テラーノベル
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夜は静かだった。
館の最上階。
スペクターの私室の前で、ノスフェラトゥは立ち尽くしている。
喉には――首輪。
自分で、つけた。
誰にも命令されていない。
それが一番、屈辱だった。
黒い革がやけに熱い。
何度も外そうと思った。
なのに気づけば、
指は勝手に金具を留めていた。
まるで身体が覚えているみたいに。
ノスフェラトゥは唇を噛む。
帰れ。
まだ間に合う。
理性はそう叫んでいる。
だが。
扉の向こうにいる“気配”を感じるだけで、胸の奥がざわつく。
……結局。
ノスフェラトゥは扉を開けた。
カチャ。
部屋の中は薄暗い。
蝋燭の火が揺れ、
赤いカーテンが夜風に揺れている。
そして。
スペクターはソファへ座っていた。
赤いシルクハット。
長い脚を組み、
まるで最初から来ると知っていたみたいに笑っている。
その手には。
細い黒い鎖。
首輪へ繋ぐためのリード。
金具が小さく揺れた。
ノスフェラトゥの背筋がぞくりと震える。
スペクターは微笑む。
「どうしたの?」
「……」
「して欲しい事があるなら」
赤い目が細くなる。
「自分で“おねだり”してごらん」
沈黙。
ノスフェラトゥは動けなかった。
喉が熱い。
声が出ない。
本当はわかっている。
何を求めてここへ来たのか。
撫でてほしい。
触れてほしい。
“許可”が欲しい。
そんな自分を認めたくなくて、
言葉だけが詰まる。
スペクターはそれを見ながら、くすりと笑った。
「言えない?」
「……っ」
耳がぺたりと伏せる。
悔しい。
完全に見透かされている。
スペクターはゆっくり立ち上がった。
コツ、コツ、と革靴が近づく。
そして。
後ろへ回る。
ノスフェラトゥの身体がびくりと強張った。
次の瞬間。
後ろで結ばれた黒髪を、ぐい、と軽く引っぱられる。
「ッ……!」
頭がわずかに後ろへ反る。
喉が晒される形。
そこには、自分でつけた首輪。
スペクターは耳元で低く囁いた。
「ほら」
熱い吐息。
ノスフェラトゥの肩が震える。
「ちゃんと言わなきゃ」
「……ぅ」
声にならない。
髪を引かれたまま、
逃げることもできずに立ち尽くす。
スペクターはさらに髪を指へ絡めた。
「自分から来たのに?」
「……」
「首輪までつけて」
その言葉だけで、
ノスフェラトゥの顔が熱くなる。
全部事実だった。
否定できない。
スペクターは喉元の首輪を指先で撫でる。
カチ、と金具が鳴った。
その音だけで、
ノスフェラトゥの呼吸が乱れる。
「かわいいね」
「や、め……」
「なら帰る?」
その瞬間。
ノスフェラトゥの指が、反射的にスペクターの袖を掴んだ。
沈黙。
スペクターが笑う。
「……帰りたくないんだ」
ノスフェラトゥは唇を噛む。
悔しい。
なのに離せない。
スペクターは満足そうに細めた目で見下ろしながら、鎖の金具をゆっくり持ち上げた。
しゃらり、と小さな音。
「いい子」
「じゃあ、もう少し素直になろうか」
その声に。
ノスフェラトゥの耳は、完全に伏せきっていた。
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