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何故昔からこの男に振り回され続けなければいけない? 何もかもをなかったかのように、まるで、全てこの俺が悪いかのように。
この男だけには言われたくない。
「……ざけるなよ」
雅人の思考はその一点に支配される。
「ふざけるなよ、クソジジイが! 誰が祝うか!好きな女が他の男のものになって、どうして喜ばなきゃならねぇんだよ!?」
誰かに、一方的に、ここまで感情的に怒鳴りつけることなど経験がない。
「余計なことしかしないで、昔から、あんたは……俺の害でしかない!母さんの笑顔を奪って! 身体を壊して痩せ細っていっても見向きもせず……! その上優奈まで、あんたのせいだろ、何もかも全部!!」
冷静じゃない、感情的な言葉は何においても効果的ではないと理解はしていても。怒りをぶつけずにはいられない。
「……関わらないでくれよ! これ以上俺の大切なものに! あんたができることは俺の前に現れないでいてくれることだけだろ!?」
息が切れていた。
どうしてだ? 怒りをぶつけても、どうしてこの心はどこにも行き場を見つけ出せない。
ここに何をしにきたのかさえ雅人にはわからない。いや、わかりたくないのか。
「まーくん、高遠パパをそれ以上怒鳴らないであげて」
握りしめていた拳から力が抜け、頼りなく伸びた指を包むように握りしめる優奈の細くしなやかな手。
「確かに……高遠パパのせいでまーくんは傷ついてきたけど、気がついたことがあって、都合よく埋めたいものが湧き出てきて、どうしようもなくて。知らなかったよね? まーくんの会社の周り何度もね、うろついてたんだって。あの高遠先生が、不審者みたく」
「……優奈……不審者って俺か? 容赦ねぇなぁ」
はじめが苦笑すると、雅人の背後に立ったままでいた早苗が口を開く。
「雅人、私たちねこの前ようやく新婚旅行に行ったのよ」
「……は?」
「もう、還暦も過ぎたのにね」
いきなり何の話だと眉を上げ振り返った雅人に、早苗は俯き、声を詰まらせる。
「この人と結婚した時は……まだ建築士の資格もない頃だったし忙しい上にお金はなかったし」
母親を泣かせたかったわけではない。
不安そうに雅人に寄り添う優奈にも、怒鳴り散らす情けない男の姿を見せたくはなかった。
「小さな雅人とまるで世間から切り離されたみたいに……余裕もなくて。でも、だからって親の不仲を子供に見せ続けるなんて、それがどれほど雅人にとって恐ろしいことだったのか……考えることもしなくて」
「……別に、俺は……」
母さんに謝られることなどない。そう伝えたいのに、言葉にはならない。
悪は全てあの男だろう?
「この人のことも憎かったわ。貰っていた生活費の大部分は貯めてたし離婚だってできたのよ、でも、できなかったのが……きっと答え」
「答えって……母さん」
「だからって雅人を傷つけ続けていい理由にはならなかったし、優奈ちゃんも巻き込んで。本当にごめんなさい」
母はこんなにハッキリとした口調で話す人だったか。
雅人の記憶にある母の姿が見当たらない。
こんな変化など望んでいない。
あれは、母を傷つけ続ける悪人としてだけ存在していてくれなければ。
「でもね、雅人。誰かを愛する気持ちの形って本当に様々よ。私が建築家としての高遠を尊敬する気持ちを消せなかったように、雅人の中にも、あるんでしょう」
「何が!?」
凛として胸を張り、逞しくも見える。
――ダメだ、辻褄が合わなくなっていくじゃないか。
こんな母を雅人は見たくなかった。