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ねむ
「まず始めにバルカム司祭が残した手紙についてだ。発見時の状況……そして、筆跡が本人のものであるということから彼の遺書であるとされていたんだが……」
レオンは件の手紙をテーブルの上に置いた。封筒の中から便箋を取り出し、それぞれを並べて配置する。
「この遺書には不自然なところがいくつもある。上手く言葉にできなくて困っていたが、ルーイ先生が見事に解明して下さったよ」
テーブルの上の遺書をまじまじと眺めてみた。最初に見た時と同じで封筒と便箋におかしな所はないと思う。どちらもよくある無地の白色で……
「あっ……」
「どうしたの、姫さん」
「色が違います」
封筒と便箋……ふたつを見比べていて気付いた。どちらも白色であることは間違いないけど、便箋の方は少し黄色味がかっていて表面に細かいシワがいくつもある。封筒と比較して紙が痛んでいるような気がした。それに、一般的な便箋よりもずいぶんサイズが小さい。文章にばかり気を取られていて気付かなかった。まるで必要な部分だけを切り取ったかのような……
「まさか……」
「クレハも分かったみたいだね」
ルーイ様はテーブルの上に置かれた手紙を手に取ると、レオンに代わって説明を始めた。
「この手紙……バルカム司祭が書いたというのは間違いないけど、本来は遺書として書かれたものではない。そもそも手紙ですらもないんだ。封筒と便箋の質感や色が異なるのはそれが理由だ」
「つまり、全く関係ない文章を遺書に見せかけていたってことですか?」
「そう。みんなこの遺書を初めて読んだ時に文面に違和感を持っていたね。でも遺書に正解なんてないし、死んだのは神に仕える神官。最期の言葉が女神に宛てたものでもそう不思議ではない。自殺する直前という極限の精神状態で残したものに整合性を求めるのも野暮。そんな理由で納得させられてしまった」
ルーイ様がこの遺書を読んだ時に感じたのは違和感だけではなく、どこかで見たことがあるという既視感だったそうだ。封筒と便箋のちぐはぐさに気付いたことで、この文が遺書ではないと確信を得たという。
「どこで見たんだろうって必死に考えたよ。俺、一度忘れちゃうと大抵思い出さないからさぁ」
「結構忘れっぽいですもんね、ルーイ様」
「そうなのよ。でもみんなのために頑張って思い出したよ。それで、急いでレオンに確認して貰ったってわけ。はい、割り込んでごめんね。後よろしく」
ルーイ様は話の続きをレオンに促した。あの時レオンは何を調べるように言われたのだろうか。ルーイ様の意図を汲み取り、レオンは説明を再開させた。
「みんな、これを見てくれ」
レオンが懐から取り出したのは四つ折りにされた一枚の紙。それを広げながら司祭の遺書と並べてテーブルの上に置いた。紙には文字が書かれており、私たちは慎重に目を通していく。そこに記されている文章の意味を理解した瞬間、私は声をあげてしまった。
「レオン、これって……」
「驚いた……これは、懺悔室に貼ってあった張り紙じゃないですか」
レナードさんが紙切れの正体を口にしてくれた。そうだ。私たちはこの紙を見たことがある。しかも、ほんの数日前に……
リアン大聖堂の調査中、マードック司教様の計らいで懺悔室の中を見学させて貰えることになった。司教様はルーイ様と一緒に聴罪の再現まで行ってくれたのだ。
張り紙は信徒が入る側の部屋に掲示されていた。懺悔室を初めて利用する人が焦らないようにと、簡単な流れが記されている。言わば手順書だ。ルーイ様もそれを見ながら悩みを打ち明ける信徒の演技をしていたのだった。
特におかしな事は書かれていなかったし、ルーイ様の告白内容の方に気を取られて存在をすっかり忘れていた。しかし今、改めてこの張り紙の文章を読んだ私たちは、あることに気付かされてしまったのだ。
「張り紙のこの部分……遺書に書かれてた内容と殆ど一緒じゃん」
ルイスさんが指摘した箇所は、張り紙の冒頭に書かれている言葉だった。
『神に心を開き、あなたの罪を告白して下さい。心から悔い改め祈りを唱えよ。神の豊かな憐れみにより罪は赦される』
微妙に言い回しが違うだけで内容はほぼ同じだった。張り紙の方はこの後にも文章が続いていて、一番最後に懺悔室の開放時間の案内……そして、ひとりあたりの所要時間の目安なども書かれていた。
「レナードの言う通り、この張り紙は現在聖堂の懺悔室に掲示してあるものだ。ここに書かれている内容の一部が、司祭の残した遺書と非常に似通っている」
「司祭の遺書が本来は遺書として書かれたものじゃないって言ってたよね。まさか、遺書の正体ってこの張り紙!? これを切り取って作られたってことなの?」
「で、でも……張り紙と遺書の筆跡は全く違いますよね」
素人目でみてもふたつの文字は全く似ていない。明らかに別人が書いたものであるのは一目瞭然だった。
「クレハー……切り取って遺書にしたなら、この張り紙が無傷でここにあるのはおかしいでしょ。つまり、いま現在懺悔室に貼られているこの張り紙は、司祭が書いたものじゃないよ」
「すり替えられたのですね。何者かが司祭の死因を偽装するために……」
「御名答。懺悔室に元からあった張り紙はバルカム司祭が書いたものだった。でも、何者かがそれを盗み、同じ内容を書いたものとすり替えたんだ。そして盗んだ司祭の張り紙から偽の遺書を作り出したんだよ」
「だから遺書の筆跡は司祭のものだと判断されたのか。そりゃ本人が書いたものなのだから当然だ」
「張り紙が変わっていると気付いてる者も少なそうだな。懺悔室を利用する信徒は皆思い悩んでいる者たちばかり……張り紙を誰が書いたかなんていちいち気にはしないだろう。文面が同じであれば尚のことだ」
司祭の遺書は懺悔室に貼られていた張り紙から作られたものだった。確かに該当の箇所は、そこだけ見れば神に宛てた言葉に見えなくもない。実際私たちも違和感を持ちつつも、司祭が書いた遺書であると納得しそうになっていたのだ。
私たちが懺悔室を訪れた時には、張り紙は既にすり替えられていた。一体誰がいつこんなことを……
「先生に調べるよう頼まれたのは、この張り紙についてだったんだ。作ったのも、すり替えた犯人も明らかになっている。シャロン・フェリス隊員、報告しろ」
「はい」
遺書の正体に皆が動揺している中、レオンがフェリスさんを呼んだ。今度は彼女が説明してくれるみたい。
犯人は分かっている……レオンのその言葉聞いて、私の心臓の鼓動が更に激しくなっていく。
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