「その話が本格的に動き出したら、是非とも聞いてみたい、とお伝え願いますか。投資したい意向があることも」
サイラスはそう告げると、体良く令嬢たちをあしらう。さらに「ちょっといいか」とジェシーの肩を掴むと、空気を読んだ一人の令嬢が席を立つ。
「実はさきほどから、あちらにあるお菓子が気になっていたので、どうぞこちらにお座りください」
スカートの裾を摘み、挨拶をしている隙に、別の令嬢が次々に立ち上がる。すると、その場はジェシーとサイラスだけになった。
「これからだというのに。それに見合った話じゃなかったら、怒るわよ」
「まぁ、そんな怒るな。お互い忙しい身だったんだ。少しくらい話をしても損にはならねぇよ」
サイラスはジェシーを宥めながら、向かい側にある椅子に座った。
「で、怪我はもういいのか?」
「えぇ。お茶会に間に合って良かったわ」
「そこは普通、中止するか、欠席するか判断するところじゃねぇのか」
相変わらず言葉は悪かったが、心配して言ってくれているのだと、ジェシーには分かっていた。が、それだけで機嫌が直るわけではない。
「あら、中止して欲しかったの? 参加したくて、色々と声をかけていた結果がこれでしょうに」
ジェシーは視線を会場に向けた。そう、お茶会がお見合い会場と化す原因を作ったのは、サイラスだった。
確かに、来るなら何人かリストアップしてくれると助かる、と言ったわ。だけど、きっちり令嬢の数と同じにしろとは頼んでいない。七対三の割合で良かったのに。
「そう嫌味を言うな。令嬢方だって楽しんでいる。結果的には良かっただろう。お互い」
「……どういう意味?」
サイラスの言う、お互い、とはどういうことだろう、とジェシーは訝しげに見た。
「令息が同じ割合でいれば、グウェイン嬢たちが動き易くなる、ということだ」
「今日は特に何も指示を出していないわ。コリンヌは、傘下にしてほしい家門を探していると思うけど。ミゼルとヘザーには注意するようにとしか」
「やっぱり、ヘザー嬢も関わらせていたか」
突然、空気が変わるのが分かった。
なるほど、サイラスはこの件に、ヘザーが関わっていることを知らなかったのね。でも不思議。確かヘザーは、サイラスから情報を引き出していたんじゃなかったかしら。
「ヘザーから聞かなかったの?」
「……セレナのことを聞かれたから」
「いい気になってべらべら話したんでしょう。それでバツが悪くなって、最終的に私に伝えて欲しい、なんて言った、ってところかしら」
険悪な空気なら、私だって出せるのよ、とばかりにサイラスの痛いところを突いた。それによって睨まれることになっても、ジェシーは手を抜くことはしない。
「あの夜のことをご丁寧に教えてあげれば、ヘザーだって何が起こっているのか、口を挟むのは当然でしょう。つ・ま・り」
間を空けた後、ジェシーはサイラスに人差し指を向けた。
「墓穴を掘ったサイラスに、とやかく言われる筋合いわないの! 分かった?」
「うっ、だからと言って、ヘザー嬢にフロディーを差し向けるのは、俺への嫌がらせか?」
「え? 何を言っているの。さっきも言ったでしょう。今日は何も――……」
「キァァァァァァァ!!」
指示は出していない、と言いかけた瞬間、遠くの方から悲鳴が聞こえた。
「何?」
「どうした!」
同時に立ち上がると、ジェシーは悲鳴の聞こえた方へと向かって歩き出す。すると、後ろから腕を掴まれる。そのサイラスは、近くにいた給仕を捕まえて尋ねた。
「分かりません。早急に調べますので、こちらにいて下さい。何かありましたら、すぐにお呼びしますので」
「誰か連絡係として一人寄こせ。あと、周囲に奴がいたかどうかも調べろ」
給仕ははい、と返事をするとすぐに駆けて行った。悲鳴の聞こえた、図書館のある方へ。
「もしかして、さっきのは」
サイラスの諜報員の一人? と口にしかけて、ジェシーは手で覆った。混乱に乗じて、誰か近くに潜んでいるかもしれないからだ。
そこでようやく、ジェシーは何故先ほど、サイラスに止められたのか、その真意に気がついた。
私が命を狙われたから。あの悲鳴が誘導の可能性もあるって、何故すぐに思いつかなかったのかしら。
「見張り兼護衛で、お前の周りに潜ませていた」
「ありがとう。念のため、毒が入れられることを想定して、ブレスレットを付けてきたんだけど」
右手を上げてブレスレットをサイラスに見せる。
「この魔石に毒が反応するように、細工をしたの。私だけじゃなく、コリンヌとミゼル、ヘザーに渡したブレスレットにも、同じ効果を持たせてあるわ」
「側近アピールだけじゃねぇとは思っていたが」
「だって、こういう人目が多い場所で出来ることと言ったら、毒だと思ったのよ」
そのため、製作時間が短くて済む、シンプルなデザインになってしまった。
「それでも、何かが起こった」
「えぇ」
ジェシーもサイラスも、もどかしい思いに駆られた。誰が被害に遭ってもならないことだったが、あの三人でないことを祈らずにはいられなかった。
どうか、無事でいて!
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