コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
明くる日のこと。 宿を辞した一行は、当面の旧道からバスを乗り継ぎ、都市部のほうへ足を向けた。
都市とは言っても、その実態は盆地に無理なく築かれた中小都市で、どちらかと言うと都会へ通勤する人々が多く暮らすベッドタウンといった様相だろうか。
幹線道路はそれなりに整備が行き届き、交通量も多い。
しかし、どことなく斜陽を浴びたような物憂い景観というか。 常々 夕刻のようにぼんやりとした町並みの模様は、都会田舎というこの町の印象を有り体に表しているようだった。
とは言え、昨日までの“マジモン”に比べれば、これも立派な都市である。
目抜通りは人足(ひとあし)こそ少ないものの、様々な店屋が看板を掲げ、関心が止むことはない。
老舗(しにせ)を謳う菓子屋があれば、元祖と言い張る商店もある。
傷んだ青果物を平気で店先に並べる八百屋の隣には、盗品と思しき雑貨をあつかうバラエティストア。
鮮魚店の生簀(いけす)には、見たこともない怪魚がウヨウヨと詰め込まれていた。
それらに一喜一憂する女性陣とは対称的に、虎石の表情はどうにも曇りがちだった。
「ったくよぉ……」と、先から頻(しき)りに不平を唱え、足取りは重い。
寝不足が原因か、両目がやけに充血しており、都度(つど)ごとに鼻を啜(すす)っていた。
「マナーモードとかできんの?」
「携帯じゃねえよ」
これまでにも何度か相棒のリサイタルに付き合わされたことはあったが、昨夜のはヒドかった。
あれは男にでもフラれたか。 いや、それにしては妙にテンションが高かった。
「カヤさんは? いま」
「知らね。 寝てんだろ」
通りを抜け、のんびりとした住宅街をしばらく歩くと、途端に舗装のない地道に行き当たる。
ちょうど、この場所が市の境界線といった具合だろうか。 きっかりと色分けされた路面の模様は、むしろ国境など示しているかのように綿密な印象を受ける。
然(さ)して珍しいことではなく、“こっちはこっち、そっちはそっち”の風潮が現在では顕著だった。
それは造成の段階からきちんと取り決めがなされ、余計なことはしない・されないという約定が、こうした土地柄ではたびたび締結されているようだった。
「パスポートでも用意すりゃいいよ。 そのほうがすっきりすんのにね?」
「私持ってるよ! 曾々おじいちゃんのだけど」
「それ意味あんの?」
もちろん、人や貨物の行き来については自由であり、特に制約を受けるものではない。
そんな、ある意味では大雑把でいい加減な姿勢を見ると、どうにも複雑な心境に陥(おちい)ってしまうのは、単に感傷だろうか。
「あ、でもダメだ。 私、ってかウチの家系みんな写真うつり悪くってさぁ?」
「写真! いいね、みんなで撮ろうよ!」
変化が見られたのは何も路面だけではなく、町並みの様子も先までとは一変している。
通りに点在する家屋を見ても、ハウスメーカーによる垢抜けた端整はなく。 年季の入った木造平屋が主で、まるで昔ながらの旧街道にでも迷い込んだようだった。
もっとも、きちんと区画はされておらず、それぞれ思い思いの敷地を設けて構えるさまは、奔放な土地柄を絵に描いたような有様だった。