テラーノベル
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雨も上がった22時頃、磯海は本部から黒バイでパトロールに向かう最中、ふとゆり野の事が気になって店の前までやって来た。案の定、必死に土のうを片付けている彼女の姿が見えて、磯海は堪らず応援を買って出たのだ。
無線で内容は伝えてあった。
「要介護者発見、これより救助に入る」
本部からの応援要請を断り、 罪悪感に苛まれながらも、その後の無線は無視をした。
店奥の物置から現れたゆり野が、ブラシがけをしている磯海の近くにやって来て言った。
磯海は、その顔を素直に見れなかった。
「もう大丈夫です。本当にありがとうございました」
私服に着替えたゆり野を見て、磯海はカワイイと思った。
桜色のスカート、白いブラウスとカーディガンからは良い香りがした。
磯海は、動揺を隠すように早口で尋ねた。
「もうお店はこれでおしまい?」
「はい、今日は臨時休業します」
「帰れるの?」
「いえ、タクシーで帰ろっかなって思ってます」
「お家はどの辺なの?」
「えっと、町田です」
「町田!?」
磯海は驚いて大声を出した。
その声にゆり野もまた。
「わぁ!!」
と、悲鳴をあげて胸に手を当てた。
「びっくりしたぁ、町田おかしいですか?」
「いや、おかしかないけどかなりの距離じゃん、タスシー代もバカにならないよ」
「ですよね」
「だったらさ…」
そう言いかけた時、東京区通行証が磯海の目に留まった。
それが偽造であったとしても関係なかった。
昨日目にした、鎮魂の鐘に泣き崩れる老人も、ひとりぼっちのゆり野も、すくい上げなくてはならない命のひとつだと思えて仕方なかった。
ゆり野の声が聞こえる。
「あの」
磯海は我に返った。
「あ、ごめん。あ、ええと…あ、そうそう、あれ、なんだっけ?」
「だったらさ、の後です」
「ああ、そうそう」
磯海は、わざとらしく咳払いをしてから言った。
「お、俺んち来る? あ、いや、別に取って食おうとかそんなんじゃなくてあの…」
磯海は噎せ返った。
ゆり野は、そんな磯海を見て笑って言った。
「帰ります」
「ですよね…」
短い沈黙のあと、ふたりは顔を合わせて笑った。
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