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「お前に両親の不仲を見せていた事実は詫びる。だがな、俺は俺の招いた不始末を誰の責任にもしない」
はじめが、ゆっくりと立ち上がる。
雅人の目の前にやってきて、同じ目線で、逸らすことを許さない圧で。
「早苗を傷つけた俺は、お前にとって優奈から逃げる口実になったか?」
「……っ!」
雅人は大きく息を呑んだ。
胸が引き攣るように痛む。
(わかってる……)
このどうしようもなく黒い感情が、辿ればどこに繋がるかなど。
――とても憧れていたんだ。
父がそこにいればなぜだか何もかもが大丈夫な気がしていた。
幼い心と体で見上げる父は逞しく。
“退屈な大人になるなよ”と語りかける笑顔と、まわりからの非難などに見向きもしない強さと。
そして我が道をゆくことを許されてしまうカリスマ性。
認めてしまう、たった一人の人だ。
この世の誰よりも退屈な大人ではない人だ。
「雅人。俺はなぁ、俺の好きにする為だけにきた。やり直したいと思ったのは俺の勝手だ。舐めたこと言ってんじゃねぇと早苗に殺されようとも問題にならんよう根回しはして会いに行ったんだぜ」
「……いっそ、殺されててくれりゃ」
「は! やり直しが効くか効かねぇかは相手次第で、俺は幸運なことにチャンスをもらえたわけだからな」
……変化を徹底して目にしないようにしてたのは自分自身だ。
変われそうにないのに。
動き出せそうにないのに。
優奈をこの手の中に閉じ込める勇気も持てないでいるのに。
何故お前が変わるんだ。
何故日々は過ぎるんだ。
望まずとも移ろうその中に、何故俺はいないんだ。
その全てを。憧れを抱いた、身勝手で自由で豪快で……誰よりも逞しく妬ましく、
追い越したい男は軽々と踏み越えていく。
自由である引き換えに、誰かを傷つける引き換えに、その罪を抱える強さが必要だと知っている。
「自分の本音と行動に責任を持つ。面白い人生送る基本だぜ、雅人」
ほら、今も。
何の迷いもない言葉を。
「……あんたが、母さんを笑顔になんてしちゃダメなんだよ……今更」
高遠はじめという男の生き方を憎みながらも憧れた。その血を確かに受け継いで。
女を傷つける生き方さえも理解できてしまう部分があった。
「優奈を、母さんみたいに……できないって言えないだろ」
向き合わなくてはいけなくなる。
幼い優奈に抱いた歪な執着。
愛でるだけの存在。それだけだったはずの、”妹”への激しい欲望。
知れば、優奈の無邪気な好意は消えてはしまわないだろうか。
怯えは、軽蔑は。
優奈が好きな”優しい雅人”は、建前でしか存在しないというのに。
――逃げる理由は両親の不仲ではないだろう?