side motoki(17)
自分でもどうしてだったのかわからない。
初めて会った、それも大人の見ず知らずの他人に、若井のことを話した。
「俺、若井がいてくれるから。バンド続けてられるんだって思ってる。大切な人なんだ」
彼は、俺の顔をじっと見つめて、話に耳を傾けてくれた。
「そっか、元貴…君はその、若井って子のこと、凄い信頼してんだね」
そんなことを言いながら、時折寂しそうな表情をする彼が、何故かとても気になってしまった。
このまま、別れたくない。何故だかそんな気持ちになってしまう。
「お兄さん、ギタリストって言ったよね。今日は練習、独り?」
顔を覗き込んで訊ねると、彼は少し俯き気味に床を見つめ、その薄い唇を噛み締める。
なんだろう、若井が何か言えないことがある時に無意識に見せる表情と重なってしまった。
「うん、まぁ…そ、んな感じ」
口調も同じで、本当に若井と話しているんじゃないかって錯覚してしまう。でも、若井ではない彼は一体何者なんだろうか。
「じゃあさ、なんでギター持ってないの」
ギタリストなら、ギター持参せずスタジオなんて借りない。
「それは」
言いかけて彼は口をつぐんだ。
何か訳アリなんだろうなってことはわかった。
「お兄さん、これから時間ある?」
どうしてもこのまま、彼と別れることができなくて、俺はそう口走る。
「時間は、あるけど。どうして」
「なんか、お兄さんのこと、気になっちゃった。ね、時間あるならこれからどっか行こうよ。携帯持ってる?」
そう訊ねると、彼はポケットを探り、眉を顰めた。
「あ…携帯と財布、忘れちゃって。でも現金ならちょっとは持ってる」
財布も忘れてスタジオってどうなのよとは思ってしまったけど、彼はジーンズのポケットから折り畳まれた万札を何枚か取り出した。
こんな大金、ポケットに突っ込むか普通。
ちょっと神経を疑ってしまったけれど、まぁ無一文よりはましだ。
「じゃあ、俺とデートしよ! ね? せっかく出会えたんだし! お兄さんのこと、もっと知りたい。いいでしょう」
バイト中の若井に心の中で謝りながら、俺は彼に提案する。
彼は目を見開いていたけれど、にっこりと微笑んで頷いた。
side wakai(28)
元貴は嬉しそうに、俺(とは言っても17歳のだけれど)のことを見ず知らずである大人の俺に話している。
ああ、もう。
当時の俺ってめっちゃ幸せもんじゃん。
ああ、愛されてたんだなぁ俺。
そう思ったら急に胸がぎゅうっとなった。
寂しい気持ちと、恋しい気持ちが押し寄せてくる。
「お兄さん、時間あるならどっか行こ?」
携帯は? お金は? 矢継ぎ早にそう促されて。俺はポケットに手を突っ込む。
あ、そうだ。俺、トイレに行くって言って出ていったんだよ。
だから当然机の上に携帯は置いたまま。勿論、財布はいつものトートバッグに入れたままだから当然ない。
でも。
代引きで宅配が来るってわかってたから、ポケットに万札入れてたはず。
そう思いながらジーンズの尻ポケットを探るとでてきた。
「現金ならあるよ」
そう言って万札を出す。
あ、ちょっと不審な表情。
そりゃそうだよな、高校生に取っちゃ大金なんだから。それをポケットに入れたままって普通はしない。
そんな怪しさ100%の俺の手を、17歳の元貴は嬉しそうに握る。
そして。
「お兄さん、俺とデートしよ」
そんなことを言うもんだから、俺は年甲斐もなく心躍ってしまった。
デートらしいデートすら、最近は出来ていない。元貴が外に出るだけで目が刺すから、どこかに出かけたいとも出かけようとも言えなかった。
だから、純粋に嬉しくもあって。
17歳の俺には本当に悪いな、とは思いながらも。
元貴に手を引かれて、行動を共にしたのだ。
最初は、元 貴が大好きなイタリアン系のファミレスで腹ごしらえをした。
ああ、確か昔よく行ったところだなぁなんて思いながら、向かい合って座る。
貧乏学生でも腹一杯食べられるメニューに懐かしさで堪らなくなった。
ああでもない、こうでもないって言いながら。
ライブのセットリストやらを考えたことがあったなって思う。
「お兄さん、こんなこと言ったら失礼かも知んないけど」
ドリンクバーでコーラのお代わりを注いできた元貴が、俺の顔をじっと見つめた。
「なに?」
「お兄さん、若井に似てるんだ」
ふとした仕草も、喋り方も、笑い方もみんな。
そう言いながら顔を赤らめる元貴(17)に、俺は胸が痛くなった。
若井だよ、俺、若井滉斗なんだよ。
そう言い出してしまいたくなる気持ちをぐっと堪えながら、俺は平静を装う。
「へぇ、そんなに似てるの? 若井って子に、俺が?」
震えてしまいそうな声。ダメだ、しらを切り通さないと、バレてしまったら大変なことになりそうな、そんな気がした。
そんな俺の懸念をよそに、元貴ははにかみながら話しを続ける。
「お兄さんには、なんか、話せてしまうんだよね。何でかな。俺、さっき幼馴染だって言ったけど、本当は若井とその…なんていうか、付き合ってて」
「恋人、ってこと?」
そう訊ねると、元貴は頷いた。
「俺を一番理解してくれて、俺の我儘を一番に聞いてくれるんだ。若井は、俺のために何でもしちゃうんだよ」
それがなんか、ちょっと、危うくてさ。
そう言う元貴はため息をついた。
「若井は、他の友達がいなくなっても、俺がいればいいって言っちゃう子なんだよね」
本当に、それでいいのかなって思ってしまうことがあるんだ。
まさか。
あの頃の元貴がそんなことを考えていたなんて。当時の俺は全く気が付いていなかった。
「俺、若井を縛りつけてしまってんじゃないかなって思っちゃうこと、あるんだよね」
あいつには、あいつの別の人生があったんじゃないかって。本当に、俺の夢に付き合わせて良かったのかなって。
そう弱音を吐きはじめる元貴は、本当に幼くて。
ああ、この幼さであいつは、俺たちの人生を背負っていたんだって思い知ってしまう。
「そんなことないよ! 元貴が好きだから、一緒にいるんだって」
涙が溢れ出てしまった。元貴の声を遮るようにそう口走ってしまい、慌てて口を押さえる。
「お兄さん? なんでおにーさんがそんなこと言い切れ…」
「ごめん、いや、でも。そんな気に負うことじゃないよ。君がどんだけ頑張ってるか、若井滉斗はわかってるし、そんな君だからこそついていきたいって思ってるはずだから」
ああもう藪蛇すぎる。なんで俺ってこうなっちゃうんだろ。
大人になっても変わらない自分の馬鹿さに自己嫌悪しかない。
と、元貴が俺を刺すような目で見つめてくる。
なんだろう。なんかヤバいこと言ったのかな俺。
「お兄さん」
「な、何」
「なんで若井の名前知ってんの? 俺、若井、としか言ってないんだけど」
あ。
ヤバい。
しまった! つい勢いでフルネームを口走ってしまった俺、なんて馬鹿なんだ。
「えっとぉ、それはその」
「もしかしてお兄さんストーカーかなんか…」
違う、断じて違う! 俺を犯罪者にしないでくれ。
でもどう釈明していいかわからない。
これ以上どう嘘をつけばいいんだろう。
もうお手上げだった俺は、考えることをやめた。
「俺、若井滉斗なんだ…」
コメント
6件
ひゃー大変!!ついにカミングアウトした💙さん……本当にいばらママ物語の執筆がお上手すぎて尊敬です……続きが楽しみ🎶
続きが気になりすぎる‼️‼️‼️ 書くの難しそうな構成……すごいです……
色々と複雑な感情…… とりあえず二人とも可愛い。