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「……?」
「サキちゃんには傷つけられたなぁ……。オトシマエつけてもらおーかな」
「!?」
なになにオトシマエって!?
思わず身構えると、山梨さんが親指で右側を指した。
視線を辿ると、そこは客船ターミナルの向こう側。
「あの船。あの船がどっか遠く行って、見えなくなるまで、俺に付き合ってーや」
(あの船……って)
もしかして、アヤさんが乗る船のこと?
それがどこか行くまで付き合ってって―――。
「これから予定あるん?」
「……えっ? いえっ」
「そうやんな、こんなとこまでつけてくるぐらいやしなぁ」
「は……ははっ」
「じゃあ決まりや。とりあえず移動しよか。近くに海が見える公園あるから、乗って」
「!!」
山梨さんの視線の先には、真っ黒な山梨カー。
えっ、じゃあ私、山梨さんの車の助手席に乗せてもらえるんですかっ!?
(きゃぁぁぁ嬉しい!! って、でもそこ、さっきまでアヤさんがいた場所ではっ……!)
それはちょっと複雑っ。
だけど―――アヤさんの席に座れるってことは、山梨さんに近づけたはずっ!!
「お、お邪魔しますっ」
真っ黒の山梨カーの助手席は、やっぱり真っ黒でシックでオシャレ!
(すごいカッコいいー!)
革ばりのシートも、ふわっとするタバコの匂いも、オトナって感じ!
もうもう、山梨さんどこまでもカッコイイっ!!
くらくらしながらシートベルトを締めると、運転席に座った山梨さんがちらっとこちらを見る。
「ってかさぁ、俺の尾行始める前に、サキちゃんこの車見てなんも思わんかったん?」
「はいっ?」
車?
この車を見てって、なんのこと?
山梨さんは私をじっと見ている。
車についての感想を言えってことかな?
「えっと、この車見た時は、すっごいまっ黒な車だな、ってのが第一印象で」
「そうやなぁ」
「窓もナンバープレートも黒だから、すっごく黒が好きな人なのかなって思いましたっ」
あっ……。
これ、車の感想というより、山梨さんが黒色が好きだって思った理由かもっ。
間違ったかも!と思ったら、山梨さんと目が合ったまま、一瞬間が流れた。
(あぁぁ、やっぱり違った!)
なんて言い直そう、と焦ったのと、山梨さんが吹き出したのは同時だった。
「……えっ?」
「はははははっ」
「わ、私、間違えました!?」
「いや……。そうやな。そうやわ。俺、黒は好きな色やねん」
「で、ですよねっ!」
よかったーっ、間違ってなかったっ!
山梨さんは笑いを逃せないようで、手の甲で口元を覆っている。
ん? やっぱり間違えた??
あぁぁでも、山梨さんのその顔、レアだな……。
そんな顔見てたら舞い上がっちゃうよ――――!
「じゃあ出発するな」
「はいっ」
あぁ、憧れの山梨カーの助手席……。
この乗り心地、見えた景色、一生忘れないっ!!
海の見える公園はほんとにすぐで、駐車場に車を停めて外へ出た。
(今にも雨が降り出しそうだな。折り畳み傘持っててよかったぁ)
雨が降ったら相合い傘できちゃうもんね!
狭い傘の中に肩を寄せ合うふたり……。
そして、肩を寄せ合ってるうちに、バチッと目が合って―――。
(き、きゃ―――っ!!)
そこからは皆さんご存知、お約束の展開!
予想外の告白か、突然のキスかは神のみぞ知るところだけど、私はどっちも心の準備オッケーですからっ!!
(雨よ降れーっ! 山梨さんとの距離を縮めたまえ―――っ!)
心の中で念じていたら、前を歩いていた山梨さんが後ろを振り返った。
(はっ!)
空へ向けようとしていた両手を慌ててひっこめる。
「サキちゃん~、今なんかしようとしてたやろ」
「い、いや、まだなにも……」
「“まだ”って、やっぱりなんかしようとしてたやん」
「はっ!」
ほんとだ、無意識に言っちゃった!
「もー、サキちゃんはなにするかわからんわ」
「はははっ」
もしかして、山梨さんの中で破天荒キャラって認識されちゃってる??
ちがうっ、私はオトナ女子ですっ、大人しくしなきゃっ。
呆れ気味に笑った山梨さんは、海に面したベンチに座る。
私も隣に座って客船を見つめるも、3分経っても5分経っても、山梨さんはなにも話さない。
(山梨さんが無言なのは初めてだ)
やっぱり傷心ってのは、ほんと……ってことだよね。
なにか話したほうがいいのかな?
でも私から話かけていいのかな?
(き、緊張してきた……。こういう時は、私のバイブル『恋色白書』を参考にしよう)
今の状況に似た展開はなんだったかな、ええと……。
その時、視線の先で客船がゆっくり動き出した。
「!」
ゆっくりゆっくり、波止場を離れて海へ出て行く。
だいぶ客船が遠くなったところで、ふいに山梨さんが言った。
「……アヤちゃん、あの船で同窓会があるねんて」
「そうなんですか」
それなら……同窓会で好きな人と再会するとかかな。
山梨さんにそれを伝えたとかなら、山梨さんショックだろうな……。
「さっき、ちょっと俺の友達に連絡してん。そしたらそいつも、偶然いとことあの船乗るって」
「えっ、それは偶然ですね」
「タイミングよすぎひん?」
「……へっ?」
「そいつ、普段船なんて乗らん奴やのに、今日に限ってたまたまやで? なんかもう、それで『あ―――』ってなって」
ん?? どういうこと?
山梨さんは海を向き、目を細めて言う。
「そいつ、アヤちゃんのこと、たぶん好きやねん」
………えっ!?
なに、どういうことですか!?
「言わんけど、アヤちゃんもたぶん、そいつが好きやと思うわ」
えっ、えっ、待ってなにそれっ!
山梨さんが失恋したていうのは、もしかしてこの状況でってこと!?
アヤさんが好きで、相手もアヤさんのことを好いているっぽい、山梨さんの友達――――……。
(って! えっ、あっ!! もしかしてっ)
前にクロリスの近くで見た、山梨さんとアヤさんの間に割り込んだ、超絶イケメンさんのこと!?
「まぁ、俺は初めからちょっと分が悪かってん。アヤちゃん見てたら、そいつのこと気にしてるのわかるし、そいつもそうやったし」
……思い出してきた!
あのイケメンさん、アヤさんとふたりになった時、ドキドキする雰囲気だった!
それ……山梨さん知ってたんだ!
「あっ、やっと見えなくなったか――」
船がついに沖へ出て、山梨さんは「は―――っ」と大きく伸びをしてこちらを見る。
「まぁ、だから“失恋”や」
(うっ……)
それは……。
ほんとにつらいやつじゃないですか。
なんて言っていいかわからないよ……。
でも山梨さんの気持ちを軽くしたい……っ。