「―――ふっ」
「! えっ?」
「サキちゃん、反応に困りすぎ」
「えっ、いやっ」
「なんか言ってほしいわけちゃうねん。俺、そいつ―――俺の友達のこと好きやし。そいつがアヤちゃんとうまくいくなら、まぁええかって思ってるし」
「! そ、そんなこと思えるなんて、山梨さんはすごいですっ」
もちろん友達だし、応援したいって気持ちもあるけど、でも“つらい”とか、“悲しい”とかが、私なら先にきちゃうよ。
応援しようっていうより、応援しなきゃって無理に思うと思うもん。
私だったらそんなすぐに消化できない……。
「おー、ありがとー。素直全開なサキちゃんに言われたら、ちょっと嬉しいわ」
「ほんとですっ、山梨さん優しいです」
「いや、俺は優しくはないでー」
軽い調子で言った山梨さんは、私と目を合わせず笑った。
そんなことないと言いかけた時、山梨さんが遠くを見ながら続ける。
「優しいやつは、楽、って理由で、一緒にいたいとは思わんやろうし」
「……?」
「あ、もちろんアヤちゃんの性格も気に入ってたけどな」
ポケットからタバコを出し、手の中でもてあそびながら山梨さんは続ける。
「夜の世界長いし、俺みたいなやつとの距離をわかってるし。そういうのが楽で、アヤちゃんがよかったってのも大きいから」
それは……どういうことだろう?
夜の世界が長いから、アヤさんがいいなって思ってたってこと?
(えっ、つまり)
付き合うなら、夜の世界の人がいいってこと、だよね。
それだったら寂しさや苦しさを埋めるのは―――ホステスってこと?
「……山梨さんっ」
「ん?」
「私、あれからクロリスにわりと出勤してるんです」
「そうなんや」
「山梨さんが来てくださった時より、ちょっとはうまくホステスできてると思います。これからも働こうって思ってますっ」
「そっかぁ。また行くなー」
「はいっ。……もっともっと頑張って、アヤさんのかわり、目指しますっ」
「……えっ」
タバコに火をつけかけていた山梨さんは、動きを止めてこちらを向いた。
「夜の嬢王になって、山梨さんが“いいな”って思ってくれる人になりますっ」
山梨さんは目を丸くして私を見つめる。
な、なんかすごく緊張してきた……。
でも……ひよっちゃだめ!
「ホステスって、悩みとか愚痴とか、聞いたりするじゃないですか。私、山梨さんの気持ちに寄り添いたいし、寄り添えるようになりますっ」
自分でも大きなことを言ってるって、わかってる。
でも、山梨さんの傍にいられるように、いいなって思ってもらえる人になりたいもん。
「……それ、ホステスとして、客の俺を癒すってことでええ?」
「はい! クロリスで待ってます!」
「それなら行ける時に行くわ」
「はいっ!」
やった! 山梨さん来てくれる!
マンガ『お水の花道』読み直して、イロハを勉強し直しておかなきゃ!
ひそかに拳を握りしめていると、山梨さんは弱った目で笑った。
「……サキちゃん見てたら、なけなしの良心が痛むわ」
「?」
「夜の嬢王になるのは応援するけど、俺のためにはええから」
えっ……。
今もしかして断られた?
驚いて山梨さんを見つめれば、なんとも言えない苦い笑いで私を見ている。
「ど、どうしてですか」
「だってサキちゃん、俺のこと好きやもん」
「!」
そっ、そうですけど!
だから、山梨さん好みの女になりたいと思ってるのに、どうしてそんな話になるんですか。
「めっちゃ『なんで!?』って顔やん」
「そりゃあ、そうですよ、そういう理由じゃ納得できないですっ」
「前も言ったけど、俺、サキちゃんとなら会えるけど、沙織ちゃんと付き合うとかは無理やねん」
「!!」
たしかに前も言われた。
それを二度言われたら、ほんとに無理だって念押しされたのと同じ。
「――――――………」
あの時もショックだったけど、今受けたショックはあの時の倍はある。
頭が真っ白だ……。
「キツイこと言ってるのはわかってる。やけど、サキちゃんは純粋やし、期待させるようなことするのは違うから」
山梨さんの声はまっすぐだ。
彼なりの理由だということは伝わってくるけど、私にとっては理由になんてならない。
「……私も夜の世界に詳しくなれば、また違いますか? 山梨さんのタイプになろうと思うし、なりたいです」
「俺がどうとかじゃなくて、サキちゃんはそのままでええよ」
だれかの色に染まらなくていい、という気持ちを山梨さんから感じる。
だけど……。
(……それって、私じゃダメってことですか)
やばい。ちょっと泣きそう。
優しく言われているのに、距離を取られているのも感じちゃう。
反論しかけて、頭の中では、『受け入れたほうが“オトナ女子”だろうな』と思った。
(でも)
物分かりのいいふりして断られるなら、オトナ女子じゃなくたって同じじゃないか。
このままなにも聞かずに「わかった」なんて言えないよ。
「今の私じゃ、ダメってことはわかりました。でも私、山梨さんに好いてもらいたいんです」
「サキちゃんのことダメなんて思ってないで。人として好きやし、いい性格やと思ってる」
「そういうんじゃなくて――――」
「俺と付き合いたいってこと?」
こちらではない遠くを見ながら、山梨さんが聞いた。
一瞬言葉に詰まる。
緊張で体が熱くなった。
でも……ひよっちゃダメ、沙織!
「はい」
言った後、急激に心臓の音が早くなる。
やばい、心臓がバクバクしてきた。
山梨さんは黙ったままだ。
こっちを見てくれない……。
(私、振られちゃうのかもしれない)
悲しいし、考えたらつらくて胸がぎゅうっと締め付けられる。
でも、理由を聞けないまま振られたくない……!
山梨さんが黙ったままの一秒が、とても長く感じた。
一秒、二秒、と沈黙が流れる。
息が詰まりそうになった時、ふいに山梨さんがこちらを向いた。
「!」
目が合った山梨さんは、すっと目尻を下げて笑った。
悟ったような、なにかを諦めたような目。
「俺の家、ヤクザやねん。だからサキちゃんとは付き合えん」
(――――え?)
今……、ヤクザって言った?
ヤクザって、あのヤクザ?
山梨さん、ヤクザなの??
「―――――――………」
そういえば、山梨さんの車、いかつい人が乗ってそうな車だ。
その時、子分に囲まれて黒塗りの車から降りてくるヤクザのボスが、頭にぱっと浮かぶ。
「山梨さん、もしかして組長なんですかっ!?」
「はっ? なんでそうなるん!」
窺うようにこちらの反応を見ていた山梨さんは、びっくりして声をあげた。
「だって、ヤクザって言うから―――」
「組長は親父。俺ちゃうで」
「じゃあ若旦那……」
「それはうちの兄貴」
「じゃあ山梨さんは」
「兄貴の補佐してる」
「そうなんですか!」
なるほど、そういう相関図なのね!
ヤクザといっても、詳しいことはわからない。
マンガのイメージしかないし、普段どういうことをしてるんだろうと思うと、まじまじ見てしまう。
対する山梨さんはといえば……困惑しているみたい?
「……あっ、すみません。見すぎましたっ」
「いや、ええねんけど」
わっ、その顔レアだっ。
困惑顔もかっこいいなんて、罪が重いよ山梨さんっ。
(って、あれ?)
ジロジロ見るのをやめても、戸惑った感じなのはなんでだろう?
私の反応、窺っているような?