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いつも通りの夕食の光景に、今日はプラスでテレーゼさん。
元気そうに振る舞う彼女は、先日のお食事会のときよりも会話にかなり参加してきている。
 ……参加というよりも、むしろ主導権を握っているくらいだ。
 そもそも私とエミリアさんとルークは、どちらかと言えば積極的に話すタイプではない。
がつがつと話を引っ張っていくような人がいれば、結構あっさりと引きずられてしまうのだ。
 「――それでもって、その食べ物がネバーッとどこまでも伸びて!」
 「えぇ、本当ですかー!? 豆なのに!?」
 今はエミリアさんと、何だかよく分からない食べ物の話で盛り上がっている。
納豆の話にも聞こえるけど、金色に輝く豆って何ですかね……。
 
 「……そんな食べ物もあるんですね。いや、世界は広いことで」
 「そうなんですよ、世界は広いんです!
でも私、この大陸から出たことがないんですよね。王都から出た記憶もほとんどありませんし」
 「へー。生まれも育ちもヴェセルブルクなんですか」
 「ふふふ、都会っ子ですよ! 雰囲気なんて、洗練されてますでしょ?」
 「……いえ?」
 「酷っ! アイナさん、酷っ!!」
 「うーん……。私、王族とか貴族の方もよく見ていますから……。
そのあたりと比べちゃって良いんですか?」
 「あ、嘘です! そんなところとは比べないでください!
宝石とお芋を比べてはダメです!」
 「お芋の方が美味しいですけどね」
 「そういう意味では無いので、フォローはありがたいですが、微妙な気分になってしまいます!」
 「ほら、洗練されてるだけが人の良さではありませんし……」
 「アイナさん! それは私が洗練されていないみたいに聞こえます!」
 「最初からそう言ってますよ?」
 「酷っ!
くぅ……、そんな酷いアイナさんは置いておいて……ルークさんは、クレントスの出身なんですよね?」
 「はい、そうです。
ミラエルツあたりまでは仕事で行っていたので、街から出ていないということはありませんでしたが」
 「はぁ~。ずっとそんな生活だったのに、アイナさんに付いて来ちゃったんですよね。
情熱的な展開すぎて、私にはお腹いっぱいです!」
 何ともメロメロな感じで話すテレーゼさん。
いや、もしかして変な誤解をしていないかな?
 「情熱的っていうか……。
ルークの場合は、そういう感じじゃなかったよね?」
 「思い返せばお恥ずかしい話ですが……。
その辺りは後ほど、アイナ様から話して頂けますと」
 「いやいや。その言い方って、何かあったみたいじゃない?」
 端から見れば、恋愛ストーリーなんかも成り立ちそうなものだけど、そういうのでは全然なかったわけで。
私の錬金術がきっかけで一緒に旅するようになったんだから、これは立派な冒険ストーリーなのだ。
 「でもアイナさん、ルークさんには敬語を使わないじゃないですか。仲良しのエミリアさんには使ってるのに。
何も知らない人から見たら、やっぱりルークさんとは特別なんだなって思われちゃいますよ?」
 「えぇー? これは主従関係を意識してのものなんですけど……」
 「ちなみに敬語を使わない人って、ルークさん以外にはどなたかいるんですか?」
 「そりゃいますよ。小さな子供とか、使用人とか」
 「さすがにそこまで使っていたら、育ちが良すぎる感じがしますよね。
それ以外にはいないんですか?」
 「えーっと……」
 ……何とかひねり出そうとするも、なかなか出て来ない。
特別な理由が無ければ、私はできるだけ敬語で話すことにしているからね。
 例えば最近で言うと、ヴィオラさんなんかは『敬語はウザい』って言われたから、タメぐちで話すようにしていたけど――
 「――あっ!!!!!」
 「ひゃっ」
「えっ」
「む?」
 ……すっかり忘れてた。
グランベル公爵のお屋敷でヴィオラさんに会ったことを、テレーゼさんにずっと話そうとしていたんだった。
でもテレーゼさんが仕事を欠勤し始めたところから、何となく話すタイミングが無くて……そして、今に至ってしまっている。
 「……ごめんなさい。急に思い出したことがあって」
 「急用ですか? 私には気を遣わなくて大丈夫ですよ!」
 テレーゼさんが、率先してそう言ってくる。
むしろ、テレーゼさんにこそ気を遣う一件なんだけど……。
 「いえ、まったくの別件なんであとにしておきます。
今は、楽しい話を続けることにしましょう」
 「そうですか? あまり無理はしないでくださいね!
――ところでエミリアさんは、どちらの出身なんですか?」
 「わたしですか?
生まれは北の方の小さな村ですけど、育ったのは主に王都ですね」
 「へぇー、それは私も初耳です。何だかずっと、王都生まれだと思ってました」
 エミリアさんとはずいぶん一緒にいるのに、そんな話はしたことがなかった。
私自身が昔の話をしないようにしているから、原因はそれなのかもしれない。
 「あまり記憶にもありませんし、特に聞かれもしませんでしたので……。
王都に来てからは、そのまま大聖堂に入りまして、それからはずっと信仰の道を歩んでいる感じです」
 「そういえば先日、『浄化の結界石』の儀式をしたとき、小さな信徒さんを付けてもらいましたね。
ビリーちゃんっていう子ですけど」
 「そうですそうです。わたしもあんな感じで頑張ってました!」
 「ふぅむ……。エミリアさんにも、小さいときがあったんですね……」
 「そ、それはありますよ!?」
 ですよねー……とは思ったものの、実は私には『小さいとき』が無い。
いや、元の世界ではしっかり0歳から生きていたから、当然『小さいとき』はあったんだけど……この世界では17歳から始まっているのだ。
 つまり、私の昔を知る人間はいない。本当に存在していないのだから。
そう考えると、自分の生まれが何か特別のように思えてしまう。……いや、実際特別か。
 
 「――ちなみにアイナさんは、どこの生まれなんですか?」
 「「あ」」
 「え?」
 思わず出てきたルークとエミリアさんの反応に、テレーゼさんは不思議そうな声を出した。
 「実は、私の生まれはですね……秘密なんです!!」
 「えぇー? 何でですかー?」
 この世界には、転生してきたからです! ……と言うわけにもいかない。
しかし他の国のことなんてろくに知らないのだから、嘘をつくことも出来ない。
 「いろいろ事情がありましてね……。
とりあえず、クレントスの方角とだけ言っておきましょう……!」
 「クレントスではないんですか?」
 「ヒントを言うと、クレントスのような、クレントスではないような……そんな感じです!」
 「まったく分かりません!」
 「ふふふ♪」
 プラチナカードを見せてしまえば強引に解決することも出来そうだけど、何だかテレーゼさんには見せたくない。
友達のように仲良くさせてもらっているのだから、変な遠慮はされたくないというか……。
 私は最近、Sランクの錬金術師という立派な地位を築くことが出来ている。
その地位があれば、プラチナカードなんぞの世話にはならなくても済むのだ。
 実際のところ、私にプラチナカードって分相応じゃない気がするんだよね。
あれって本来、王族とか聖職者の一握りの人間が持つものらしいし――
 ……つまりそんな代物は、私の人生とは本来は縁の無いものだ。
だからあまりひけちらかしたりしたくない……っていうのが、本音のところかな。
 
 「まぁまぁ。そんな話よりも、もっと楽しい話をしましょう!」
 「逃げましたね、ずるい!」
 「そういえばテレーゼさんって、色々なことが出来ますよね。
彫金でアクセサリを作りますし、今日なんてケーキを作ってきましたし」
 「え? ……ふふふ♪ 私がこうなったのにはいろいろとありまして……。
聞きたいですか?」
 「はい!」
 「それじゃアイナさんの生まれの話を――」
 「あ、それなら結構です」
 「えぇーっ!?」
 「あはは♪ テレーゼさん、しつこいとアイナさんに嫌われちゃいますよ?」
 「それは困りますね! すっぱり諦めることにします!」
 「おお、効果てきめん……。
――っと、いつの間にか時間が結構経ってますね」
 楽しい時間は早々に過ぎてしまうもので、夜もずいぶん遅い時間になってしまっていた。
食事の後片付けもあるだろうし、そろそろお開きにした方が良いだろう。
 「本当ですね……。はぁ、そういえば今日は仕事もあったんでした。
何だか眠く……いやいや!? せっかく今日はお泊りの日! 頑張って徹夜します!」
 「テレーゼさん、まだ本調子じゃないですよね? 今日は強制就寝です!」
 「えぇーっ!?」
 明るく元気には見えるものの、私の拙い眼力でも、どこか無理をしている感じが伝わって来る。
明後日からはまた仕事なのだから、身体に負担を掛けさせることは出来ない。
 「明日もゆっくりしていって頂いて構いませんので、今日は早めに寝ることにしましょう。
ほら、これからお風呂も入らなきゃいけませんし」
 「……お風呂! わーい、アイナさんとエミリアさんとお風呂~♪」
 「え? いや、別々ですよ?」
 「えぇっ!?」
 「そういえばわたしも、アイナさんと一緒に入ったことは無いですね……」
 話の流れに乗って、エミリアさんもフォローなんだかフォローじゃないんだか、よく分からないことを言い始める。
 「お風呂って、一人で入るものですよね……?」
 大浴場とかならまだしも、自分の家で、何で同世代の子たちと入らなければいけないのか……。
見るのは良いけど見られるのは――……って、いやいや、何を言っているんだ、私は。
 とりあえず時間も遅いこともあって、夕食の終了だけは宣言することにした。