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雨の音が、古いアパートの窓を細かく叩いていた。
ファントムは、その音を聞きながらソファに寝転んでいた。
スマホには通知が大量に並んでいる。
――おはよう
――今どこ
――返事して
――既読つけて
――愛してる
――なんで無視するの?
全部、サイコからだった。
ファントムはため息をつく。
「……人間って、面倒だな」
元々、人に興味なんてなかった。
感情も薄い。怒りも喜びも、他人より鈍い。
なのにサイコだけは、異様に執着してきた。
最初はただのストーカーだった。
学校帰り、電車、コンビニ、家の前。
気づけばいつもサイコがいる。
怖いとは思わなかった。
むしろ「暇なんだな」くらいだった。
けれどサイコは、そんな無反応なファントムに夢中になった。
「君だけは特別なんだ」
そう言って笑うサイコは、嬉しそうだった。
だから付き合った。
特に理由はない。断る理由もなかったからだ。
しかし付き合ってから、少しずつ何かが変わっていった。
最初は軽く肩を押される程度だった。
「なんで反応しないの?」
次は腕を掴まれた。
「俺だけ見ろよ」
その次は、殴られた。
サイコは怒っていた。
ファントムが怒らないから。
泣かないから。
抵抗しないから。
「お前、人形みたいで気持ち悪い」
サイコはそう言いながら、何度も暴言を吐いた。
なのに次の瞬間には抱きしめてくる。
「でも好き。誰より好き」
矛盾していた。
ファントムには理解できなかった。
ある夜。
サイコは静かだった。
異様なくらい静かで、優しかった。
「ねえファントム」
「何」
「俺のこと、ちゃんと怖い?」
「別に」
その瞬間、サイコの目が変わった。
細い指が、ファントムの首に触れる。
最初は軽かった。
けれど少しずつ力が強くなる。
呼吸が苦しい。
視界がぼやける。
それでもファントムは、しばらく何も感じなかった。
――なのに。
突然、胸の奥が凍った。
(待って……そういうの、怖すぎる……!)
初めてだった。
本物の恐怖を感じたのは。
頭の中に、意味のわからない映像が流れる。
壊れた部屋。
血ではなく、真っ黒な影。
泣きながら笑うサイコ。
人の形をしていない何か。
まるで“サイコだったもの”。
走馬灯みたいだった。
ファントムの目から涙が落ちた。
サイコは息を飲む。
そして、嬉しそうに笑った。
「……やっとだ」
その笑顔を最後に、ファントムの意識は途切れた。
翌朝。
ファントムは首に残る痛みを触りながら言った。
「別れよう」
サイコの顔色が変わる。
「は?」
「もう会いたくない」
「なんで?」
「夢を見た」
ファントムはぼんやりと窓を見る。
「あれがお前の最後なら、嫌だと思った」
サイコは必死に笑った。
「夢だよ、そんなの。ただの夢」
「……」
「俺たち、まだやり直せるよな?」
ファントムは黙った。
その沈黙を、サイコは肯定だと思った。
だから別れなかった。
けれど、それからサイコはさらにおかしくなっていく。
「結婚しよう」
「子供欲しい」
「ずっと一緒にいよう」
無理だった。
二人とも男だった。
それでもサイコは本気だった。
現実より、“永遠”を信じていた。
そして暴力は日常になった。
蹴られるたびに、ファントムは思う。
――痛い。
前までは感じなかったのに。
感情が増えていく。
恐怖。
痛み。
悲しみ。
人間らしいものが、傷と一緒に増えていく。
ある日。
サイコは後ろからファントムを抱きしめた。
妙に優しい声だった。
「なあ、ファントム」
「……何」
「俺、お前を愛してるよ」
その言葉に、少しだけ昔を思い出す。
昔のサイコは、
「君を愛することが好き」
と言っていた。
けれど今は違う。
サイコはファントムの肩に顔を埋め、静かに笑った。
「お前を傷つけるところが、一番好き」
ファントムの背筋が冷えた。
壊れている。
ずっと前から。
でも今、ようやく理解した。
サイコは“愛していた”んじゃない。
壊したかったのだ。
誰にも理解されない存在を。
誰にも興味を持たない怪物を。
自分だけのものにするために。
ファントムは初めて、自分の心臓の音を聞いた。
怖かった。
そして同時に、悲しかった。
人間に興味なんてなかったはずなのに。
どうしてこんなに、胸が痛むのだろう。