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教室の空気は、既に“舞台”だった。
遥は、ゆっくりと、膝を立てた姿勢から上体を起こした。
誰かの足に触れる寸前で止める。
わざとらしい、けれど絶妙な“間”。
「ねぇ、どうしたら、満足?」
その声に、一瞬だけ笑い声が止まった。
口調は柔らかく、冗談めいていた。
でも、“喉の奥のざらつき”が、それが本心ではないことを告げていた。
「もっと上向いたほうがいい?
それともさ、力抜いてたほうが、好き?」
誰かが吹き出す。
「はっ、おま、聞いた? “好き”だってよ……」
「うわ、遥くんさ〜、やっと自分の立場わかってきたじゃん」
「えらい、えらい」
頭を撫でる手。
服の襟元を引っ張る指。
スマホのシャッター音。
“見世物”としての扱いが、既に当たり前になっていた。
でも──遥は笑った。
誰よりも自然に、心底楽しんでいるように見せて。
そして、その笑みの下で、日下部にだけ、こう言っているようだった。
──「なに見てんだよ、
おまえも同じだろ?」
演じている。
それは明らかだった。
“彼らのため”ではない。
“自分を守るため”でもない。
──「日下部に見せるため」だった。
あのとき、あの言葉──
「おまえが来ても、もう意味ない」
あれは“拒絶”ではなかった。
“証明”の予告だったのだ。
「さー、どっちが上手いか、比べてみる?」
遥が誰かの顔を覗き込んで、甘く笑う。
わざと、声を少しだけ高くする。
でも、感情はない。目が死んでいる。
「ねぇ、教えて。……満足?」
そう呟いたあと──わずかに目を逸らした。
窓の方。日下部が立っている方向へ。
その一瞬。
演技が揺らいだ。
──怖い。
そんな言葉が、見えた気がした。
「やめたい」ではなく、「もう戻れない」とわかっているうえでの、微細な“恐怖”。
だがすぐに、遥は目を戻し、喉を鳴らすような笑いを作った。
「こっちの方がいいよね? だって俺、便利だもん」
教室に笑いが戻る。
「は? おまえさ、そういうキャラ定着させようとしてんの? ウケるんだけど」
「マジで最高。推せるわ〜〜」
「おい、あの顔、日下部のためのサービスじゃね?」
「ちょっと、日下部くん妬けちゃうよ〜」
揶揄と冷笑と暴力と欲望と、全部が混ざって教室を満たす。
でも遥は、ただ“演じきる”。
その奥底で、日下部の反応だけを、
痛いほどに──
期待していた。