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幸福寺に到着したのは当初の予定であった夕食前どころか、結局前回フューチャー神を連れて来た時と変わらぬ、夜十時を越えていたのであった。
「ふう、ただいまー」
「お邪魔ー」
いつも通り庫裏(くり)の玄関で言ったコユキの声が終わらぬ内に善悪がドタドタ走って来る足音が響いた。
「お帰りでござる、そしてデスティニー君いらっしゃい、んで〇ンボット3は? 手に入れて来たのでござろうな? おい、さっさと答えろよ、このデブ! 遅いから心配したのでござるよっ! ザンボ〇ト3のっ! 馬鹿っ! で、ござるっ!」
酷いなこりゃ……
散々な言い様にも拘(かかわ)らず、当のコユキは怒るでもなく淡々とした態度で、手に提げたホビーショップの袋から件(くだん)のロボット、いいやオモチャを取り出して善悪に渡しながら言ったのである。
「はいはい、ちゃんと見つけて来たわよ、これでしょ? そんで結城さんに骨折って貰ってご本人からサイン貰って来てあげたんだからね! 感謝して大切にしなさいよ、アタシの事」
「うほぉ! これは最高の状態の逸品ではござらぬかぁ! むふふふ、そうでござるかぁー結城氏にねー、なるほど、その手が有ったのでござるなー、確(しっか)りサインも書いて貰って…………」
サインを一瞥(いちべつ)した瞬間黙りこくってしまった善悪にコユキが話し掛けた。
「どうしたの善悪? 嬉しすぎて失語症にでもなっちゃったのん?」
「いや…… 誰でござる? この、『平・井・良二』さんて……」
呟いた善悪にコユキが答える、納得した顔つきであった。
「ああ、平井じゃなかったっけ? 何だったか、ああ平山かっ! 書き間違えっちゃったわ、後で直してあげるわよ、心配しなくて良いわよ」
「はっ? 書き間違え、に、後で直す、って何?」
馬鹿の子みたいにポカンとした顔で問い返す善悪にコユキは胸を張り捲って答えたのであった。
「ふふん、結城さんから頼んで貰ったんだけどさ、どうしても昔の苗字じゃなくて今の『藤原』でしかサインして貰えなかったそうなのよ! そこで結城さんのオフィスにお邪魔させて貰ってさ、アタシが無水アルコールで消して書き直してあげたって訳よ! 平山を平井って書き間違えっちゃったけどアンタも持ってんでしょ? 無水エタノールとかさ、ご飯食べたらやってあげるわね! どう、嬉しい?」
「えっ…… それってサインの意味無いんじゃ…… だったら藤原名義のサインの方が……」
「何よ! アンタが言ったんじゃないの! 藤原名義じゃダメだってさ! それに良く見て見なさいよ! ファーストネームの『良二』の文字! アンタが持ってた『平山』名義の字と全然違ってるでしょうがっ! 元々が偽物だったって事よ! こちとらアンタが喜ぶと思って頑張ってやったってのに気分を害されたわ! もう、好きにしなさいよっ! さあ行きましょデスティニーさん、ご飯よご飯! 付き合ってらんないわぁ! 信じられないっ!」
「は、はあ、お邪魔っす」
言い返す言葉も無くプルプル震え続ける善悪を置き去りにしたコユキ。
その夜、善悪は自室でコユキの書いた『平井』の文字を奇麗に消して、不思議なサイン、『良二 善悪さんへ』を見ながら独り深い溜息を吐き続けるのであった。