テラーノベル
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窓の外に、夕日が沈みかけていた。教室の蛍光灯はほとんどが落とされて、天井の一つだけが、冷たい音を立てて光を放っていた。
机に腰かけた蓮司が、足を組んでいた。
膝を揺らしながら、口元にだけ笑みを貼り付けている。
その目は、教室に入ってきた日下部を、じっと追っていた。
「おつかれ。……なんか、顔色悪いね?」
その言葉に、日下部は何も返さなかった。
視線だけで、蓮司を切るように睨んだ。
「まあ、無理もないか」
蓮司は立ち上がった。机の上から滑るように降りて、ゆっくりと日下部へ歩み寄る。
床を踏む音が、やけに静かだった。
「──昨日、あいつとヤったよ」
その一言で、空気が凍った。
「……」
「いや、まあ……“ヤッた”って言い方は正確じゃないかもだけどさ。
俺の手が、口が、全部、あいつの中に届いたって意味では──似たようなもんだろ?」
「……黙れ」
低く漏れた日下部の声に、蓮司はにっこりと笑った。
けれど、その笑みにはもう戯れの色はなかった。
「黙る? 誰が? 俺が?」
近づく。
その距離が、日下部の肌を冷たく撫でていく。
「──ねえ、おまえ、自分をどんな立場だと思ってんの?」
「見守ってるつもり? 気にしてる? 助けたい? 守ってる?」
「笑わせんなよ」
蓮司の声が、ふっと落ちる。
それはまるで、ナイフが皮膚に触れるような音だった。
「おまえ、あいつが家でなにされてるか、想像したことある?」
「晃司、玲央菜、颯馬──毎晩、どっかの誰かが、あいつの身体に手ぇ突っ込んでるかもって、考えたことある?」
「おまえの“優しさ”が、どんだけ無力だったか、理解してる?」
日下部の肩が微かに揺れた。
蓮司はすかさず、その間隙に入るように、ささやいた。
「おまえが何もできなかったぶん、俺がかわりに“全部”してやったんだよ」
「泣いたよ、あいつ。ぐしゃぐしゃに顔ゆがめてさ」
「でも──離れなかった」
「おまえには、そういう顔、見せたことある?」
言葉の一つ一つが、針だった。
冷たく、滑らかで、躊躇がなかった。
「“あいつ”はさ、もうおまえなんか信じてないよ。
だって、ずっと傍観してきたやつに、何を委ねられる?」
「俺は違う。俺は、“壊すこと”を引き受けた」
「ちゃんと、あいつを、抱いた」
日下部の拳が震えた。
「だからさ──もう、おまえは、何もできない。
見ることすら、もう許されてない」
「……俺だけが、あいつの中に入れる」
その一言に、日下部の目が見開かれた。
「見てみたい?」
蓮司は、にやりと笑った。
「──どうやって、俺の名前、呼んでたか」
「どこを触ったときに、どんな声、出したか」
「……おまえの知らない顔を、あいつ、たくさん見せたよ」
日下部の喉が動いた。
叫びたくても、叫べなかった。
殴りたくても、殴れなかった。
蓮司は、その沈黙の奥にあるものを知っていた。
だからこそ、残酷に、淡々と、さらに言葉を重ねる。
「“壊されたくて、俺を選んだ”のは、あいつ自身だよ」
「おまえじゃ、足りなかった。
あいつを“ちゃんと汚してくれる”相手じゃなかったんだ」
「……おまえの“優しさ”、いちばんあいつにとって、残酷だったんだよ」
そして、蓮司は最後に──
目を細めて、日下部にこう囁いた。
「──俺、今日もあいつの中、覗いてみようと思ってる」
「おまえの“助けられなかった想い”ごと、全部、喉の奥に流し込んでやる」
「見に来る?」
「見せてやるよ、“どこまで”壊れるか──あいつが」
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