「んしょ、んしょ……」(よーしもう少し)
「凄いし……」
「一生懸命なのが可愛い過ぎてもう……」
バケツとスコップを駆使し、アリエッタが砂で遊んでいる。そしてそれをのんびり眺め、たまにバケツに水を入れる手伝いをこなしているミューゼとクリムの姿があった。
「くりむ! くりむー!」(出来たよ! どうかな!?)
「これボクのお弁当そのままだし! 砂じゃなかったら食べそうだし!」
なんと砂のお弁当が完成した。
アリエッタが転生し、人のいるファナリアに連れていかれ、初めて人の味を感じたクリムのお弁当。今も時々食べるそれは、アリエッタの大好物となっている。
(よっし、くりむに喜んでもらえた!)
「うわぁ……なんだかお腹空くね……」
「むふー、くりむー」
そんなお弁当のある時は、アリエッタはクリムから離れない。完全に胃袋を捕まれているのだった。
「よしよし、よくできたのよ」
「にへ~♪」
こうなると、アリエッタはほぼ完全に幼児化する。普段の恥ずかしがりが嘘のようにクリムにべったりなのだ。
しかし、そんな微笑ましい姿を睨む者がいる。
「ギギギギ……あたしのアリエッタなのに、なんでクリムにだけ甘えるのよ……」
そう、傍にいるミューゼである。
ちなみに離れたところにいるパフィも、同じ目で睨んでいる。
睨まれている当のクリムはというと……
「ふふふ、横の怖い顔のお姉ちゃんを見ちゃいけないしー♪ ほらぎゅーってしてあげるしー」(んふふ、独り占めだし)
「あぷっ?」
睨まれているのを分かっていて、アリエッタを抱いて視界を塞いだ。風呂であれば生肌の感触で慌てて我にかえるのだが、クリムが着ているのはワンピースなので、布地の感触のお陰か甘えん坊が解除されない。どうやら良い感じに抱かれ慣れてきているようだ。
大人しく撫でられるアリエッタを見て、ミューゼとパフィがさらに悔しそうにしている。2人がここまで嫉妬するには訳があった。
「ちょっと…あたし、まだアリエッタからそんな風に甘えられた事ないんだけど? すぐ恥ずかしがって逃げちゃうんだけど?」
「これが食のなせる業だし。お弁当最強だし」
「くぅぅぅぅ!!」
日常でニコニコしながらくっつくのは、今のところクリムにだけ。
アリエッタの方から甘えられる……そんな『羨ましい事』を独占され、アリエッタの拾い主である2人は嫉妬の爆発を抑えるのに必死だった。
離れた場所から見ているパフィは、ここでならアリエッタに聞かれる心配は無いとばかりに、砂浜を叩いて悔しがっている。
「おのれクリム……っ!」
「まぁまぁ、少し落ち着きましょうね?」
背後から肩に手を置かれ、息とともに怒りをゆっくり吐き出すパフィ。宿に帰ったらクリムをいぢり倒してやろうと心に誓い、ようやく気分が落ち着いた。
そこへ、我慢できなくなったついでにパフィと交代しようと、ミューゼが頬を膨らませて歩いてきた。
「パフィこうた~い。あたしちょっと休む……へ?」
ミューゼが見たのは、座ったパフィの肩に手を置いてニコニコしている女性。水着こそ着ていないが、涼しそうな恰好をしてこの場に馴染んでいる。
もちろんミューゼの知っている顔である。
「なななっ……おうムッ!?」
「お静かに……」
叫びそうになったところ、別の女性が急接近し、ミューゼの口を塞いだ。こちらも知っている顔である。
コクコク頷くと口から手を離され、どういう事かとパフィに視線を送った。
「あのアホ王子が来たらしいのよ」
「えー……」
ミューゼは露骨に嫌そうな顔をして、隣にいる女性に顔を向けた。その人物は、ディランの側にいた料理人だった。
「あの……すみません。我々が全面的に悪いのは分かっていますが、そんな汚物を見るような目で睨まれるのは流石に辛いです」
「あ、はい」
無表情で話す女性の目は、うっすらと潤んでいる。
以前エインデル城でアリエッタがディランに拐われた時、追跡を妨害した4人の側仕え。そのうちの1人で、小麦粉生地を武器にピアーニャと屋上で激戦を繰り広げたラスィーテ人の料理人である。
「あの時は、ディラン様を助けて怒られるのに精いっぱいで、まだ名乗っていませんでしたね。私はツーファン・マンジュ。ディラン様の側仕えの1人で、専属の料理人も兼ねております」
「専属料理人?」
ミューゼは首を傾げた。ネフテリアにはオスルェンシスという護衛がいるが、城に行った時も専属の料理人というものはいなかった。
もちろん王や王妃にもそんな料理人は存在しない。なぜか城で料理人のアイドルをやっていたパフィも、その辺りの事情は知っている。
不思議に思っていると、パフィの後ろにいる人物が説明した。
「あの子はね、魔法や魔道具の研究で部屋に篭りがちなのよ。だから健康を損ねないように、専属を雇ったの」
「なるほど……」
ディランの部屋がかなり離れていた事、そして城に行ってすぐには王子に出会わなかった事に、当時のミューゼは疑問を感じていたが、なんとなくその謎が解けた気がした。
続いて、もう1つの強烈な疑問について質問を続けた。
「なんで貴女様がここにいらっしゃるんでしょうか?」
名前を言おうとすると口を塞がれるので、なんとか失礼の無いように言葉を選んで絞り出していた。
「ディランがピアーニャ先生の事を調べていた事が分かり、行き先を突き止めて追いかけてきました。ちなみにツーファンとは偶然そこで出くわしました。あと、パフィちゃんを手籠めに──」
「しないでほしいのよ……」
もう1人の人物は王妃フレア。ネフテリアとディランの母で、パフィの母であるサンディの事が大好きで、今は娘のパフィと仲良くなろうとしている偉い人である。
「それで、ディラン様は見つかったんですか?」
「見つかってないけど、今頃は……」
「ピアーニャ様に襲い掛かっていると思います」
「えー……」
ため息とともに淡々と語られたのは、ピアーニャの見た目を知る者からすれば、犯罪臭しかしないものだった。ツーファンはいつも通り本人に叩き落されているだろうと考えているが、現実はそんなに単純ではなかったりする。
ミューゼもパフィも、ピアーニャの強さは知っている為、特に慌てる事は無かった。なお、宿で『雲塊』がほぼ使えない事は知らない。
「まぁ大丈夫なのよ。それよりも、おう…フレア様がここにいてもいいのよ?」
しれっとパフィの隣に座ったフレア。普通に考えたら、護衛から離れる事がすでに問題な気がするが、気にした様子は全く無い。
「大丈夫よ。ここに来るまでは私服の兵士についてきてもらったし、今はツーファンをゲットしましたからね」
「……なんだかボールに捕まった小動物の気分になったような……? まぁそう言う訳で、今は私が護衛です。後でディラン様の元へと案内しなければいけませんし」
「そうですか……」
護衛はツーファン1人で事足りるといった様子。ピアーニャとある程度まともにやり合える程の人材なので、下手に人数を抱え込むより良いのだろう。ネフテリア達が水着だというのも考慮している。
しかしツーファンの実力を知らないパフィは、王妃を鬱陶しく思いつつも心配するのだった。
「んー…まぁ、周りに肉壁あるから、離れなければ大丈夫なのよ?」
「だね。みんなのお陰で、アリエッタに変なのが近づいてこなくて助かってるし」
周囲にいるシーカー達によって、悪い虫が寄ってこない……それは確かなのだが、それはアリエッタにではなく、むしろミューゼやネフテリア達若い女性に対するガードだったりする。だからこそ前日は、リリやフラウリージェの店員達があまり近くにいなかったのだ。
「……ところでテリア様は?」
地味にずっと思っていた事を口にした。王妃フレアと王子ディランの関係者が来たというのに、一番騒ぎそうなネフテリアが近くにいない。
「テリアならここに埋まってるのよ」
「埋まっ……あぁ、なんだか安らかね……」
なんと砂で体を埋めてもらい昼寝していた。近くにいないのではなく、目につかなかっただけだった。
「最初見た時はビックリしましたよ。テリアの首が落ちてるんですもの」
「あはは……」
そんなネフテリアを見た時のフレアは、思わず叫びそうになってパフィに口を抑えられていた。その拍子に思わずパフィの手を嘗め回してしまい、ビックリしたパフィによって砂浜に押し付けられるという反撃もいただいていた。
ちなみにネフテリアはまだ昼寝中である。よほど砂の中が気持ちいいようだ。
「さて、私はアリエッタと遊んでくるのよ。ミューゼはゆっくりするといいのよ」
「あーんパフィちゃ~ん、もっと一緒にいましょうよ~」
パフィは立ち上がると、手を伸ばす王妃を無視してアリエッタの方へと駆けていった。王族を無視するなど、ミューゼには出来ない芸当である。
「ふぅ、やっぱり王妃って立場弱いわねぇ……」
『いやいや……』
フレアの小さな呟きに、ミューゼとツーファンの否定は思わず声に出てしまっていた。
そんな最高権力者を軽くあしらう一般人のパフィは、アリエッタが作った砂のお弁当を見て感心している。
「へぇ、これは凄いのよ。アリエッタは器用なのよ」
「? にへへ……」(あ、ぱひーが来た。たぶんこれ褒められてるっぽいな)
やってきたパフィに頭を撫でられ、クリムにくっつきながら笑顔になるアリエッタ。ちょっとだけ恥ずかしくなって、クリムからそっと離れる……が、今まで遊んでいたせいですっかり疲れたアリエッタは、クリムに抱かれている間にウトウトし始めていた。
「あら眠たいのよ? じゃあ日陰にいくのよ」
少しフラフラしはじめたアリエッタを連れて、パフィとクリムはミューゼの元に戻ってきた。
「うふふ、こんにちは、アリエッタちゃん」
「うー?」(えっと……だめ…ねむ……)
フレアが声をかけたが、半分寝かけているアリエッタは反応しかけただけで、カクッと下を向いてしまう。その時、足元にあるネフテリアの頭を見つけた。
「てりあー……」(ここで…寝る……)
そのままパフィの手を離し、ネフテリアの砂山に被さるように転がってしまった。寝ぼけて密着した為、顔が近い…どころか頬がムニュッと密着している。
そしてもちろん嫉妬する拾い主2人。
「クリムに続いてテリア様までっ!?」
「なんでなのよ……なんでなのよっ!」
「悔しがるパフィちゃんも可愛いわぁ」
あまりの悔しさに、パフィは砂浜を何度も叩き続ける。すると……
ズボッ
『!?』
突然砂の中から、赤色の手が突き出した!
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