振り返ると真っ白なコートに身を包んでいる誠が目に入った。
ドクドクと心臓が早く動き出す。身体が重い。誠の白いコートとは真逆のモヤモヤと真っ黒い何かが私を包みそうになる。
ああ、このモヤモヤはよく知っている。
走っても走っても振り切れる事のない、黒いモヤモヤ。
それでも平然を装い私は返事をする。
「あ、誠さん、こんばんは」
「こんばんは~」
「松田くんならまだ会社よ、残業だって言ってたわ」
「あ~、今日は大雅じゃなくて真紀さんに用があって、寒いし近くのカフェにでも入りません?」
私に用があるなんて言われてしまったらついて行くしかない。誠の後ろをついて行き会社近くのカフェに入った。
店内は暖房が効いていて、冷えた身体を暖めた。
誠と向かい合わせに座り、誠はホットコーヒー、私はホットミルクティーを頼んだ。
「仕事終わりにごめんね~、急で驚かしちゃったよね」
「大丈夫よ、で、どうかしたの?」
この場を一刻も早く立ち去りたくて自分から話を持ち出した。
けれど誠の口からは予想もしなかった言葉が出てきて私を暗いどん底に落とした。
「単当直中に言うけど、大雅と別れてくれない?」
いつもの可愛い声とは真逆の低くて太い声。
誠の雰囲気から冗談で言っていないと言うことは分かる。さっきまでのフワフワした感じとは真逆のジッと私を見る真剣な顔つきとピンと伸びた背筋が本気で言っている事を嫌でも分からせる。
それでも何を言っているのか理解出来なかった。いや、理解したく無かった。
「……どうして?」
震えそうになる声を振り絞り、誠に負けじとピンと背筋を伸ばす。
「真紀さんと出会ったせいで大雅は凄く変わった。それがどうしても許せない、小さい人間だって思われたって構わない、だって子供の頃からずっと一緒にいて、ずっと好きなんだから……ずっと私が大雅を側にいて守ってきた。私にとって大雅は一番だし、大雅にとってもずっと私が一番だったのに……ポッと出てきた真紀さんに大雅を取られた私の気持ちがわかる?」
ポッと出……あぁ、やっぱり誠は松田くんのことが恋愛対象で好きなんだ、と確信が持てた。
「二人が特別な関係なのは聞いてるけど……」
「じゃあ尚更分かってくれますよね? 私達はお互いを必要とし合ってるって事、だから真紀さんは正直言って邪魔なの」
「まぁその気持ちは分かるけど……」
「は? 全然分かってない! 私がどれだけ大雅を守ってきたか、好きで好きで、外で腕を組んでも変な目で見られないように女装までして……どんなに彼女が出来ても私を優先してくれてたのに……八年前にあんたと出会ってから……ましてや再開して付き合ってって、完全に二番目扱いになった私の気持ちがどう分かってくれるってのよ!」
誠はヒートアップしてどんどん声が大きくなる、頬を赤く染め、目は赤く充血し、うっすらと涙を浮かべている。周りのお客さんにもチラチラ見られていて、完全なる修羅場に私は今いる。
店員さんも物凄く置きづらそうに、お待たせいたしました、とコーヒーとミルクティーを置いていった。
「なんも言い返せないくらいの気持ちならさっさと別れてよね」
「違っ……ただ驚いちゃって……誠さんがそんなにも松田くんのことを想っていたなんて知らなくて」
「そりゃそうでしょうよ、あんた何にも知らないんでしょ? 私の方が大雅の事をよく知ってる、あんたなんかに私たちの絆は負けないから」
バンッと誠は勢いよく立ち上がり、財布から千円札を取り出すと目の前にバシッと置いて「この事大雅に言ったらまじでキレるから」とキッと私を睨みつけ店を出て行った。
私は誠を止めることも出来ず、かと言って反論する事も出来ず、ただ呆然と誠の話を聞いているしかできなかった。
カフェに一人取り残されて何分経ったか分からない。身体が鉛のように重く、苦しく、動く事が出来なかった。ただ頼んだミルクティーはもう冷めていて冷たいと感じる程の温度になっていた。
物凄く疲れた。
誠の話を整理整頓すると、つまり誠は私の事が気に食わない。自分が一番最初に優先されなくなった事に悲しんでいる。松田くんの事が好きで、私に取られたと思っている。
(そう言えば八年前に会ったって言ってたけど……どう言う事なんだろう、本当に私は松田くんのことを何も知らないんだな……)
やっと動き出した足は無意識に松田くんのアパートに向かい、まだ帰ってきてない松田くんをアパートの前で待つ。
早く会いたい。会って松田くんの温もりを感じて、私の事が好きだと分かっているけど、それでももっと強く実感したい。
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