テラーノベル
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ひっろまれっ……広まれっ……!加日……!この子たち似たもの同士なんです!かわいいと思うんです!
不器用なふたりの話。甘々注意です。
「あ、日本。」
油の切れたブリキ人形のように緩慢な動作で振り返ると、にこやかな笑みを浮かべたカナダさんが立っていた。
「こんにちは、カナダさん…。」
「お疲れさま。コーヒー?」
せっかくの昼休みにエアコンの効いたオフィスから人通りの少ないビルの隅の自販機コーナーまで逃げてきたというのに。
虚しく終わった努力に心中で咽び泣く。
こんなにあっさり見つかるのなら、堂々と社食に行けばよかった。
食べ逃した日替わりA定食が頭に浮かぶ。今日は塩鮭だったのに。
「はい。ブラックです。」
「へ〜。凄いね。僕、微糖でも飲めないや。」
カナダさんはミルクティーのボタンを押すと、僕の隣に腰を下ろした。
靴紐を結び直すフリをして、さりげなく距離を取る。
誤解してほしくないが、決して彼のことが嫌いなわけでも、気まずい仲なわけでもない。
カナダさんの出方を伺っていると、ほわほわとした笑みでスマホを見せられた。
「見て見て。これ、こないだ猫カフェ行ってきたんだよ〜。」
いくら人気がないとは言え、流石に隠れ場所のないここではいつものカナダさんでいてくれるようだ。
どんぐり眼のマンチカンと目が合い、存分に目尻を下げる。
「うわぁ…いいなぁ…かわいい……。」
「でしょでしょ?ここから徒歩20分くらいのとこにあったんだ〜。」
「へぇー!全然知りませんでした…。」
「それでね、日本。好きだよ。」
すっかり油断して週末の過ごし方を画策していると、カナダさんは突然爆弾を投下してきた。
「ひっ……!」
これが彼を避ける理由。
最近、カナダさんはふたりきりになると、好きだと繰り返すのだ。
僕の感想はただひとつ。
何これ怖い。
穏やかでひだまりのような暖かさで笑う彼は僕の貴重な癒し枠だったのだが、やはり英連邦の国。
何が目的なのかはわからないが、獲物を狙うような光を宿してハニートラップを仕掛けてくる。
それも、先月からずっと。
「…あ、あの……お気持ちはありがたく頂戴させて頂きますが……その……僕じゃカナダさんに釣り合わないというか…その……。」
「僕が釣り合わないことはあっても、それだけはないよ。」
するりと手を握られる。いつの間にか、とっていたはずの距離も詰められている。
「いえ、それこそそれだけはないと申しますか…」
「じゃあ単純に、僕のことが嫌いってこと?」
綺麗な両目の上の眉がふにゃりと垂れ下がる。
「滅相もございません……!」
振り解こうとした手にぎゅうぎゅうと力を込められる。
罪悪感を煽る表情とのダブルパンチで、おかしな口調に拍車がかかった。
「じゃあ僕のこと好き?」
ひっ、と上擦った声が漏れる。
ぐるぐると黒目を回しても、打ち出の小槌ではない僕の脳からは、何ひとつ妙案は出ない。
「にほーん、会議ー!」
哀れな僕に垂らされた一筋の蜘蛛の糸…もとい、お使いに出された韓国さんの声。
カナダさんはびくりと手を離した。
やはり誰かに悪どい交渉場面を見られたくはないらしい。
一気に手を引き抜き、距離を取る。
「あのっ、今コーヒーのお釣りしか手持ちがないんです、すみませんっ……!」
ポケットの120円を握らせて、その場から立ち去った。
***
前回のカナダさんがいつもより強引な気がして本能的な恐怖を感じた僕は、アメリカさんにひっついて回る、という戦法を編み出した。
「なんか日本、最近俺とくっつきたがるよな。」
ふわりと笑って、アメリカさんがカフェテーブルに肘をつく。
今の顔、カナダさんに似てる、と反射的に思ってしまい、とうとう頭の隙間にまで入り込んできた彼に、恐ろしさを感じた。
こうやって徐々に首を絞めて無茶な要求でもしてくるのだろうか。
「ははは……」
無邪気な笑みに良心が血を流す。
「…どうした?顔暗いぜ。悩みなら聞くぞ?」
何もないと言っても、何か吐くまで問い詰められるだけだが、あなたの兄弟にハニトラ喰らってます、なんて言えない。
迷った末、口を開いた。
「…アメリカさんって、羞恥心などはお持ちですか?」
「……嫌味か?」
違います、と慌てて手を振る。
「平常心の保ち方を教えてくださいって話です!」
「僕、すぐに顔が赤くなっちゃうので…。そういえばアメリカさんっていつも顔色変わらないなぁ…と。」
まぁな、とか自信満々な声が返ってくると思っていたが、意外にも、アメリカさんは気まずそうに頬をかいた。
「…あー……悪ぃな。実は俺、顔じゃなくて手だけ真っ赤になるんだよ。」
「えっ?」
試してみるか、とフィンドレスグローブを取る。
するりと手を握られた。
「日本。好きだ。」
いつも通りの勝気な上がり眉に、よく通る声。
透き通ったブルーアイズに射抜かれる。
「…ほんとだ!手だけ真っ赤!」
指摘され、手の甲が赤みを増した。
「…そうかよ。」
恥ずかしさを誤魔化すためだろうか。指先がぎゅっと絡みついてくる。
「ふふっ。なんか、かわいいですね。」
思わず笑みが漏れる。それが気に食わなかったのだろうか。
もっかい言わせろ、尖った唇が動いた。
「好きだっ!日本!」
ヤケを起こしたような声量。
「ふはっ、やっぱり真っ赤……!」
***
「あれ、日本。奇遇だね。」
「ひっ…!」
部屋に満ちたホコリっぽい空気を、穏やかな声が揺らす。
「きっ、奇遇ですね……。」
IT化の進んだ今日、最早博物館のようになってしまった資料室でカナダさんに出会おうが、彼が奇遇と言うのならそうなのだ。
必死にそう言い聞かせ、痙攣する唇の端を吊り上げる。
「何か取るの?手伝おうか?」
「もう済みましたので…っ。」
御札の如く資料を掲げる。
そっか、とふにゃりとカナダさんは笑った。
「じゃあ、好きだよ。日本。」
「ひっ…!?」
話題転換を示すはずの接続詞が全く働いていない。
何だ、『じゃあ』って。
跳ねた肩の勢いが手元に伝わり、バサバサと資料が飛び散ってしまった。
「すみませんっ!」
「あっ、ごめん…」
紙の束を集めようと屈む。カナダさんも手伝ってくれるようだ。
ここからどう逃げよう、とチラチラ観察していると、目が合ってしまった。
「…あのさ、日本…。…怖がらしてごめん。」
「すみません今何も持ってないんですこの資料も普通に流通してる商品の売れ行き推移のデータでっ」
「聞いて。」
手首を掴まれる。
「…日本は最近の僕のこと、どう思ってる?」
先日とは違い、僕でも簡単に振り解けてしまいそうな弱々しい力。
瞳には縋るような色が浮かんでいる。
「……変、だな…と。」
「……そりゃそうだよね……、いつもおとなしいやつが急にあんな陽動し始めたら……。」
う゛ぅ…と呻いて、カナダさんがガクリと首を垂れてしまった。
「……へっ……?」
晒されたうなじに、目が点になる。
バッ、とカナダさんが勢いよく顔を上げた。
「…日本?」
「…あ…その……首、真っ赤です……。」
カナダさんが気まずそうに首をかく。
その動作に、アメリカさんの言葉がよぎった。
「…ごめん……ほんとかっこ悪いなぁ、僕……。」
「いきなり好き好き言い出すし、変なとこだけ赤くなるし……。」
普段は見上げてばかりだったので気付かなかったが、もしかしたら、今までもずっと……
そこまで考えて、ぶわりと頬が熱くなった。
「えっと…聞いて、くれる?」
「その……はい…。」
内緒話のようなささやき声。
潤んだ琥珀が僕を捉える。
「好きだよ、日本。世界でいちばん、君を愛してる。」
(終)
コメント
6件
へっへっへ(( もう最高です 兄弟の血が繋がっているのもいいですねぇ(
ぐへへ…加日美味しいですよね… 米日も摂取できて最高です☺
やばばばばばばばば…か、かわいいっ…めちゃめちゃかわいいッ… 余裕そうに見えてすっごく頑張ってたんだ…カナダ…!! 日本、無意識のうちにカナダのこと考えてるし気づいてないだけで気になってるんじゃ… アメリカとカナダの共通点が、ちゃんと兄弟なんだな〜って思って微笑ましくなりました!どっちも変なところが赤くなっちゃうのかわ… 甘々はやっぱりいいですね💕 素晴らしい作品ありがとうございますたー!!