朔の視点
階段下の収納から戻ってきたひなは、まるで違う人間になったようだった。彼女の瞳は、激しい怒りではなく、確信と切迫感に満ちていた。
俺は自分の部屋で、奪った鍵を握りしめたまま、美術の課題に取り組んでいるふりをしていた。
ひなが家に戻ってから、俺たちは一言も会話を交わしていない。
俺は、ひなの言葉、「あなたは、私が自分自身の光を見つける力を信じていない」という非難に打ちのめされていた。
コンコン、と扉がノックされた。
「おにいちゃん。話がある。大事な話よ」
俺は鍵をポケットに隠し、扉を開けた。ひなは部屋に入ると、すぐに扉を閉め、俺を真正面から見据えた。
「見つけたよ、おにいちゃん。『色が死んでいる場所』」
俺は思わず息を飲んだ。ひなは、俺が鍵を持っていることを知りながら、単独で捜索を続行していたのか。
「ひな、お前…」
「階段下の、使われていない収納スペース。あそこは、美佐子さんとお母さんのアトリエだった場所だ。そこに、『希望の小箱』の台座が置かれていた」
ひなの言葉は、確信に満ちていた。彼女が語る『色が死んだ場所』の描写は、美佐子さんが自分の夢を封印した場所として、完璧に符合した。
「台座には、鍵穴があった。おにいちゃんが持っている鍵が合うはず。けど、小箱自体はなかった」
ひなは、一枚のメモ書きを取り出した。
「そして、美佐子さんからのメッセージがあった」
ひなが読み上げる。
「サクへ。あなたが、『待つ優しさ』ではなく、『行動の優しさ』を選んだ時、鍵を使いなさい。ひなの光が最も必要とされる場所で、小箱はあなたたちを待っている。」
俺は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「美佐子さんが……全部知っていたのか?俺たちが鍵を持っていることも、俺とお前の間で意見が食い違っていることも……そして、俺が『待つ優しさ』を選んだことも」
ひなは、静かに頷いた。
「美佐子さんは、私たちが美佐子さんを裏切ることを恐れているわけじゃなかった。私たちが、お母さんの願いを果たす勇気を持てるか、試していたんだよ。そして、おにいちゃんが、私を信じて行動してくれるかを」
ひなの目に、涙が浮かんだ。しかし、それは悲しみの涙ではなく、強く俺に訴えかける光だった。
「おにいちゃん。美佐子さんは、私たちを信じてくれている。私たちに、鍵を使う『時』を選んでほしいんだ。もう、私を影の中に閉じ込めないで。鍵を返して」
俺は、ポケットの中の鍵の重みを強く感じた。それは、七年間抱えてきた俺の秘密主義、恐怖、そしてひなへの不信感の全てが詰まった重みだった。
俺は、ゆっくりと鍵を取り出し、ひなの手に渡した。
「陽姫……すまなかった。俺は、お前が正しかったことを知っている。俺は、怖かったんだ。何もかも壊れてしまうのが」
ひなは鍵を握りしめ、力強く頷いた。
「大丈夫だよ、おにいちゃん。私たちが二人一緒なら、何にも壊れない。だって、私たちは『月と太陽』なんだから。光と影が一緒になって、初めて色が生まれるんだよ」
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