――空を埋め尽くすガルルンの群れ。
その光景を眺めながら、ルークとエミリアさんと一緒に、まったりとお茶を飲む。
今日は何と、平和な一日なのだろうか。
「……あれ? アイナさん、あれを見てください」
エミリアさんの指差す方を見てみれば、1体のガルルンの上に何かが乗っている。
「遠くてよく見えませんけど……人影?」
そう思った瞬間、その1体は突然向きを変えて、こちらに向かって飛んできた。
「アイナさああああああんっ!!」
「うぇっ!?」
なんと、ガルルンに乗っていたのはテレーゼさんだった!!
そしてそのまま彼女は、私たちのもとに突っ込み、爆発し、そして周囲は灼熱の炎に包まれた――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――何て夢だ……」
暗い部屋の中、ベッドから身体を起こしてため息をつく。
時間を見れば深夜の2時半。
外は当然のように暗く、月の光もいつものように窓から射し込んでいた。
それにしても、『いつものように』と言ってしまえるくらい、これくらいの時間に目が覚めることが多い。
昨日は久し振りに魔物討伐に行ったのだから、もう少し熟睡できても良いものだけど……。
「まぁ、テレーゼさんも泊まっているし……?」
私は私で、きっとそれなりに気を遣っているのだろう。
万全の態勢で準備をしたとはいえ、しっかりもてなせるかどうかは最後まで分からないのだ。
ちなみにテレーゼさんには昨日、早々にお風呂に入ってもらって、早々に寝てもらった。
ヴィオラさんの話もしようと思ったものの、寝る前に話してしまうと何かしらの感情を揺さぶってしまいそうだったので、この夜が明けてから話をする予定だ。
……ここは、慎重にいかないとね。
せっかくテレーゼさんも、ようやく持ち直してきてくれたのだから――
コンコンコン
「え?」
不意に、ドアがノックされた。
……こんな時間に誰だろう?
そう思いながらドアを開けてみると――
「アイナさあぁあああぁん……」
――テレーゼさんが、部屋の前に立っていた。
「どうしたんですか? こんな時間に」
「ちょ、ちょっとお話をさせてください……」
「分かりました。明かりを点けますね。
お茶も入れますので、そこの椅子に座っていてください」
「お休みのところ、すいません……」
テレーゼさんはしょんぼりしながら、椅子のところまで歩いていった。
……むむむ。精神的な不安が、ぶり返してきちゃったかな?
「――はい、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます……。はぁ、温かい……」
そう言うと、テレーゼさんはお茶にちびちびと口を付け始めた。
「落ち着いたら、お話してくださいね」
「はい……。大丈夫です!」
はやっ!?
……と、いつもなら口に出しているところだが、今から真面目な話になるのであれば、恐らく場違いな台詞になってしまう。
私はその台詞を口に出さないことに成功した。
「えっと、どうしたんですか?」
「あの……、とっても言いづらいことなんですが……」
「はい」
「私の寝てる部屋、何かいませんか……?」
「え? ……何か、って?」
別に、誰がいるってわけでも無いよね?
誰も使っていないんだから、いようはずもないし。
「天井に……何かいるみたいなんですけど……」
「え゛」
その言葉を聞いて、どこか余裕のあった私の手が止まる。
「……もしかして、幽霊とか、お化け的な……?」
この世界には魔物がいるが、だからと言って幽霊やお化けにはまだ会ったことが無い。
それらはこの世界の|理《ことわり》で説明できるものかもしれないけど、私としてはやはり、怖いものの代表として挙げてしまうだろう。
「あの、それは分からないんですけど……。
何だか寝ていたら、何かこう……ちょっと説明しにくいんですが……」
「……気になりますね。怖いですけど」
私もこれまで色々なことを経験してきたけど、だからといって、怪奇的なものには首を突っ込みたくない。
しかしその舞台が自分のお屋敷であるならば、ここは何とかしないといけない……よね?
時間を見れば、3時前。
そろそろルークが修練に向かう時間だ。それなら――
「ルークがそろそろ起きる時間なので、ちょっと付き合ってもらいましょうか」
「えっ!? ルークさん、こんな時間に起きてるんですか!?」
「私が寝ている間に、剣の修練を済ませたいらしくって」
「ははぁ……。アイナさんのお側にいるのも、大変なんですね……」
……いや、ルークが特別なんじゃないかな?
エミリアさんはぐっすり眠っているだろうし。……いや、それが普通だと思うけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルークの部屋のドアをノックすると、修練の準備を終えたルークが部屋から現れた。
「アイナ様? どうかされましたか?
……テレーゼさんまで?」
「修練前にごめんね。テレーゼさんが、寝ていた部屋で気になることがあるみたいで。
ちょっと一緒に来てくれるかな」
「気になること……? はい、分かりました」
「うぅ、すいません……」
テレーゼさんの部屋で明かりを点けると、ぱっと見では、いつもと変わらない様子を確認できた。
「えっと、天井……でしたっけ?」
「はい。起きたら分からなくなったんですけど、眠ってるときにこう……何というか……うぅん……」
説明しようにも説明が出来ないでいるテレーゼさん。
超常的なことが本当に起きているのであれば、それも仕方のないことだろう。
「何も無いようですが……、ちょっと気配を探ってみますね。
魔物や霊的なものであれば、何かしら引っ掛かると思いますので」
ルークは目を閉じて、そのまま口も閉ざした。
私とテレーゼさんは邪魔にならないように、少し緊張しながらルークを待つ。
「――特に何も無いようでした。
とは言え、テレーゼさんも怖いでしょうし、今日はアイナ様の部屋でお休みになられてはいかがでしょう」
「え? ……まぁ、そうだね。
テレーゼさんはそれで良いですか?」
「お邪魔しちゃって大丈夫ですか?
ベッド、1つしかありませんよね……!」
「あ、それならアイテムボックスでちゃちゃっと持っていきましょうか」
「えぇー……」
「え?」
「い、いえ! 何でもありません! 便利だなって思いまして」
「ですよね! これがあれば引っ越しも余裕ですよ。
それではベッドを持っていきますので、テレーゼさんは私の部屋で待っていてください」
「はい、ありがとうございます……」
そう言うと、テレーゼさんは私の部屋に静かに入っていった。
「ルークも時間、ありがとね。あとは一人でやっておくから、もう大丈夫だよ」
「……あの、アイナ様」
「うん?」
「部屋の天井の裏に……何かあるようです」
「えっ!? ……やっぱり幽霊、みたいな?」
「そういうものでは無いのですが……。
むしろ気配を断つような感じで、微かに何かが足りない……そんな感じがします」
「何かが足りない……。何も無いところに、何かが足りない? ……うーん?」
「私も詳しくは分かりませんので、テレーゼさんがお帰りになったあとに調べてみたいと思います。
何せ天井裏ですから、気軽に穴を空けるわけにもいきませんし」
「確かに。それに気にはなるけど、今調べるとテレーゼさんが心配しちゃいそうだもんね。
今日の夕方くらいに調べてみよっか」
「はい、そうしましょう。
危険な感じはしませんが、ひとまずはあまり近付かないようにしてください」
「うん、了解ー」
ルークとはそこで別れて、私はテレーゼさん用のベッドを運ぶことにした。
荷物も綺麗にまとめられていたし、それも一緒に運んであげようかな。
……一度でも怖くなった部屋には、もう入りたくないだろうしね。