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「なんか生えてきたのよ!」
「こわっ」
一斉に飛び退くミューゼとパフィ。
改めてみると、赤色の手はワキワキと蠢いている。
「……なんなのよ?」
パフィが首を傾げながら、手を覗き込んだ……その時だった。
ざっぱあああああん
「なんなのよー!?」
海の方から、翼のような大きなヒレを持った巨大な魚が飛び出してきた!
牙をむき出しにして、パフィ達の方をギョロリと見つめている。
「ちょっ、アリエッタが!」
「わわわわ!!」
「きゃー!」
突然の事にミューゼとパフィは大慌て。少し離れた所にいたクリムに至っては、腰を抜かしながら悲鳴を上げている。2人はアリエッタを守ろうと武器を構えようとするも、そんなものは宿に置いてきたという事を思い出して硬直した。
そして魚が羽ばたき、明らかにミューゼ達を狙って動き始めた。
「やばっ!」
パフィには対抗手段が無く、ミューゼも魚の動きを止める為の魔法が使えない今、アリエッタをその身で護るしかないと思い、前に出る。フレアの傍に控えていたオスルェンシスも、フレアを護る為に影を伸ばす……が、
「おらああああああ!!」
「てりゃああああああ!!」
男の声が響き渡る。パフィが視線を向けると、離れた所から女装した男が2人、魚に向かって猛スピードで全力疾走していた。
片方はミニスカメイドで、トレイを持った若い男。もう片方は薄緑の清楚なワンピース姿で、頭頂部が太陽光で輝く中年男性。2人とも思いっきり濃い顔を晒しながら魚へと一直線にひた走る。
「げっ……」
思わず嫌な顔をしてしまうが、今はそれどころではない。アリエッタを守るために魚に向き直ろうとした時、2人の男が掛け声とともに魚に向かって飛び上がり、パフィの視界内に強制的に収まった。
『チェストオオオオオオ!!』
丸いトレイによる強烈な打撃と、砲弾のようなゴツい拳が魚に直撃! 骨が折れた音が響き渡った。魚はそのまま離れた岩場へと飛んでいく。
そしてその魚を追って、女性用ビキニ姿の変態が海岸をかなりの猛スピードで走る!
「おおおおおおおおおおお!!」
なんと女装男達より後に現れたにも関わらず、飛ばされた魚より早く岩場へと到着。岩に乗り振り返ると同時に手を挙げ、巨大な魚を受け止めた。そのはずみで、ビキニから何かがちょっとはみ出しているが、今は誰も気にしない。
そして思いっきり息を吸って、叫んだ。
「獲ったどぉぉぉ!!」
『おぉ~~~!!』
パチパチパチパチ
浜辺中の拍手喝采が変態に浴びせられ、いつの間にか魚を吹っ飛ばした女装の2人も岩場へと移動し、濃い笑顔で手を振った。浜辺の英雄達は、そのまま魚を持って意気揚々と去っていったのだった。
「えぇ……なんだったのよ?」
「なんかカッコイイのが逆にムカツクし気持ち悪かった」
あっという間の出来事に、目をパチクリさせるミューゼとパフィ。昨日無駄に恐ろしかった変態が、今日は通りすがりの命の恩人である。混乱するのも無理は無い。
今の2人に出来る事は……一旦忘れる事だけだった。
「……アリエッタもテリアも、今の騒ぎで起きないのよ?」
「アリエッタはともかく、テリア様ったらどれだけ気持ちいいんだか」
「こんなにもぐっすり寝るなんて、わたくしも埋めてもらおうかしら?」
どうやらフレアはちょっと羨ましいらしい。
アリエッタを見て和み始めたところで、クリムがフラフラしながら戻ってきて、パフィの横でへたり込んだ。パフィは一息ついて……地面から生えた赤色の手の事を思い出した。
「って、これは一体何なのよ!」
「うわ何だし!? 手はえてるし!? ってゆーか誰だし!? 2人増えてるし! なんか怒ってるし!? さっきから情報過多だし!」
「ちょっとクリム、落ち着いて落ち着いて」
飛び込んでくる巨大魚、3人の超強い変態、赤色の手、そして知らない人が2人。次々に見る出来事に、クリムはすっかり取り乱してしまっていた。
「ん? 誰が怒ってるって?」
ふと、ミューゼはさっきから1人だけ喋っていない人物がいることに気が付いた。
視線を上げると、鋭い目つきで岩場の方を睨んでいるツーファンがいる。
「えっと、ツーファンさん? どうしたんですか?」
声をかけると、ツーファンはハッとして、息を吐いた。
「……いえ、何でもありません」
そう言って、スタスタと歩き、生えている赤色の手の前に立ち止まる。そして呆れるようにそれを見降ろし、足で赤色の掌を開きながら踏みつけ……
「ふんっ!」
ずむっ
思いっきり地面に押し込んでしまった。
「うえっ!? なんなのよ!?」
「パフィ、さっきから同じ事ばっか言ってるね」
ツーファンの行動に驚くが、パフィの驚愕はまだ終わらない。
今度は手が生えていた場所の近くから、丸いものが生えてきた。よく見ると少し透き通っていて、黄色の水着を着ている。それは丸いお尻だった。
「だからなんなのよ!?」
これにはパフィだけでなく、ミューゼとクリムもあっけに取られている。ツーファンはため息をつき、フレアは困った顔で微笑んでいる。周囲の人々も、一体何が起こっているのかと、遠巻きに眺めていたりする。
生えてきたお尻はすぐに動きだし、何度かフリフリと動いた後、後ろに引っ張るように力を込め……上半身を地面から引っこ抜いた。
「ふへぁっ! 昼だ! やったー生きてるー!」
生えてきたのは水着を着た半透明で赤肌の女の子。心の底から嬉しそうに、両手をあげて喜んでいる。
ちなみにミューゼもパフィもその顔に見覚えがあった。
「あらあら、パルミラじゃないの。どうして地面の中にいたの?」
「え? あ、あれ? フレア様? どうしてこんな所に?」
彼女は以前、王城でミューゼとネフテリアの足止めをしたクリエルテス人の少女。そしてツーファンと同じくディランの側仕えである。
『クリエルテス』は水晶のリージョン。その住人の体も水晶のように半透明となっていて、変幻自在に変形することが可能な人種なのだ。
「パルミラ……夜に帰ってこないと思ったら何してたの?」
「あっ、ツーファンさん! ごめんなさい! 遅くなりましたっ!」
「いやそれはいいから説明」
「あっはい、それが……えっ……」
状況説明を求めたツーファンに話をしようとしたパルミラが、チラリとミューゼを二度見し、
「……ひぃっ!?」
いきなり悲鳴をあげて、ツーファンを盾にして身を隠した。
「えぇ……なんでよ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
どうやら王城での出来事がトラウマになっている様子。その目は恐怖で潤んでいた。
「ミューゼ一体何やらかしたし? この子ミューゼと同じくらいの子に見えるし」
「えーっと……あはは」
ミューゼは王城での事を思い出し、笑って誤魔化した。しかし代わりに、パルミラから報告を聞いていたツーファンがクリムの質問に答えた。
話を聞いたクリムは呆れてものが言えず、パルミラに同情するのだった。
「はぁ……で、なんで埋まってたの?」
ようやく今の本題であるパルミラが埋まっていた理由の話へと戻った。
パルミラは少し怯えながらも、ゆっくりと話し始めた。
「昨日、海に潜って遊んでいたら、いつの間にか誰もいなくなったのに気づいてしまって、急いで戻ろうとしたら海が凍り始めちゃったんですよ。このままじゃ死ぬって思って、海中に避難しました」
(クリエルテス人って呼吸しなくていいんだ?)
ミューゼはクリエルテス人に対して疑問を持ったが、その話は後で聞けると思い、口にはしなかった。
「海底だったらあまり寒くならなかったので、このまま朝まで待とう~と思ってたんですけど、夜の海って魚が狂暴になるんですねぇ。最初は小さい魚に襲われただけだったんで、うまく追い払えてたんですよ。でもしばらくしたら巨大なヒレの大きな魚が襲ってきて……」
(ん?)
「仕方なく地中に潜ったんです。それでも何度も体当たりしてきて怖かったので、浜辺に向かって進みました。地中を動くのは得意なので」
(クリエルテス特有の能力なのよ? あとでテリアにでも聞くのよ)
「それで一旦そのまま寝てから、地上に出る機会をうかがってたんです。間違って朝前に出ちゃったら死んじゃいますんで。で、じっと我慢してたらドンドンって叩く音が聞こえたんで、人がいると思ってそこから出ようとしたんですよ。まずは片手だけ出して安全確認してからですけどね」
「あの手はそういう事だったのよ……」
パルミラの説明を聞き終えた一同は、すっかり呆れていた。なんとヨークスフィルンの夜を、建物の外で過ごしたというのである。普通ならば氷漬けになって生きてはいられない。
「このバカ……なかなか帰ってこないと思ったらそういう事だったのね」
「ごめんなさい……」
その中で、ツーファンだけが呆れの中に安堵の色が混ざっていた。
「まぁ無事で何よりですね。先程の魚はおそらくパルミラを狙っていたのでしょう」
「納得だし」
魚が狙っていたのはミューゼ達ではなく、逃した餌であるパルミラだったという事が判明した。
その場面を見ていなかったパルミラは不思議そうに首を傾げる。
「よくわからないですけど、なんでフレア様がここに?」
説明が終わり、今度はパルミラが疑問を再び口にする。フレアとツーファンが現状を説明したところ、パルミラからはため息しか出なかった。
「はぁ、なんかもう色々疲れた……」
「大丈夫? ……ああ、あたし達はもう怒ってはいないから警戒しないで」
ミューゼが心配して話しかけたが、パルミラは怯えて固まってしまう。なんとか恐怖をほぐし、ぎこちないながらも会話出来るようになっていった。
「もう悪事の手伝いなんてコリゴリです……」
地中から出て早々にトラウマと緊張で疲れた体を伸ばし、売店のある方に1歩踏み出した。一晩中地中にいた為、空腹なのだった。
しかし……
ふみっ
「…へっ?」
パルミラは何か柔らかい物を踏みつけた。
なんだろうと思い足をどけながら下を見ると、王女ネフテリアの頭がそこにあった。