じゃあ司くんは一気に来ちゃった側か〜
15.銀盤の名無し
実際スケート選手的には背が伸びるとどうなの?
16.銀盤の名無し
自分シングルからアイスダンスに転向した元スケーターなんですけどその経験からで良ければ答えるね。ぶっちゃけ背が伸びるのはマジで選手みんなが恐れていること。自分の手足の長さがわかんなくなってまずジャンプが跳べなくなる。重くもなるし痛みもあるしそこで失敗して転んで怪我してってそこから辞めてく人は多い。俺の所属していたクラブはアイスダンスの男役が少なかったからよかったら転向しないかって言ってくれたからまだリンクの上に立てたけどそれがなかったら辞めてたな
17.銀盤の名無し
そうなんだ…じゃあ司くんはもしかしたらアイスダンスのみになる可能性ある?
18.銀盤の名無し
16 辛い体験談ありがと。スケーターあるあるなんだな…
19.銀盤の名無し
あるあるでもつらいて
20.銀盤の名無し
でも司くんアイスダンスの方も休むんでしょ?パートナー解消はしないから瞳ちゃんも大会はお休みするってあったよ
21.銀盤の名無し
だから多分想像以上に痛みがひどいんだと思う
22.銀盤の名無し
スケーティングすらできないってことか
23.銀盤の名無し
私さ司くんのよだじゅん譲りのかっこいいジャンプももちろん好きだけど綺麗なスケーティングが好きなんだよね。芸術を見てるって感じがして。こんな表情や指先、腕の振り方足の上げ方ひとつで感情を表現して物語を伝えてくれるの好きなんだ…つらいときとか悲しい時司くんの演技を見ているとまた頑張ろうって思えるの。こんなに美しいものがあるんだからって。だから辞めてほしくないな…
24.銀盤の名無し
わかる…司くんの演技はひとつの映画を見ている気分になるよね
25.銀盤の名無し
辞めるとは決まってないよ!辞めないためにも今は休養してってことなんだと思う!
26.銀盤の名無し
よだじゅん頼むから司くんに寄り添ってあげてー!
27.銀盤の名無し
できるのか?あのエケチャン王様に
28.銀盤の名無し
できるよ!!多分!!
29.銀盤の名無し
太陽がまた昇るのを待ってる!!
30.銀盤の名無し
それじゃあそれまで司くんのプログラムの好きなとことかエピソード語ろうぜ!
31.銀盤の名無し
司くん高校生になったばっかだもんね。全然復帰ありえるし夜鷹純があれだけ惚れ込んでいるんだからこのままじゃ終わらせないよ。
32.銀盤の名無し
いいねぇ、私はジュニア二年目のSPのイギリス映画『花畑』の挿入歌のヴァイオリンとフルートが好き。あの短い時間の中で恋に変わっていく瞬間がすごく表現されててなにより司くんの表現!
33.銀盤の名無し
ひとつかでもいい?俺は去年のFDのアイリッシュダンス!ケルト音楽でファンタジーをイメージしててあのえげつねぇステップは息のあったひとつかにしかできない。ひとつか姉弟最高潮のPGだと思う。インタビューでも言ってたけど本人たちはまだまだもっとステップできるからこれから技術磨きますって宣言していたのが最高にカッコイイ。普通全日本ジュニア優勝したら喜ぶやん。そこをまだまだ!ってメラつかせているのがファンになってよかったって思った瞬間。
34.銀盤の名無し
司くんといえばカノンとベルでしょ!まさに妖精!笑顔いっぱいで無邪気で可愛いったらない!振り付け変更前も変更後も大好き!あれは少年だったからやれたやつやで……
35.銀盤の名無し
シングルならジュニア一年目のバッハのチェロかな!あの夜鷹純が完全に降りていた神がかった滑り。鳥肌たったもん。海外でも「これは悪夢だ!ジュン・ヨダカがいる!僕らはまた明けない夜に悪夢を見るぞ!」って大絶賛だったやつ。
ひとつかなら同じく一年目のFDの80年代のシティーポップメドレー!衣装可愛くてダンスもわりとコミカルなのにスピンがえげつなかったあれ!表現はもちろんなんだけどやっぱジャンプやスピンがすごいと見応えがちがうよね!
36.銀盤の名無し
34 わかる〜今身長が伸びてしまった司くんではきっともうやってくれないだろうしこのカノンとベルはマジ伝説になる。ぶっちゃけこれ司くんの曲だよ…カノンとベルって実は色々使われていたんだけど司くんと比べちゃうからコーチ陣が避けさせるようにしているらしいよ。まるでどこかの金メダリストのようだね…
37.銀盤の名無し
試合のじゃないんだけどエキシビションで司くんがやった夜鷹純の完コピ火の鳥は最高だった……なんでそれ試合にしないのって皆言うてたやつ…
38.銀盤の名無し
カノンとベル大好き〜!!司くん効果でまた再再々放送やってたよね。あれって十年前のものって知らなかったよ。そして結構泣けるし妖精の無邪気故に怖さもあって司くんのおかげでいい作品に出会えた。
39.銀盤の名無し
35 あの時の海外の見出しすごかったよね。まだまだオリンピックなんて先の話なのに『日本の王者が甦った』『また神風が吹くか』とか。司くんにプレッシャー与えんでくれ〜って思ったのに当の本人「コーチの顔よりおっきいハンバーガーです!」「パクチーは草です。俺は草は嫌です」「当時のコーチのJAPANジャージ着てみた!」ってキャッキャたのしそうでほんと大物。
40.銀盤の名無し
プログラム以外の話もしていい?大会終わって夜鷹純と慎一郎さまと三人で回転寿司に行ってもぐもぐしてるあの写真最高に可愛かった…慎一郎さまと司くんのところにだけ積み上がるお皿とお茶しかない夜鷹純。最高に笑った
41.銀盤の名無し
それなら演技終了後に投げ入れられた司くんの衣装を着たポムポムプリンのぬいぐるみを受け取って夜鷹純に「コーチ見て見て!すごい俺ですよ!ホクロもある!衣装細かい!」ってはしゃぐ司くんめちゃカワだった。あの衣装付きポムポムプリンを投げ入れたファンの方に感謝しかない
42.銀盤の名無し
高峰家でお誕生日パーティーしているときの司くんとか最高に好き。瞳ちゃんあげてくれてありがとう!ケーキを幸せそうに頬張る司くんマジ天使
43.銀盤の名無し
41 わかる!私もそれ好き!そのポムポムプリンをふぅんって見聞するよだじゅんに不覚にもときめいた。もし休養明けて滑ることになったら新衣装とか期待しちゃう…
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「コーチ、どこ行くの」
「……まだ寝てていいよ。昨日もよく寝れなかったでしょ」
ゆらり、と幽鬼のようにシーツを被った司がそこに居た。
高峰先生に今後のことで話したいと呼ばれた。高峰先生の言う今後のことは高峰嬢とのパートナーを継続するか否かの話だろう。司も連れていこうと思っていたが成長痛によって昨夜はほとんど眠れていない。朝方、空が白み始めた頃にようやっと気絶するように眠った。僕も付き添いで起きていたから最小の音でアラームをセットして眠ることにしたのだ。熱い司の体を抱きしめながら。
平均体温が37度の司はひどく熱く発熱しているのかと出会った当初は心配したが基礎代謝がいいだけとブラックホールのように吸い込まれていく食事に人はこんなにも違うのかと感心した。代謝がいいからか軽く三人前は食べているのに司は縦にも横にも育たなかった司。平均的に男子が伸び始める中学生になっても司の背は1ミリも伸びず「俺ちいさいままかな?そっちのほうがスケート選手としてはいいの?」と心配そうに聞いてきたっけ。小柄だとジャンプを飛びやすいのはあるがアイスダンスを続けるならもう少しある方が見栄えがいいかなと高峰先生の言葉に惑わされ毎日牛乳1リットルパックを2本飲むようになった時はさすがに怒った。案の定お腹を壊して辛い思いをしたのだから困った子だとお腹痛いと愚図る司のうすっぺらな腹に手を当てて温めてあげたこが遠い日のようだ。
そんな司は高校入学してから一気に背が伸びた。急激な成長はもちろんひどい痛みを伴って。158センチしかなかった背は中三の途中から痛みを伴いながら半年で10センチ伸び、高校入学後三ヶ月でさらに10センチ近く伸びていき買ったばかりの高校の制服は夏服に変わる頃には買い直さなければならないほどになっていた。少し大きめに作っていたはずなのにそれすらも凌駕して僕より目線が下だった司のつむじはもう見えなくなってしまっている。
「ひとりにしないで、俺も行く」
「高峰先生に呼び出されただけだよ。すぐ帰る。そうだお土産に司の好きなドーナツを買ってくるから。それなら食欲も湧くでしょ」
「いらない、何も食べたくない」
あれほどたくさんおいしそうに食べていた司は食べなくなった。背が急激に伸びたことでスケートができなくなったからだ。大好きなスケートができない。ジャンプもスピンもコンパルソリーも高峰嬢と一緒に練習したリフトもなにもかも急激に伸びた手足では感覚が掴めずなにより痛みで歩くことすらままならない。それが食べるから伸びるんだと自己解釈を強め今司は拒食症一歩手前まで来ている。急激に伸びたせいでエネルギーが足りずガリガリなのに司は食べたがらない。食べたら背が伸びるから、もうこれ以上は嫌だと拒絶をしている。
「食事に関して僕は偉そうなことを言える立場じゃない。でもね司、君は今成長期だ。若くたくさんエネルギーを必要としている。摂らないとせっかくスケートのために鍛えた筋肉が衰えてしまうよ」
徹底的な栄養管理と食事管理が故に僕は食事が苦痛となって今では基本サプリメントとプロテイン、運動に効率的に摂取するために鶏肉を食べるぐらいだが司は違う。この子は食事が大好きだ。甘いものが好きで色んな料理にいつも興味津々で限られた食材で栄養士が提案した献立をいかに美味く飽きずに食べれるか日々考えて高峰夫人と並んで食事を作ることが多かった。楽しそうに料理する様子を眺めると胸がほかほかと暖かく感じた。
ぼたぼたと司の大きな瞳から涙がこぼれ落ちていく。ああまた泣かせてしまった。抱き寄せ薄く骨ばった肩をやさしく撫でる。熱い体。この子はこの高い体温のおかげで長く氷の上に立てる。生まれ持った天性だ。スケートをするために与えられたギフテッド。僕と同じ鷹の目も、運動能力の高さもあるがなにより僕が持っていない唯一無二のギフト。けどこの熱が司をより苦しませる。
「今司のからだは栄養を欲しているよ。だからちゃんと摂らないといけない。じゃないと怪我を引き起こしてそれこそ骨折だって」
「跳べないならいっそ折れた方がマシだ!!」
「……ッ司!」
司の吐き捨てた言葉にさすがに僕も声を荒らげた。怒鳴った僕の声にびくりと肩を揺らし涙をこぼす。
「折れた方がマシだなんて言わないで。僕は怪我をして苦しんだ人を知ってる。君もだ──それはひどく辛いんだよ」
司はハッと顔を上げ小さくごめんなさいと呟いた。思い浮かんだのは慎一郎くんのことだ。
去年はオリンピックイヤーだった。慎一郎くんは練習中に左足のアキレス腱断裂をしてしまい復帰は間に合わず二度目の日本代表とはいかなかった。司も一緒にお見舞いに行って慎一郎くんのことを自分の事のように泣いていたのに。慎一郎くんに『司くんは怪我をしないように純くんや高峰先生の言うことをよく聞くんだよ』って言われていたことを思い出したのだろう。
「どんなに辛くても言ってはいけないことわかるね?」
「……はい、ごめんなさい」
「司が焦る気持ちはよくわかる。その痛みも不安も僕と高峰先生が取り除いてみせるから今は信じて休むんだよ」
こくんと頷く黄色い頭を撫でる。本当ならかわいいつむじにキスをしたいがもうそれは立っていては叶わない。僕より大きくなるだろうなと思ってはいたし、なったことは嬉しいのだが少しばかり寂しさもある。代わりに骨ばった薄い手の甲にくちづけて少しこけてしまった頬を両手で包んだ。
「お腹空いたらご飯食べてて。無理そうならサプリメントとゼリーだけでもお腹に入れなさい」
「……はぁい」
もう一度頭をひとなでして僕は司を置いてマンションを出た。
「司の様子はどうだ?」
「昨夜も痛みでほとんど眠れてないですね」
「食事は」
「……食べるようには言ったがあれは食べないね」
「そんな!司くんただでさえ細くなったのに!」
横浜の閑静な住宅街にある高峰家の自宅には僕と家主の高峰先生、高峰嬢そして奥方もいる。去年まで司はここに下宿しており高峰家の長男のように大事にされていた。僕の言葉に三人とも眉をひそめ苦しそうな顔をしている。特に母親代わりとして司の栄養面や学校生活を支えてくれていた奥方は目尻に涙を浮かべていた。
「夜鷹さん、司くんの好きなおかず作ったんで持って帰ってください。ここにいるとき風邪を引いてても食べたがっていたものとか作ったので。それなら口にしてくれるかと」
「ありがとうございます、ご夫人。私が至らぬ面をずっとサポートしてくださり助かります」
「なぁ、司を一回こっちに戻さないか?その方があいつも安心するだろう」
「司を高校から家を出させたのは貴方でしょう高峰先生」
高校生になるにあたってやはり血が繋がってない若い男女がひとつ屋根の下にいるのはよくないと言い出したのは高峰だ。どんなに本人同士が姉弟のように接していても高峰嬢は出会った頃より女性になったし司は彼女より力もより強くなる。性の衝動というのは子供たちが思うよりも大人たちの心配の種でこのぐらいの年齢のアイスダンスのパートナーやペアのカップルなどは大人たちが常に目を光らせているわけで。司と高峰嬢も親でコーチである高峰先生と僕の目を盗んでふたりきりになったり距離が近くなりすぎないよう他のアシスタントコーチにも注意するよう頼んでいたほどだ。
「そりゃそうだが……状況が状況だ。司の精神が不安定なら支える大人が近くに複数いたほうがいい。部屋はそのままにしているだろ?」
「ええ。司くんがいつ遊びに来てもいいようにベッドも机もそのままよ」
「じゃあそうしましょ!夜鷹さん私一緒にお迎えに行くわ。しなしなになってる弟にガツンと喝をいれてあげる!」
高峰家の言葉にああこの子は本当に愛される存在なんだなと再確認した。明るく太陽のような子。皆を照らしてその暖かさを分け与える子。スケートをなくし暗闇にいた僕を照らしてくれた唯一無二の太陽。あの子は自分は何も無いからと時々ネガティブなことを言うがそんなことはない。あの子は確かに持つ側の子だ。
だからこそ。
「駄目です。今司をここには住ませられない」
「どうして!?」
「今あの子は不安定だ。心と体がバラバラで自分の身に起こった不幸しか頭にない。成長痛で育った手足のせいで滑れない跳べない体を憎んでいっそ怪我した方がまだマシだと宣った。そんなことを言う人間を他所には預けられない。きっと貴方たちを傷つけてしまう。そして自分も傷ついてしまう」
感情は衝動的だ。抑えようと思って抑えられるものではない。僕だってイラつくと物を投げて八つ当たりをする。なるだけ司に見せないように努力はするが僕が携帯を投げて壊したことを司はすぐ知るし携帯の代わりに投げた食器が減っていることにも気づいて新しいの買いに行きましょうなんて言う。
「あの子が傷つけてしまうのも傷つけられるのも見たくない。それになりより──」
あの子からの受けるものは独り占めしたい。
なんて愚かな独占欲だ。
話はそれならアイスダンスのパートナーのことと練習のことになり高峰嬢の意思を尊重してパートナーはこのままだが時折リフトの練習として他のアイスダンスの男子とさせるということを言われた。練習内容はこちらから口を出す気は元々ない。個人的にはアイスダンスのパートナーは解消してもいいしこれからまだジュニアそしてシニアと続けていく中二足のわらじは厳しくなっていく。アイスダンスを辞めてもいいと思うが高峰先生としても娘のレベルに合う選手がいないこともあって司との縁は切りたくないのだろう。散々世話にもなっているしアイスダンスの件は高峰親子の望みを優先させるつもりだ。
話を終えて帰れば司はやはり食事をしていなくて高峰夫人から司の好物をもらったよ、食べようと呼ぶとしぶしぶ食卓についた。それでものろのろとひどくつらそうに食べる姿は見ていて気分のいいものじゃない。
「司、無理して食べなくていい。それ飲み込んだらごちそうさまして」
「…………ん、ごちそうさまでした。……ごめんなさい」
「いいんだ。僕が出しすぎた」
食器を片付けながら明日の話をする。明日は陸トレの日だ。柔軟を徹底的にやって体が大きくなった分の誤差の見直しと体に歪みができていないかのチェック。司はいつだってシャンと背筋が伸びていたのに背が伸びてからは猫背気味だ。そのことも気になっていたから陸トレ専用のトレーナーと話して改善されるといい。
「学校が終わったら迎えに行く。いつものところに停めているから走らず来て。もし痛むようなら電話して呼んで。校門につけるから」
「……はい、あの、少しだけでいいから氷の上に立ちたいです」
「……大丈夫。司が今までしてきたことは君の中にずっとある。焦らないで」
「……」
手をいったん拭いて司を抱き寄せる。おおきくなったな本当に前は不安になった司を抱き寄せてかわいい金のつむじに唇を寄せて汗と混じった石鹸の香りを胸いっぱいに吸い込んでいたのに。吸われるとくすぐったいのかきゃらきゃら笑って可愛かった。
「確かに大きいと髪の毛のにおいが吸えないな……」
「吸わなくていい……そこはおっきくなってよかったかも」
「なんで」
「なんでって嫌ですもん。汗かいてるのに汗くさいのにコーチ嗅ぎたがるし」
「汗臭いけど石鹸の香りもしていいんだよ。時々お日様のにおいもするし」
「……コーチって時々言葉が幼稚」
「なに喧嘩売ってるの」
「さっきだって『ごちそうさまして』って俺こどもじゃないよ」
「子供だよ。だから甘えにおいで」
「……じゃあ今日も一緒のベッドでもいい?」
「うんいいよ、絵本でも読もうか」
「うちにそんなのないよ」
ハハッと笑う司によかったと伸びた金の髪を撫でる。少し乱暴にかき回せば地肌がしっとりしていてやはりまだまだ子供だと愛しさを募らせた。
けど司のご機嫌は長くは続かない。痛みがまた強く出始めて唸るように痛みに耐える司に大丈夫おいでとベッドに呼んだがいらないと自室に閉じこもってしまった。はぁと上手くいかないとため息が出る。苛立ちを隠すように引退してから吸うようになった煙草に火をつけた。
吐き出した煙が揺らめいて天に散っていく。司が不安定なのはきっと僕のせいだ。練習できないこと、大会に出られないことそのことでネットで僕を無駄に消費したと中傷するやつがいる。司にネットは見ないこと。何を書かれても無視しなさいと言っているし僕の抱えている弁護士が横浜FSCと共に誹謗中傷する者を厳重に注意していっているがネットは匿名が当たり前。いたちごっこで終わりがない。以前大掛かりに誹謗中傷者は訴えると言ったときにはなりを潜めたが喉元過ぎればなのだろう司の不調を機会に言葉は増えた。成長痛ごときで休むだなんて支援してもらっているのに我慢がたりないとかなんとか。
巫山戯るな。どれほど司が痛みに耐え我慢をしていると思っているんだ。あの子は痛いということすら僕らに伝えなかったんだぞ。平気な顔して学校に行って元気よく帰ってきて楽しそうに嬉しそうに練習してそして倒れた。痛みで気絶した。過呼吸にもなった。不眠症にもなった。そして今は拒食症一歩手前。これでもまだ我慢しろと?覚悟が足りないと?氷の上に乗りたい練習させてと泣いて懇願する腕が枯れ枝のように細いのをネットでにやつきながら見ているアイツらは知らない。なんだってこんなに叩くんだ司のことを。休養する選手なんて珍しくないのに。
「……僕のせいか」
コーチが夜鷹純だから。僕という人間を使ってあの子は輝いているから。だから使っているのにその輝かないのがゆるせないのか。
「僕が……」
あの子のコーチを辞めたら。
カタンと後ろで音がした気がして振り向いた。司が部屋から出てきたのかと思って。けれどリビングから見える廊下は暗く誰もいなかった。
小さな石ころがずっとお腹の中で転がってる。小さいのに転がる度に痛くて、痛みは酷くなっていく。
どうやったらこの痛みは消えてくれるのだろうか。
──僕がコーチを辞めたら
やめたら、なに。
「うーらじ!」
「うわ」
「うわ、て。傷つくんだが?」
「ごめん。だって目の前いっぱいに顔だから。なに?」
頭の中でずっと同じ言葉がぐるぐる衛星のように回っている。止まることなくぐるぐると。止まってくれ音信不通になってくれと思いながらも言葉はぐるぐると回る。おかげでなのか最近雑音が消えた。ひっちゃかめっちゃかだったたくさんのノイズが鳴り止んでひとつの言葉になる。集約すると多分うるさかったノイズはこの言葉を自分に向けていたのだろう。
「テスト今日で終わりやん?皆でテストお疲れ様はしゃごーぜぇいのカラオケに行くんだけどうらじもどうかなって」
そう言って司のクラスメイトの親指が指し示す先でクラスの半分程が集まってやいやい話をしていた。気づいた女子が笑顔で司に手を振る。曖昧に振り返すと「きゃあ」と声があがって戸惑ってしまう。なんだろうか振り返したらダメだったのだろうか。
「うらじ〜この罪作りめ〜」
「怖がらせちゃったかな……急にでかくなったし」
「おバカ、お前頭いいのにおバカかよ」
話しているとさっき手を振ってくれた女子がやってきた。
「ねぇねぇあけうらじくんもカラオケくるの?」
「いや、えっと」
テストはあと二時間で終わり。夜鷹も二時間後には迎えに来るだろう。今日は陸トレも病院も何も無い日。何も無い日は夜鷹と司はスーパーに寄って買い物して帰るだけだ。たまに服を買いに行こうとか司が欲しいものがあって寄ってもらうことはあるが、それ以外は予定無くずっとマンションである。テストは今日で終わりなのは夜鷹も知っていて。なんなら外食しようかと言われているがそれには曖昧に返事をした。夜鷹は食べないし司も今あまり積極的にご飯を食べたいわけじゃない。
だってようやっと止まったんだ。これ以上でかくなってほしくない。
相変わらず足の痛みは酷くてしかも少し骨が変形してるみたいでその矯正の治療に司はすごく痛い思いをしていた。もう痛いのは嫌だっ滑りたいって夜鷹に八つ当たりのように言う毎日。司は正直ふたりでの生活が最近嫌になってきている。あんなに好きだったのに今は疎ましく感じていた。何をするも夜鷹が口を出してくる現状に司は不満を募らせていく。
「でも司くんいつもお迎えでしょ?急に遊びに行くとかなったら怒られない?」
「そっかぁ……じゃあ無理かぁ」
「……ううん、大丈夫!行くよ」
「えっ」
「本当!?やったぁ!」
「皆ー!あけうらじくん来るってー!」
女子のひとりがそう言うと行く予定の子たちから「おお!」と声が上がる。なかには司が行くなら行こうかなという声もちらほら聞こえてきた。
そういえば司はクラスメイトと遊びに行くなんて初めてだ。
コーチに連絡しないと。そう思ってスマホを取り出す。
『放課後、クラスの友達と遊びに行ってきてもいいですか?』
ここまで打ってなんで伺いを立てないといけないんだと思い直して消す。何も無い日なんだから何しようと司の自由である。
『放課後、クラスの友達と遊ぶので迎えいらないです』
これでいいかな。うんこれでいい。予鈴のチャイムが鳴り始めたからとりあえず送信しておこう。メッセージに気づいてくれたら次の休憩時間には返事が来るはずだ。
テストを終えてクラス内が答え合わせや次のテストの最後の確認をしている中、司はスマホを取り出してメッセージの確認した。けど夜鷹からの既読はついていなくてもちろん返事もない。まさかまたスマホ投げて壊したのか。いや、連絡とれなくなったら困るのわかってるしないと思うがと不安になる。
夜鷹はイライラすると手近なものに当たるクセがあった。出会ってすぐの時にそのことは説明されてて一度だけ八つ当たりの現場を見たんだが……幼かった司は当然ビビって。癇癪で物を投げるのは弟ぐらいしか知らず兄も父も物に当たったりするような人じゃないから大人の男の人が物に当たる瞬間を司は見たことがなかったのだ。だから思った以上に大きいな音と簡単に壊れる物に青ざめた。今までコーチコーチと懐く司しか知らなかった夜鷹は、自身が伸ばした手にビクリと体を強ばらせて怯える司に今度は夜鷹が青ざめる番だ。それからは司が怖がらないようにできるだけ司の前で物に当たることはなしなくなった。それでも司が居ないところで癇癪をぶつけ壊してしまったスマホやらなんやらを司は知っている。夜鷹の爪が甘いところで物に当たったことを隠そうとしない。高峰匠にはその物に当たるクセを治さないといつかマスコミに嗅ぎつけられ弟子への虐待だなんだと騒がれるぞと夜鷹を怒っているがそれでもなかなか治りはしないのが現状だ。
今回も癇癪なんだろうな。何でイラついたのだろうか。夜鷹がイラつくのはネットやマスコミにあることないこと書かれているのを見つけた時。あとは……司のことだ。
成長痛が出始めたのは去年の秋頃。シーズン中でつらかった。痛み止めを飲むこともできなくてなんとか気力を振り絞っての演技。金メダルを取れても自己ベストの更新どころか点数はいつもよりひどくあわや金メダルを取り逃すところだった。アイスダンスも痛みでステップが合わなくてメダルを逃してしまってパートナーの瞳には悪いことをしてしまった。瞳は優しいから司に合わせてステップの完成度を下げてしまったための台落ち。司は悔しくて涙がとまらなかった。
そしてシーズンが終わって本格的に痛みが酷くなって歩けない立てないってなっていく司。痛みとと共に体は馬鹿みたいに成長してこのままじゃ怪我をしてしまうからと練習は休み休みで。司はたくさん駄々をこねた。平気だ。痛くない。もう大丈夫と笑っても夜鷹と匠は痛みが酷い日は氷の上に乗せてくれなかった。つらくてごはんを食べなくなった。だってそうじゃん食べるから伸びるんだ。食べなきゃいい。お腹空くけどそんなの我慢出来る。夜鷹だってあまりご飯食べないし大丈夫。そう思って食べずにいたら倒れた。怒られて病院に連れていかれて。今では整体以外にメンタルケアのカウセリングに通わされる。夜鷹たちに言えないことを話せって言われるのが嫌だった。そんなの話したら絶対教えるじゃん。そしたらコーチたちまた困るじゃん。夜鷹の綺麗な顔が歪む。苦しそうに嫌なものを見るようなそんな表情。そんな顔をさせたいわけじゃない。夜鷹には司がいちばんって思ってもらいたい。司がジャンプすると俺がスケーティングするとコーチの瞳が煌めくのだ。ゆらゆら湖面に映る月のような煌めき。眩しいばかりの輝きではない、ゆったりと優しい穏やかな輝きを放つ。それが見たいんだ。その煌めきだけで俺はどんな嫌な言葉もはね返してこれたから。
お願いだから。そんな顔しないで。
そう思って頑張るのに頑張れば頑張るほど大人たちは司の望みを蹴飛ばして。とうとうグランプリシリーズを辞退、今シーズンは休養と勝手に決められた。嫌だって何度も言ったのに。瞳にも迷惑かけるし絶対出るって言ったのに。スケート靴は取り上げられてしまった。夜鷹が許可したときでしか触れられなくなってしまい司は大事なものを奪われて何が残るの。
僕が辞めたら。
お腹にごろりと石が転がる感覚。
「……痛い」
この痛みを誰に言えばいいの。
最後のテストが終わって教室に解放の声が高らかに響き渡る。その中には落胆と怯えと後悔が混ざり喜びは混沌と化していた。司は可もなく不可もなく。最初腹痛のせいで集中できなかったけどいつの間にか治まってくれたからそのあとは挽回。序盤の集中力のなかったところを見直す余裕もできて多分良くて90悪くても75以上はあるだろう。全体的に壊滅的なものはないから赤点なんてことは無い。それよりもだ。
スマホを取り出せば返事が来ていた。
『ダメ。いつものところに停めているから帰るよ』
は?なにそれ。返事遅くなってそれってなに。理由もなにもない。
『なんでですか。今日予定何も無いですよね。』
今度はすぐに返事が返ってきた。
『無いけどダメ。いい子だから断って。帰りにドーナツ買ってあげる』
いらねぇし。この人はいつまで司を出会ったばかりの小学生だと思っているのか。ドーナツで言うことを聞く子供じゃないし背が伸びきったからってまだわからない。ズキりと腹が痛んだ。
『』
なんて返事をしたらいいか。こうなったら夜鷹は絶対覆らない。前は司のわがままとかおねがいいっぱい聞いてくれたのにここ最近きいてくれない。そういえば去年のグランプリシリーズの結果もほとんど褒めてくれなかった。成長痛がひどくなってから夜鷹は司を嗜めるようなことばかり言う。
ズキズキと痛みが司を襲う。
ぎゅっと目をつぶってやり過ごす。耐えれば我慢すれば痛みはどこかへいくんだ。そうやって誤魔化してきた。
「うらじー……どったの?腹痛いんか?」
「ううん、なんでもない。なに?」
「いやカラオケほんとに行けるんかなって」
「大丈夫、行けるよ」
ダメって言われているのに行けるって言っちゃった。だってやっぱダメだったなんて言えないよ。こんなにもクラスメイトたちが喜んでくれるんだから。ていうかダメな理由がないんだ。ダメな理由がないのにどうして司を束縛するの。跳べない司には人権ってものがないのか。なにをするのも夜鷹の許可がいるのか。
巫山戯るな。やりたいようにやっていいだろ。だって、だって。
どうせ、もう、俺を見限っているんでしょ。
司を迎えに行く一時間ほど前に携帯に彼からのメッセージに気がついた。先程までパソコンで夜鷹の元振付師のレオニード・ソロキン、高峰匠、そしてロシアのフィギュアスケートのクラブのヘッドコーチを交えてスカイプで通話していたからだ。もちろん話す内容は司の今後についてだ。成長痛が治まり始め背も止まり始めた。考えていたよりも長身に育ってしまった司はジャンプが跳べなくなってしまっていた。それだけじゃない得意のスピンもステップも今の司では始めた頃より悪くなっているのだ。そのことを誰よりも理解しているのは彼自身でそのことで心を塞ぎこんでいた。
『可哀想にね……天使が翼をもがれたとはこういうことだ』
レオニードが大袈裟にため息を着く。レオとは一度ロシアへバレエを習いに行った際に顔見せで合わせた。夜鷹純大好きの司は大興奮して夜鷹に大好きで憧れていることを伝えてくれと通訳をせがんだ。面倒だが簡潔にレオに伝えるとそれだけで司を気に入りロシアにいる間レオは司を構い倒した。そして司が世界一が取れるようにいつか振りつけることを約束し帰国。
『そうなる前になんで僕に振り付けをつけさせてくれなかったんだ!』
「……シニアから頼もうと思った」
『なんでシニア!?それまでに司が続ける確証なんてなかったのに!』
それは確かにと共に聞いていた高峰も思った。司がノービスAから始めてプログラムはいくつか増えた。そのどれも振り付けは夜鷹である。もちろん振り付けは曲の世界観と合っているし初めての全日本ジュニアでのFSでは初めて司と夜鷹は振り付けについて話し合った。司それまで夜鷹から『見た?やって』しか言われたことはなく何にしても指導は一方通行だった。高峰とのアイスダンスの指導はそんなことはなく司の熱心な質問に高峰もパートナーの瞳も答え時には司の一言で演技の繋ぎを変えたりもあった。
そのことがあってからは司は振り付けに口を出してくるようになったがそれはいい方向に働いていたと夜鷹は思う。夜鷹はよりブラッシュアップされ考えたプログラムが完成したと思うがパソコンの画面越しの男はそうはいかないだろう。プライドが高く現役のとき夜鷹の意見さえ聞かない。構成に関してスケーターでないからと口には出さないがそれでも世界観がそれでは合わないとグチグチ言うことはあった。司も大概頑固だから実は馬が合わない気がして司の実力がつくまでレオへの振り付けの打診はしていなかったのだ。
「とにかく、一度気分転換にロシアに連れていく。そちらで受け入れてくれる?」
『それはかまいませんが……ジュン、君も来るんですよね?所属を変えるなら手続きを』
レオを無視しロシアのクラブのヘッドコーチに問かければ頷きながら司だけじゃなくコーチとしての夜鷹をゲットしようと動く。その逞しい商魂にいやと夜鷹は首を振る。
「僕は保護者として。コーチとしては行かない」
『は?どういうことだ純。お前司のコーチを下りる気か?』
高峰が驚愕するのも無理は無い。そんな話今の今まで出たことは無い。
『司には言ったのか!?今あいつがどれほど不安定かわかるだろ!?なんでより乱すようなことを』
「あの子へのプレッシャーは僕起因のものが多い」
『そんなのあいつだってわかって』
「そうわかってた。わかってなかったのは僕だ」
氷の外で傷つく司。それを傷つけるのはかつて夜鷹を称えてきた声だ。どんなに声明を出してもどんなに法的に対処しても司への非難の声は止まない。夜鷹純の才能を潰した。夜鷹純を返せ。お前が氷から降りれば夜鷹純は甦る。そんな言葉ばかりが司の心を殺す。
耐えきれなくなったのは夜鷹が先だった。どうして司がこんなことを言われなければならない?あの子はただ誰よりも夜鷹の心を焼いただけだ。燃える太陽がフレアを放ち真っ暗な夜を明るく照らした。眩いだけじゃない熱がそこにあって夜鷹は凍てついた肺が溶かされ久しぶりに呼吸ができたのに。あの子は自分を救ってくれたのに。どうして傷つけられるのだろうか。
「僕は僕とのことで司にこれ以上傷ついて欲しくない」
誰よりも司の傍でそのそのスケートに灼かれていたかった。でもそれはコーチとしてでなくても良い。コーチなんて所詮飾り。わかっていたのに。夜鷹は欲が出た。特等席でその輝きを見れる場所を他にとられたくなくて。
「僕はあの子のコーチを辞める」
宣言した言葉は誰よりも夜鷹自身を傷つけた。
高峰にちゃんと司の意思を聞くようにと言われ話し合いは決定することなく終わった。時計を見れば司を迎えに行く時間だ。今日はトレーニングも病院もない日。司の気分転換になるようどこか出掛けようか。テストの労いで甘いものを買って帰ってもいいし疲れていないなら映画でも連れていこうか。最近見たいと言っていた映画はなかっただろうかと記憶を辿る。携帯と財布、キーケースだけを持って出かける。学校に着く頃には丁度司も終業時間だった。すぐに出てくるだろうと携帯をふと見ればチカチカとライトを光らせ着信を報せている。誰からだと眉を寄せて見れば一時間ほど前に司からで放課後友達と遊ぶから迎えはいらないと書かれていた。すぐに返信。
『ダメ。いつものところに停めているから帰るよ』
そう送りひとつ息を吐くとすぐに携帯は震え着信を報せる。
『なんでですか。今日予定何も無いですよね。』
『無いけどダメ。いい子だから断って。帰りにドーナツ買ってあげる』
続けて送り返せばメッセージは止まった。諦めたのだろう。ほっとして息を吐く。司には悪いが友達と遊んだりは控えて欲しいのが本音だ。子供は純粋だから言葉を選ばない。司を傷つけることを言うかもしれない。それに未成年だけで遊び行くというのは夜鷹はあまり経験したことがない。友人は少なく数少ない親友でもある慎一郎でもスケートリンク以外で遊びに行くなんてことはなかった。司のことがあって共に外食するようになったぐらいで本当に氷の上以外を知らなかった。いや、一度だけある。慎一郎の自宅に遊びに行って泊まったことがある。それこそまだノービスBですらなくて両親が迎えに来ないからとひとりで夜遅く帰ろうとする夜鷹を慎一郎の両親が引き止めそのまま泊まったのだ。初めての友達の家へお泊まりは夜鷹に変な緊張を与えそして握られたまま眠った慎一郎の手がひどく優しくそして自分には一生与えられないものだと涙をひとつ零したのを覚えている。
きっと自分はこれからも孤独に生きるのだ。誰にも愛されず大事にされずおかえりもいってらっしゃいも言われることは無い。このあたたかさは夜鷹が氷の上で生きるのに必要のない熱だ、と。
そう思っていたのに。
『コーチ、ただいま!あ、あと!コーチもおかえりなさい!』
『コーチ、いってきます!』
『コーチ、あのねあのね』
司が与えてくれた。氷の上を降りても寒くこの身を凍えさせていた夜鷹に熱を与えたのだ。春のカーテンの隙間から覗く柔らかな陽光か床を伝ってぬくもりを与えるように司は夜鷹に熱を与えた。触れていなくてもそこにいるだけで司という太陽は夜鷹を暖めた。握った柔い小さな掌の熱がこんなにも熱いのを知らなかった。嬉しそうに自分を呼ぶ声にいつからか心が弾んだ。笑った顔も泣いた顔も悔しがる顔も眠った顔もすべてが愛おしく大事に思えた。それでも司のひまわりのような瞳から涙が溢れるのは嫌で。司の憂いはすべて取り除いてあげたかった。
司は自分が守る。大事に大事にして愛して守り続けるのだと決めた。司がいつか自分と同じ場所に来るまで、自分が導く目となるのだと。この特等席は誰にも譲らない。いつまでも司の隣に。
でも、今、司を傷つけているのは夜鷹だ。本当は成長痛も成長した体も大した問題ではない。ゆっくりと時間が解決してくれる。事実司はジャンプの覚え直しにはそんなに時間を有さないと思っている。今はまだ認識がうまくいってないだけで司はすぐに調整できると夜鷹は確信していた。ただ司の焦りがそれを幅んでいる。焦る理由は何か。夜鷹の支援の問題だろう。
夜鷹はスケートにかかる費用全てを負担している。それだけでなく生活に必要なものもだ。それを知らない人はいない。だからアンチが『選手として活躍できないなら夜鷹純の金を食い潰しているだけ』と放った言葉の矢が、司を深く射抜き司は抜けずに血を流し続けている。深く刺さってしまった矢はそこから腐食が始まり司へと侵食していく。普段の聡い司ならそんなことしたって無駄で無意味だと理解できるのにわからなくなっていた。無理もない。まだ十三の子供だ。
だから何度も言った。氷の上に居ない人の言葉なんて気にするなと。夜鷹が司を支援するのは司のスケートが好きだからだ。ずっと見ていたいからだ。夜鷹がこんなことを思うなんてなかったんだよ?親友の慎一郎のスケートすら好きだから見ていたいと思ったことはない。彼は唯一夜鷹をひとりの人間として見て接してくれたからでスケートに関しては四回転を仕込んで挑んできたこと以外評価はなかった。でも司は違う。コンパルソリーを描くだけでそれだけでよかった。司の足が氷の上で滑らかにまるでそこにレールがあって動かせれているかのようなそんな淀みのないスケーティング。魚が水の中を優雅になんでもないように泳ぐのと同じで司は氷の上で生きていた。自分と同じ。でも夜鷹と違って氷の上じゃなくても息ができる。それでも司は氷の上を選びそこでしか息ができないようになった。嬉しい、嬉しくてたまらない。自分と同じ世界に生きようとする司が愛しくてたまらない。だからずっと。なにがあっても。
「そばにいるよ。君を傷つけるとしても」
司を待つ間に初めて撮った司の初めての氷の上で演じた夜鷹の箱庭のバレエを再生する。たどたどしくジャンプもできなくてスケーティングも今と段違いに下手くそだけど指先ひとつひとつが眼差しひとつひとつが目を惹きつける。夜鷹の大好きな司のスケートだ。この動画を見ると心が落ち着きそしてワクワクするのだ。さあ、次はどんな風に滑るのと。
「……それにしても遅いな」
動画に見入っていて気づかなかったが司からのメッセージが途絶えて早10分は経っている。まだHRは終わらないのか。ちらりと車の窓から外を伺うと司と同じ高校の制服の生徒が割と多く歩いていた。おかしい。司はいつも夜鷹が他の生徒たちに気づかれないようにと早くやってくるのに。
『司?まだ終わらない?遊びに行けない代わりに服を見に行こうか。外商から新作が入ったってメール来ていたでしょ。新しいの買いに行こう』
電話の方がいいがまだHRが終わってなかったらいけないとメッセージアプリを使う。既読はつかない。やはりまだ終わってないのか。5分経った、まだ既読はつかない。再度送る。
『司?まだ終わらない?それとも友達と話してる?遊びに行くのは僕がダメって言ったって言っていいから切り上げておいで』
やはり既読はつかない。そこから更に10分待ってみるが返事はなく既読もつかない。周りを見れば生徒は少なくなっている。おかしいなと思いつつもそこから夜鷹は待ち続けた。
司が学校にとうに居ないと気づくことなく。
ゾロゾロとクラスメイトの集団に紛れて夜鷹がいつも車を停める場所かは離れたところを歩く。夜鷹はきっとまだ司を待っているだろう。現にメッセージが届いていた。夜鷹は既読にならないからまだ携帯を弄れるときではないと思っているかもしれない。けど夜鷹は知らないが公式のメッセージアプリを開かなくてもメッセージを見るアプリはあって司はそれを利用していた。だから司へのメッセージ内容はわかっている。司の機嫌を伺うようなメッセージばかりだ。普段喋らないくせにこういうときだけ饒舌になる。前に高峰が言っていた、夜鷹は手紙だとひどく丁寧で饒舌になると。司はその逆だ。メールや手紙のほうが言葉少なになりリンクメイトの鴨川洸平や白鳥珠那から元気が足りないから心配したとわざわざ電話がかかってくるほどに違う。司にその自覚は無いが。
「なぁなぁどこのカラオケ行く?駅前?」
「ていうかカラオケもいいけど体動かしたーい!ラウンドワン行こうよ!」
「バカ、うらじ足いてぇのにダメだろ」
「うらじーうらじもカラオケのほうがいいだろー?」
「……え、あ、ごめんなに?」
「カラオケ行きたいよな?」
「う、うん。あまり行ったことないし行きたい、かな」
曖昧に返事を返すとクラスメイトはまたそれぞれで騒ぎ始める。クラスメイトの会話について行けない。そういえばこうやって友達と遊んだのはいつぶりだろうか。リンクメイトの洸平やジュナらとは遊びに行ったことはない。いつだって会うのはスケートリンクで買ってもらったゲームを少し空き時間にしているのを覗き見るぐらいだ。司は両親から何ももらっていない。誕生日にはおめでとうと電話が来るがそれだけでプレゼントなんてものはない。兄の肇が誕生日プレゼントだとわざわざ横浜に来て司の好きな作家の小説をプレゼントしてくれたり、財布だったりをくれたぐらいだ。ゲームは司はやらない。同い年の子らは皆持っていると言っても過言でないほどにゲームは人気だが司は元々物欲が低かったせいか興味を持たなかった。それよりも氷の上に乗るか図書館で本を借りるほうが良かった。だから夜鷹に誕生日プレゼントはなにがいいと聞かれた時に咄嗟に何も言えなかった。欲しいものはもう夜鷹がくれている。これ以上ねだったらバチあたりだ。何が欲しいと言わない司に夜鷹はとりあえずと服や靴を買い与えて司を着飾った。出掛ける先なんてスケートリンクとスーパーぐらいしかないのにだ。
「あきうらじくんってなに歌うの?」
クラスメイトの女子のひとりが話しかけてきた。学年でいちばんの可愛い子と有名な女子だが司はそれを知らない。淡いミルクティー色の髪がサラサラと流れて綺麗な色だけど毛先が傷んでパサついているなとしか司は思わなかった。なにより司の苗字を間違えている。あけうらじだよと思いつつも呼び間違えは珍しくないから気にならない。パートナーの瞳だって未だに苗字を覚えてないのだから。
「えっと、よく聞くのはバンプとかかな。初音ミクも聴くよ」
「えっ意外。ニコニコとか見るの?」
「うんたまに」
「えーじゃあこの歌とか知ってる?」
そう言って見せてくる動画は見たことがあるもので「あるよ」と言えばじゃあ歌ってねとお願いされぎゅうと腕にしがみつかれた。歩きづらいなと腕を解く。その様子を見ていた他の女子が笑う。
「あきうらじくんってクールだよね」
「そう?」
「だってくるみがひっついて嫌がる男子っていないんだよぉ」
「そうなんだ」
「くるみフラれてやんのー」
「うっさいなぁ。これから仲良くなるもんね?」
「はは」
曖昧に笑っていなす。これは蛇崩遊大から教わったことだ。面倒な相手のときは適当に笑っていなせと彼は言った。
『まともに取り合うな。労力の無駄やで』
そう言って笑う遊大に意外だなと司は思った。遊大は誰にでも優しくて常にカッコイイから。それは外面がええねんと茶目っ気に笑う遊大に司は瞬きを繰り返す。そんな司にフ、と笑って遊大は司の頭をもみくちゃにした。この時はまだ司は小さかったなぁ、今遊大が司を見たらなんと言うのだろうか。
「あ、信号変わる!走れっ」
「行こ、ここ変わると長いんだよね!」
「えっ、……ッ」
グイッと引っ張られ言われるがまま走り出した。だがビキリと痛みが走る。けど横断歩道中に止まれば他の人達の迷惑になってしまう。司は痛みをグッと堪えてなんとか横断歩道を渡り終えるがズキズキと痛みが膝を中心に酷くなっていく。
あ、これ、やばいかも。もしかしたら筋をやってしまったかもしれない。
ズキズキと痛みが走って蹲る。周りがようやく司の異変に気づきどうしたのーやだーと無関係そうに言葉が飛び交う。どうしよう。せっかく痛みは減ってきたのに。怪我をしてしまったのだろうか。ただでさえ練習はセーブされているのにもしこの痛みが酷い怪我だった場合、司はまたどれほど休まなければいけないのか。
いやだ、いやだ。
コーチ、どうしよう、どうしたら。
「……こー、ち」
「司!!」
夜鷹を呼んだら自分を呼ぶ声がした。聞きなれない切羽詰まった声。幻聴だろうか、いや自分が夜鷹の声を聞き間違えるわけがない。顔を上げると夜鷹が走ってきていた。蹲る司をその金の眼に捉えて。
夜鷹が走っている。彼が走るところを見るのはこれで二度目だ。一度目は名古屋にまだいたとき。司が迷子犬を追いかけてクラブに遅刻した時だ。あのときはたまたま夜鷹が送り迎えができないときでしかも司はまだ携帯をもってなかったから連絡が遅れたくさん大人に心配をかけた。夜鷹もそのひとりで司を探してあちらこちら走り回ったと汗だくで髪を乱した夜鷹に心配したと抱きしめられたのだ。その時自分と夜鷹との間に距離があると思っていたが夜鷹は司が思っていたよりも何倍も司を好きでいてくれたのだとその時知った。それならは夜鷹の司へ思いを疑ったことは無い。だからベランダで夜鷹がぽつりと呟いたあの言葉が司の頭から離れない。
「こーち」
「痛いの?どこが痛い?気分は?立てる?」
「……っ、ひざ、いたい……立てる」
「わかった。車すぐそこに停めているから肩を貸すからゆっくり立って、そう、歩けそう?」
「ん、いたい、けど、大丈夫」
そのまま司に肩を貸して車のところで行こうとしたところで「うらじ!」と司のクラスメイトの呼び止める声に夜鷹は振り返った。
「この子このまま病院に連れていくから」
「あ、えと、はい……そのごめんなさい、うらじ足いてぇのに」
「……気にしなくていい」
冷たい言い方。普段ならもう少し言葉を繕えるが余裕のない今は無理だ。とにかく司を早く連れ行こうとする夜鷹に変わってクラスメイトに大丈夫って言わないと、と思うが司は喉が詰まって何も言えない。そんな司の背に「今日はごめんな!連絡待ってる!」とクラスメイトの声をなんとか手を振り返して応えるが夜鷹に「司、ちゃんと掴まって」と言われ半端に終わる。車は本当にすぐ近くの路肩に停められていて乗り込むと煙草の匂いがした。
「痛いのは右?」
「うん」
「触れるよ」
「ん」
「少し熱を持ってるね。アイシングしながら病院行こう。ちょっと待ってて」
この車には似つかわしくないものが乗せてある。それは司専用のドーナツ柄のブランケットとお気に入りのポムポムプリンのぬいぐるみに救急セットだ。ブランケットとぬいぐるみを司に渡して救急セットの箱からアイシングスプレーを取り出して司の膝に吹きかける夜鷹をぼんやりと見つめていた。
ぼんやりしているうちに夜鷹は運転席へと行ってしまって車がゆっくりと動き出す。夜鷹の運転は意外と丁寧で揺れをあんまり感じさせない。車に乗っているといつも眠気がやってくる。それぐらい穏やかで司は夜鷹の運転が好きだ。
「コーチ」
「何?」
「怒ってますか」
「少しだけ。僕に内緒で学校から抜け出した。何度も電話したのに出ないし」
司はあれからこっそりと学校を抜け出したあと司が居ないことに気づいただろう夜鷹からたくさんのメッセージと着信が来ていた。司はそれに気づいていながら無視したのだ。ちょっとした反抗心。夜鷹はすぐに折れるだろうと思って。こんな好き勝手してもしかしたら名古屋に帰されるのではと思ったがそれもいいかもしれないと思った。それほどまでに今の自分には価値がない。
「今日はたまたま運が良かった」
「……なにが」
「普段スポーツなんて取り扱わない下賎な週刊誌の記者が君を狙ってる。今日も君を迎えに行く時マンション近くにいた」
「……そうなんだ」
それは知らなかった。夜鷹の口ぶりからして他の時にもその週刊誌の記者はいたのだろう。
「学校側にはそういう記者の類が来るかもしれないことを伝えている。警備員を配置してあるし他の生徒たちに危害が加えられないように対処もお願いしている」
前に全校集会か何かで不審な大人に声をかけられたらすぐに先生に知らせるようにと言っていたのはそれか。まさか自分のせいだったとはと司は顔を歪ませる。
「違う。他にも狙われている生徒はいるそうだから司だけじゃない。勘違いしないで」
「……はい」
「でも、軽率な行動だ。もし君のクラスメイトの誰かが君の写真を撮ってきてと頼まれてたらどうするの、彼らは何も無いものをでっちあげるプロだ。自分らが輝けないから輝ける者を汚したがる。最低の人種だ。そんな奴らに君の努力を穢されたくない」
「……ごめん、なさい」
病院に行き念の為レントゲンを撮って貰ったが異常はなく軽く炎症しているという診断だった。熱が取れるまでアイシングして熱がとれたら温めるように言われふたりは帰宅した。
「今日は疲れただろう。食事をしたら早く休んで。話は明日ゆっくりしよう」
「……」
「司?」
「コーチは、俺の事どう思ってるんですか」
「……大事な僕の教え子だ。何ものにも変え難い。君は鬱陶しいと思うかもしれないけどそばに居たいと思ってる」
優しい眼差し。司にだけ向けられる柔らかな月の光。でも、なら、なぜと疑問だけが浮かぶ。
「……じゃあ、なんで」
「司?」
「じゃあなんで、コーチ辞めるとか言うんだよ、俺にっ!氷の上にいろって言ったのコーチじゃんか!!」
決壊した。溜めていたもの全部が出ていく。涙も怒りも悲しみも全部全部出ていく。
「下手くそになった俺がそんなに嫌!?」
「……なんで知って、いや、落ち着いて司。そんなことは無」
「小さくない俺が嫌なんだ!コーチは小さくてジャンプいっぱい跳べる俺がいいでしょ!?こんな馬鹿みたいにでかくなってガリガリの手足でっみす、みすぼらしい俺が嫌なんだ!だからコーチ、やめ、やめるって」
「違う、司、違うから」
「違わない!!」
夜鷹の言葉を否定し聞こうとしない司に夜鷹は狼狽える。今までこんな事があっただろうか。一度だって司が夜鷹に楯突いたことはない。いつだってコーチコーチと甘えて嬉しそうに夜鷹を呼んでひっつく司しか知らない。
「俺は、俺はっ、スケートができないのが嫌だ!あなたがきれいって言ってくれたスケートができなくなるのが、嫌だ……っ」
「司」
「でも、なによりも、俺にっ資格なんてないっ!俺はコーチ、のおかっ、おかげでスケートができてるのにっコーチからいら、いらないって、言われたら、もうスケートできないっ」
「司待って、いらないなんて思ってない。勘違いしないで」
「じゃあなんで辞めるって言うんだよ!?」
「辞めると先走って言ったことは謝る。僕が悪かった。でもこれは君への批判や中傷を無くすためなんだ。僕のせいで君が傷つけられることに……僕は、耐えられない」
夜鷹だって成長痛がかつてあった。あの時はつらかった。自分の体が自分のものじゃないようで。コーチからの進言で少しの期間療養した。本当は嫌だったが体が壊れてしまうのは嫌だったから仕方ない。少しでも長く完璧に滑っていたかった。この体は老いればすぐに跳べなくなるのがわかっていたから。完璧でなければ。惨めな姿を誰にも見られたくない。
この気持ちを理解しているからこそ司には長く美しいままでいてほしい。司は賢いから無理をしたらいけないことはわかっているはずなのに。司は何故か言うことを効かなくなった。食事を摂らず練習を重ねる。どんなに言い聞かしても大人の目をするりと抜けて氷の上に立った。司に言っても聞かない。話をしようとしない。自分たち以外なら話すかもしれないとカウセリングをつけた。
そこで少しだけわかったのは司はネットによる批判を見ているという事だった。前にもネットの声を聞いていて塞ぎ込んでいたことがあった。本人は夜鷹純にならなければいけない、それが夜鷹が皆が望んでいることだと思い込んでいたのだ。そんなことは無いし外野の声なんて気にするなと話をしてその考えは治まったと思ったのに。
だからこれ以上司が夜鷹のせいで傷つくのを見ていられなくて。だからコーチを辞めたらいいのではと思ったのだ。自分だってコーチは何度も変えてきたのに変えずにいさせるからこうなったのだと。支援なら別にコーチでなくともできる。そう思って。
「なん、だよそれ……」
しがみつき泣きじゃくる司を抱きしめようとしてその手を躊躇する。この子を抱きしめる資格なんて自分にあるのだろうかと。
「俺はっ、覚悟決めてるのに!あんたから教わるってそのせいで色んなこと言われるの覚悟してんだよっ!!それなのに、なんで……!氷の上に、いないやつの、声なんて聞くなって言ったのはあんただろ!」
「……そうだね、覚悟が足りてなかったのは僕だ」
司に言われてその通りだと力無く言うと涙で真っ赤になった目で睨みつけられた。
「俺の、コーチは!夜鷹純だけ!アイスダンスは匠先生だけどっ、シングルはあんただけ!」
「うん」
「もし、俺が、あなたの望みに応えられないなら、コーチ辞めるのはわかる、でも!俺のために辞めるとか、絶対やめて!それなら、俺は、選手辞める!」
司の腹の底で転がっていた痛みが吐き出される。止まらない。
「つかさ」
「俺は、あんたに、あんたと、人生賭けてんだ!」
頬を伝う涙がマグマのように熱い。ぐらぐらと揺れる。燃えるようだ。こんな思い、司は初めてだ。
「俺だけを見ろよ!!」
司を見つけたのは夜鷹だ。それなら司が氷の上にいる限りは見続けてくれなきゃ嫌だ。あなたの心を灼くから。
「……わかった。僕から君のコーチを辞めるなんて言わない」
取り出したハンカチで司の涙を拭う。ずび、と鼻をすする司に大きくなっても変わらない。氷の上に乗っていいんだ君は乗るべきなんだと言った時、司は同じように泣いた。顔を真っ赤にして鼻水も出ちゃって。夜鷹はしゃがんで大粒の涙を鼻水を拭ってやったのが懐かしい。
「……なに」
「なにがなに?」
「なんか、うれしそう」
「そうだね、嬉しいよ。こうやって君の涙を拭くのは」
「あくしゅみ」
「うん、その悪趣味の男に捕まってしまった司、君が悪い」
「せきにん、とって」
「うん」
鼻先が触れ合う。いつの間にか顔はとても近くにあって司は目を閉じた。そうするのが正しいと本能でわかったからだ。
重なったぬくもりは痛みを溶かしていく。
もう痛くない。
【帰ってきた】昨年成長痛を理由に競技を休養していた明浦路司くんが今季復帰!【夜明師弟】
1.銀盤の名無し
皆灼き尽くされる覚悟は出来ているか?
おかえりーーー!!!!!!!!司くんーーーーーー!!!!!!
2.銀盤の名無し
おかえり司くん!
おかえり夜明師弟!
おかえりひとつか!
3.銀盤の名無し
よかった、よかったよぉ…
4.銀盤の名無し
待ってました!!帰ってきてくれて嬉しいよ!!
5.銀盤の名無し
灼き尽くされる覚悟?もう灼かれてチリですが??
6.銀盤の名無し
ぼくらの太陽が帰ってきたよ!
7.銀盤の名無し
瞳ちゃんもよかったねぇ…司くんの休養中のインタビューでわい泣いちゃったんだよ。記者の「他のパートナーへ変えないんですか?」の質問にさ「変えません。私をリードできるのは司くんだけですから。だから信じて待ちます。何年でも」って言った時の言葉…ほんま…この姉弟尊すぎる…
8.銀盤の名無し
6 僕の司だよ
9.銀盤の名無し
8 ww
10.銀盤の名無し
それはそうだね
11.銀盤の名無し
それでもシード権無くなっちゃったからブロック大会からなんだねぇ。ブロック大会って放送あるかな?さすがに現地に行けないんだよなぁ
12.銀盤の名無し
海外遠征はないんだっけ?
13.銀盤の名無し
11 衛星放送ならあるよ
14.銀盤の名無し
今回は関東ブロックからの参加。海外遠征はさすがに強化合宿の案内が司くんには来なかったみたい。こればかりは仕方ないよね。休んでいる選手に機会を与えるよりも他の実力を伸ばしてきている人達にってなるのは。
15.銀盤の名無し
ねぇ噂によると密着取材が夜明師弟にあるとか。そうなるとブロック大会からなのかもしかしたら休養していたときからなのか。なにせよ夜明師弟の新しい情報欲しい〜
16.銀盤の名無し
14 そっかぁそれは仕方ないね…去年からジュニアになった東北の烏賊田選手とか福岡の鶯谷選手とか四回転ジャンプ跳べるようになったって聞くし続々とすごい選手出てきているもんね
17.銀盤の名無し
15 密着取材あったら嬉しいけど休養のときからは無さそうだなー夜鷹純がそういうエンタメされるの嫌うじゃん。そもそもあの人はメディア嫌いだし。あのジュニア一年目の密着取材だって奇跡みたいなもんだよ。まぁあれは明浦路司のコーチは夜鷹純だって知らしめるためのものだろうけど
18.銀盤の名無し
なんていうか司くんが現れてから男子シングル活気づいたよね。皆スケート初めて二年のやつに負けてたまるかー!やるぞー!ってなってたし燃えている中で司くんの休養でより発破がかかったというか
19.銀盤の名無し
確かに夜鷹純が嫌がりそう。なんだかんだあの人子供を大人から守ることに敏感だしね。ほら司くんの両親とか
20.銀盤の名無し
なにはともあれまた夜明師弟が並ぶところを見れるの本当に嬉しい。キスクラで投げ入れられた衣装付きぬいぐるみを見聞する夜鷹純とにこにこちゃんの司くんが本当に好きで…
21.銀盤の名無し
20 それ好きな人多いよね。俺も好き。なんていうかあんなえげつない構成をさせてる人とそれをやってのける人なのにすごいほのぼのしてるギャップにヤバい
22.銀盤の名無し
プログラムは新しいのかなぁ
23.銀盤の名無し
少なくともカノンとベルはしなさそうだよね。あんなに大きくなっちゃった司くんじゃ合わない
24.銀盤の名無し
エキシビションでやってたっていう火の鳥見たいなぁ。あれだけ放送権利の関係で現地で見れた人のみなんだよね
25.銀盤の名無し
司くんにやって欲しいプログラム言ってこう!
オペラ座の怪人!成長した司くんに絶対似合う!
26.銀盤の名無し
雨に唄えばとかどう?前にインタビューで遊大くんの雨に唄えばのプログラムと衣装カッコイイって言ってたしいつか大人の男の人っぽいのをしたいってあったし
27.銀盤の名無し
カルメンとかどうかな。ひとつかでもRDでやってたし
28.銀盤の名無し
ひとつかにはオペラ座の怪人してほしいな〜
29.銀盤の名無し
箱庭のバレエ
30.銀盤の名無し
曲とかはあまり詳しくないんだけど明るいアップテンポなやつがいいな。司くんの笑顔が見たい
31.銀盤の名無し
29 いやそれは
32.銀盤の名無し
29 さすがにそれはじゃない?プレッシャー半端ないよ?
33.銀盤の名無し
29 夜鷹純の曲じゃん
34.銀盤の名無し
でも夜鷹純がやれって言われたらやるよあの子
35.銀盤の名無し
そうなったらレオニード・ソロキン連れてこなきゃだ
36.銀盤の名無し
たしか振り付けはシングルもアイスダンスも高峰先生だもんね…有り得るか…?
37.銀盤の名無し
もし箱庭のバレエでさらに司くんがクワドルッツ仕込んできたらどうするの
38.銀盤の名無し
いよいよだぞ
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493.銀盤の名無し
やりやがった
494.銀盤の名無し
横浜FSCからのお知らせ
明浦路司の新規プログラムはこちら
SPはカノンとベルから『妖精女王陛下』
FSは箱庭のバレエ
と ん で も 過 ぎ る
495.銀盤の名無し
というかさ色気やば…え、司くんって16?17?
496.銀盤の名無し
それにしてもおおきくなったなぁ…夜鷹純のTwitterでは司くん186センチになったの?慎一郎くんと同じじゃん
497.銀盤の名無し
ノービスAのときからのプログラムのカノンとベルを今度は敵側である妖精女王モルガーナの曲にするってことは演じるのはモルガーナってことかな。今から楽しみでしかないんだが
498.銀盤の名無し
495 誕生日前だから16だよ。というかなんか雰囲気変わったよね…まるまるほっぺちゃんじゃなくなったからか危うげなかんじがしてすごいダウナー感が半端ない
499.銀盤の名無し
でも慎一郎くんと違ってすごい細いね。やっぱまだ体の成長についていってないんだね…手足くそ長細い…ウエスト細い…羨ましい…コルセット効果もあるんだろうけどそれでも細腰
500.銀盤の名無し
SPの新衣装は薄い青と白を基調としていてコルセット仕様。これはカノンとベルに出てくる妖精女王モルガーナの衣装リスペクトかな。【モルガーナの写真】
501.銀盤の名無し
自分、司くんのプログラム見てから人形劇カノンとベル見始めたんだけどこれものすごい長編大作なんだよね。そんでやっとこの前見終えたんだけどマジモルガーナ様美しくて恐ろしくて言葉に言い表せなくて見終わってから色んなとこの考察サイト読みまくってる。
502.銀盤の名無し
カノンとベルは児童書で書籍が出てるんだけど児童が読むには分厚すぎる鈍器のような本が三冊でね…でも人形劇よりもモルガーナの心情描写しっかり書かれているからオススメ…本マジで重いけど
503.銀盤の名無し
なにはともあれ楽しみ!
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【見ろよ】司くん四回転フィリップ着氷!!世界初です!!【俺たちの夜明けを】
やりやがった!!!!!!!
【横浜FSCからのお知らせ】
この度、明浦路司はフィギュアスケート男子シングル及びアイスダンスを引退致しますことをお知らせいたします。
6年の短い選手期間でしたがたくさんの方々に支えてもらえたことをたくさんの人に出会えたことに感謝しかありません。
10歳の時に夜鷹純に憧れスケート選手になりたいと公園でプログラムを踊る毎日でした。そのなかで憧れの人に見つけてもらえて手を差し伸べてもらえたことが人生すべての運を使い果たした思いです。
毎日が幸せでした。練習がどんなにキツくてもうまくできなくて悔しくても成長痛で体が痛かった時でも幸せでした。
氷の上を降りてなにが自分に残るかはわかりませんが、もし、また氷のこの世界に関わることができたら、自分のようにスケート選手になりたいと俯き泣いている子の道標になれたらなと思います。
今まで応援してくれた皆さん本当にありがとうございました。
明浦路司