真白の部屋で、パイプ椅子に座る男は言った。
いや、”縛られる”と言った方が正しい。
「私は…至極真っ当な人生を歩んできました」
目に被る布の少し上の眉がハの字に下がる。
困ったような、そんな表情。
マイクをカチリ、カチリと2回鳴らせば、また男は口角を少し上げながら困ったように顔を下げた。
サラリと細かい髪が垂れる。
「警察官としt「誰が至極真っ当だ馬鹿野郎」」
ハリセンでパシッと勢い良く叩いてやる。
おっとと自我を取り戻し、急いで席へ戻る。
「いっ、たいなぁ〜何すんの〜?」
「まだ尋問中だぞー」
叩いたと同時に傾いた布から黒い瞳があらわになる。
しかし、それもすぐ長い前髪に隠されてしまう。
「だってさ…まずこの体制なに?そういうなんかのプレイなの?」
「好んでやってるわけじゃあない。いいから大人しく質問に答えることだな」
質問内容をボードに挟んだコピー用紙に書き込んでいく。
これが俺の今日の仕事。
「てかお前、これで何回目だと思ってるんだ?」
目の前の男はニコニコと笑う。もちろん、目元は見えないまま口角だけがあがっている。
…不気味だ。
「そりゃつまんないからね。現場を調査するのが警察の仕事でしょ?だから…」
「だからといってあちこち触って良いもんじゃあない鑑識課の仕事だ。指紋が付いたらどうする…」
「えぇ?だからちゃんと指紋付かないように手袋はめてるじゃんね?」
「あのなぁ…」
この男の言動には毎度のこと困らされる。
坂藤世理(ばんどういより)、26歳独身。
ラフな格好を好み警官らしくない、仕事以上の行動をする、興味関心が向くと誰も止められない。
上官から目を離すなと釘を刺される人物だ。
しかし今回の事情聴取には、彼へ業務放棄を問い詰めたいのではなく…
「…なぜ今回の事件解決が出来た?」
何かと物色することは少なくもなかったが、それら全て、決まって彼自身が的確に事件解決へと導いてしまう。
それを「おかしい」と判断した上官どもは彼が事を起こした張本人なのではないかという疑いをかけているのだ。
しかし彼は前日、
「解決出来たんだから良いじゃ〜ん。細かいこと気にしすぎるから上もハゲんだよ」
「こら、!」
「あはw能浦が怒った!こわぁ〜いw」
上官どもに対して良い考えは持っていないが、このような発言はどこで聞かれてるかも分からない署内で言うことじゃない。
…頭が痛い。
ため息が密室に篭る程になってきた。
空気が悪い。
「…とにかくだ。また今回のようなことがあればまたこの部屋だからな。存分に反省しろ」
「俺は能浦クンと話せるこの時間結構好きよ?」
前髪で表情が読み取れない。
また、自然とため息がひとつ。
「馬鹿なことを言う暇があるなら業務を行うことだな。巨大な山が3つも出来ていたが?」
最近の彼の業務机は書類の山だ。
「今年も桜雲時が来たね、能浦」
「…お前は」
白紙のついたボードから目を離す。
結局、俺は彼に流されてばかりらしい。
けれど聞きたいことは聞けないままで。
口が開かなかった。
「…本当、に、桜が好きだな?」
言葉がうまく出なかった。
「…別に、好きではないよ」
目が見えない。
けれど、彼は笑っていなかった。
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怪しげな路地に潜む2つの影。
壁に体重を預けしゃがみ込む小さな男がペラリと一枚の白い紙切れを声に出して読み上げる。
「能浦千晃、〇〇大学主席、現在警察官、25歳独身。…これで情報は全部か?」
帽子を深く被る男は、もう1人同じように壁に体重を預ける長身の男に目をやった。
その行動に男は小さく頷いた。
「あ、好きな物も聞きたい?」
「いらねぇ情報は金額を跳ねさせるだけだってことお前さんが1番分かってるだろうよ」
「…はいはいw」
身長の高い男は、冗談の通じない男だと心のうちで密かに嘲笑してやる。
楽しくない、面白くない、とも。
しゃがみ込んでいた男がスクリと立ち上がる。
「分かった。今夜、予定通りの時間に決行する。〇〇通りでまた落ち合わせよう」
紙切れをポケットにしまう男に「分かった〜」と呑気な声をあげる長身の男。
その態度に小さな男が少し睨みあげる。
「…お前さん、本当にいいのか?」
「ん?」
雪のように、双方の視界の端に桜が舞う。
「相手はお前さんの”仲間”だろ?少しは良心が痛まないのかって聞いてんだ」
「ん〜…」
真剣に悩む様子もなく、ただ沈黙が流れるのみ。
長身の男の首がカタリと揺れる。
「僕は”罪人”を抹殺するだけだから」
街灯に照らされる頬に血の気はなく、男はぎこちない笑みを薄く浮かべた。
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5時前、定時になると同時にアイツは仕事も成さずそそくさと急ぎ足で帰って行った。
また残業コースか…なんて重い頭で考えながらコピー機の画面を操作する。
1人、また1人と帰っていく。
残業するのが日課になってきた。
突如、視界が180度回転した。
気がつけば、気持ち悪い感覚と同時に少し柔らかい床にペタリと座り込んでいた。
何が起きた…?
「…あ、」
終わったコピー機を止めようと脚に力を入れるもすぐに抜けて崩れてしまう始末。
何がどうなっているか分からなかった。
「、とりあえずコピー機だけでも…」
なんとか踏ん張れる最大の力でコピー機の電源を切ることは出来たものの、体に負担がかかり過ぎたせいか盛大に転んでしまう。
力が入らないせいで受け身が取れず、左肩を痛めてしまった。
痛い…、
確か仮眠室があったはずだと業務室をあとに、這いながら目標を目指す。
最短ルートで、且つ的確なルートで。
仮眠室に到着する頃には、体に限界が来ていたのは明らか、限界を突破しボロボロと化した体は動かなくなっていた。
寝台の上になんとか体を置くも、それ以上は意思がどうであろうと言うことを聞かない。
このまま死ぬのかな、なんて思いながら、随分と重くなった瞼を閉じる。
__夢を見た。
幼少期、幼稚園に奇妙な子供がいた。
それは黒と黄色のなんとも珍しいもので、吸い込まれそうな程にぱっちりとしており最初は女かと思ったくらいだった。
子供ながらも、周りはそれを否定した。
嫌悪し、整う顔を嫉妬して、終いには暴力まで振るった子供もいた。
けれど皆”普通の子供”を信じ、彼を信じることは一度もなかった。
周りは否定しても、私はそれを否定することは出来ず、ただただ話しかけていた。
『なまえはなんていうの?』
子供ながらに、純粋に疑問を抱いたのだ。
”なぜ反論しないのか”と。
彼は重そうな口を開いた。
『 』
にっこりと、笑っていた気がするのは…___
「能浦」
低い声に目が覚める。
頭に優しく手を置く彼を下から眺めたことはなかったが、こんなにも整った顔をしていることは初めて知った。
寝ぼけながらも小さく声を出す。
「…仕事しろ」
それに彼はふふと笑う。
何とも幸せそうな笑みで。
「ごめんね」
最初は、仕事を残してのごめんなんだと思った。
けれど、力も入らない体が少しずつ冷たくなっていく感覚に、何かを察した気がした。
「……」
最後に、俺はこう言いたかった。
”馬鹿野郎”
コメント
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久しぶりに小説を書いたけど、途切れ途切れの文章しか書けませんでした。これからの文もこんな感じだと思うのでご了承頂けましたら幸いです🙌