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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第79話:YAMAHAルーターと春の電波調整〜神獣の香箱座りと、ぽかぽか通信速度〜
厳しい冬の猛威が完全に鳴りを潜め、北海道の限界集落にも、のどかで暖かな春の陽射しが降り注いでいた。
縁側のガラス戸を全開にしても、吹き込んでくる風はもう冷たくない。
むしろ、雪解けの土の匂いと、芽吹き始めた木々の青々とした香りを運んでくる、最高に心地よい「天然のアロマ」となっていた。
「ふぁぁ……。なんだか、空気を吸ってるだけで眠くなってくるな」
俺は縁側に座り、温かいほうじ茶を啜りながら大きな欠伸をした。
「本当ですねぇ。お兄さんもシロちゃんたちも、みんなトロンとしてますよ」
隣では、薄手のカーディガンを羽織った小春ちゃんが、目を細めながら庭を眺めている。
俺の足元では、キタキツネの兄弟であるコン吉とコン次郎が、太陽の光を全身に浴びて「へそ天」の状態で爆睡していた。
厳しい大自然を生き抜く野生動物としての警戒心は、この限界集落の古民家においては完全に消失している。
ジンバルにセットされたスマホの画面では、今日も三百万人のリスナーが、この究極に怠惰で平和な光景を見守っていた。
『平和すぎる……』
『春の陽気が画面越しに伝わってくるわ』
『キツネが腹見せて寝てるとか、もはや実家で飼ってる犬ww』
『主もすっかり毒の抜けた顔しやがってww』
『ブラック企業で死んだ魚の目をしてた頃が懐かしいな!』
コメント欄も、春の陽気にあてられたように、どこまでも穏やかでピースフルな空気に包まれている。
だが、俺は元・陸上自衛隊需品科として、この平和な時間だからこそやらなければならない任務があった。
「よし。のんびりするのもいいが、今日は重要な『春季メンテナンス』を決行するぞ」
俺は立ち上がり、居間の隅に鎮座する黒い機材の前にしゃがみ込んだ。
我が限界集落の生命線であり、世界中の三百万人のリスナーと俺を繋ぐ最強の通信インフラ。
マイナス二十度の極寒と猛吹雪を、一度の切断もなく乗り切った歴戦の勇士――YAMAHAの業務用ルーター『NVR700W』である。
「冬の間はシロの『適温25度の絶対防壁』に守られていたとはいえ、結露やホコリによるダメージが蓄積している可能性がある。有事(通信障害)を未然に防ぐための、完璧な予防保全(PM)を行う」
俺はエアダスターと無水エタノールを用意し、ケーブル類の接点や排熱スリットの清掃を慎重に開始した。
『出た! 主のガチすぎるネットワーク管理ww』
『需品科の血が騒いでるな』
『YAMAHAルーターへの絶対的な信頼感すき』
『冬の間、あのルーターだけは本当に最強だったからな……』
配線を一本一本確認し、ホコリを飛ばし、ファームウェアのアップデート状況を確認する。
完璧なルーティンワーク。
だが、その作業の仕上げに入ろうとした時だった。
『ミャウ』
それまで俺の膝の上で液体のようにとろけていた神獣シロが、不意に立ち上がった。
そして、トコトコと歩み寄ると、俺が綺麗に磨き上げたばかりのYAMAHAルーターの天板の上に、よっこいしょと飛び乗ったのだ。
「あ、おいシロ! 今メンテナンス中だぞ。それに、冬と違って今は暖かいんだから、排熱口を塞ぐと機材の温度が――」
俺が慌てて制止しようとした、その瞬間だった。
シロはルーターの天板の上で、前足を器用に胸の下へ折りたたみ、完璧なフォルムの『香箱座り』をキメた。
そして、心地よさそうに目を閉じ、「ゴロゴロ……」と喉を鳴らし始めたのである。
――ポワァァァァァァァァン……。
シロの純白の毛並みから、春の木漏れ日のような、淡い黄金色のオーラがふわりと立ち昇った。
そのオーラはルーター全体を優しく包み込み、アンテナの先から目に見えない波紋となって空間へと広がっていく。
ジジ……ピピピッ!
「……ん?」
俺のノートパソコンの画面に表示されていた、ルーターの管理画面の数値が、突然あり得ない挙動を示した。
『CPU使用率:0.001%』
『メモリ使用率:0.001%』
『筐体温度:絶対適温(25.0℃)固定』
「な、なんだこの異常な安定感は……! 冷却ファンが回っていないのに、排熱処理が完璧に行われているだと!?」
驚く俺をよそに、今度は通信速度測定ソフト(Ping)の数値が、バグったように跳ね上がった。
『Ping: 0.00000000001 ms』
『Packet Loss: -100%(パケットが送信前に到達)』
「お兄さん!? なんか配信の画質が、突然とんでもなく綺麗になりましたよ!? 私のスマホの画面越しなのに、お兄さんの毛穴の奥まで立体的に見えます!!」
小春ちゃんがスマホを握りしめながら絶叫する。
チャット欄のコメントの流れる速度が、光速を超えた。
『うおおおおおおお!! 画質が! 8Kを超えたぞ!!』
『ラグが完全に消滅したwww』
『シロ様がルーターの上に座った瞬間、通信がバグった!!』
『出た! 神獣の量子ルーター化(春季エディション)!!』
『ゴロゴロ音がそのまま光回線のブーストになってるww』
三百万人のリスナーが通信の奇跡に狂喜乱舞する中、画面の中央に、極彩色のMeTubeギフトが次々と固定され始めた。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”A miracle of Spring! My high-frequency trading servers are crying tears of joy at this zero-latency!“(春の奇跡だ! このゼロ遅延に、私の超高速取引サーバーが嬉し泣きしているぞ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”The holy cat’s loaf position is the ultimate network optimizer! I will buy 100 YAMAHA routers right now!“(神猫の香箱座りこそ究極のネットワーク最適化だ! 今すぐYAMAHAのルーターを100台買う!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×3連発)=”Master! The stream is so clear I can smell the spring breeze!“(主よ! 配信がクリアすぎて、春の風の匂いまで嗅げるわ!)』
世界中のVIPたちの金融サーバーすら凌駕する、圧倒的な神獣通信網(ゴロゴロ・ネットワーク)の完成である。
「……シロちゃん、すごい……。ルーターの上で丸くなってるだけで、電波が世界最強になっちゃった……」
小春ちゃんが、神々しいオーラを放つシロに手を合わせている。
だが。
俺は、ノートパソコンの異常な数値をそっと閉じ、元社畜としての鋼のメンタルを総動員して、極めて冷静なフラットボイスでカメラに語りかけた。
「……世界中の皆さま。感動しているところ申し訳ありませんが、落ち着いてください」
『出たァァァァァ!!!』
『主の限界言い訳タイム・春の電波調整編ww』
『さあ、この神獣量子通信をどうやって物理法則に落とし込む気だww』
『待ってましたと言わんばかりの真顔ww』
俺は、キリッとした表情で、淀みない口調で言い放った。
「これは魔法でも奇跡でもありません。春の陽気によって大気中の水分量が適度に保たれ、電波の直進性が向上する『ラジオダクト現象』が発生したのです。さらに、シロがルーターの上で香箱座りをすることで、彼女の体毛がパラボラアンテナの反射器(リフレクター)の役割を果たし、指向性が極限まで高まっただけです。ええ、ただの気象条件とアンテナ工学の融合ですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、持っていた春キャベツを危うく投げつけそうになりながら、渾身のツッコミを見舞った。
「猫の毛がパラボラアンテナの反射器になるわけないでしょ!! どう見たってシロちゃんのゴロゴロ音がルーターと謎の共鳴をして、量子レベルで通信速度をブーストしてるんでしょうが!! 素直にシロちゃんのオーラを認めなさいよ!!」
『小春ちゃんの完璧な正論パンチ炸裂ww』
『ラジオダクト現象(Ping値0.00000000001 ms)』
『香箱座り=パラボラアンテナ説ww』
『適応力バグおじさん、ついにアンテナ工学まで歪め始める』
『物理法則をねじ曲げる男の言い訳ww』
俺の理不尽極まりない通信工学(?)な言い訳と、小春ちゃんの鋭すぎるツッコミに、三百万人の視聴者たちは大爆笑の渦に包まれた。
『ミャウ(通信の最適化、完了よ)』
ルーターの上で香箱座りをキメたシロが、俺の顔を見て満足げに喉を鳴らす。
その横では、太陽の光を浴びたコン吉とコン次郎が、気持ちよさそうに寝返りを打っていた。
「……まぁ、理由はどうあれ。これで春の配信環境も万全だな」
俺は苦笑いしながら、シロの純白の頭を撫で、温かいほうじ茶のおかわりを淹れた。
春の陽光が差し込む限界集落の古民家。
そこには、大企業がどれだけ予算を注ぎ込んでも決して構築できない、最高にバグっていて、世界で一番温かい『もふもふネットワーク』が、今日も完璧な安定稼働を続けているのだった。
コメント
1件
あーもう、今回も最高だったわ…! シロちゃんがルーターの上で香箱座りした瞬間のPing値0.00000000001msとか、パケットが送信前に到達ってどういうことよww 完全に物理法則がもふもふに敗北してるやん。しかもそれを「ラジオダクト現象とアンテナ工学の融合です」って真顔で解説するお兄さん、好きすぎる。小春ちゃんの春キャベツ投げそうなツッコミも毎回ナイス。ドバイの石油王が高頻度取引サーバーで泣いてるとこ、想像したら草生えた。このゆるふわ最強ネットワーク、ずっと見ていたいわ~