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146
昼休みの廊下は、騒がしいのにどこか眠たかった。窓から入る春風がカーテンを揺らして、みことの髪をさらさら撫でていく。
「みこちゃーん!」
勢いよく飛び込んできたのは、相変わらず距離感がゼロのこさめだった。
「わっ、こさめちゃん」
みことが顔を上げた瞬間、こさめはそのまま後ろから抱きつく。むぎゅ、と柔らかく押し潰されたみことが「ふは……」と小さく笑った。
「みこちゃん、今日もふわふわ~。抱き枕みたい」
「えぇ……?」
その瞬間だった。
「こさめちゃん」
にこやかな声なのに、空気がぴしりと張る。
すちが、笑顔のままこさめの肩を掴んでいた。
「……はい?」
「離して?」
穏やかな口調。けれど有無を言わせない圧がすごい。
「え、なんで!?」
「なんでも」
ひょい、とこさめを引き剥がしたすちは、そのまま自然な動作でみことの後ろに回る。そして当然みたいに抱き寄せた。
「わ、すちくんっ」
背中にぴたりと体温がくっつく。みことの頭に顎を乗せたすちは、満足そうに目を細めた。
「……これでよし」
「よし、じゃないんだけど!?」
抗議するこさめを無視して、すちはみことの髪を指で梳く。
「こさめちゃん、人の好きな子にべたべたしすぎ」
「す、好きな子!?」
ぼんっ、と音がしそうな勢いでみことの顔が赤くなる。
「えっ、えっ、あの、すちくん!?」
「うん?」
耳元で優しく返事をされて、みことは余計に混乱した。
背中から回された腕があったかい。逃げようと思えば逃げられるくらいの力なのに、なぜか離れがたくて、みことは制服の裾をぎゅっと掴む。
「……みこと、顔真っ赤」
「だ、だってぇ……」
すちはそんな様子を見て、内心完全に限界だった。
可愛すぎる。
うるうるした目で見上げられて、耳まで赤くして、しかも逃げない。むしろ安心したみたいに背中を預けてくる。
理性が毎日綱渡りである。
「すちくん、最近みことに過保護すぎない?」
「そう?」
「そうだよ!この前だって、女子がみこちゃんに消しゴム貸しただけで間入ってたじゃん!」 「あれは距離近かったから」
「怖っ」
みことはきょとんとしていた。
「……近かった?」
「みことは無防備すぎるんだよ」
すちはため息混じりに言いながら、みことの頬を軽くつつく。
「すぐ人に懐くし、触られても危機感ないし」 「だってみんな優しいよ?」
「優しくない人もいる」
「んん……?」
納得していない顔のみことに、すちは額を押さえた。
本当に危なっかしい。
しかも本人に自覚がないから余計たちが悪い。
そんなことを考えていると、不意にみことがくい、とすちの袖を引っ張った。
「……すちくん」
「どうしたの?」
名前を呼ばれた瞬間、すちの声が目に見えて甘くなる。
「購買、一緒いってほしい……」
「行く」
「即答!?」
こさめが笑う。
みことは照れたようにはにかみながら、また小さく袖を引いた。
「1人だと混んでて大変で……」
「うん、俺いるから大丈夫」
すちはもう完全に顔が緩んでいた。
こんなふうに頼られるたび、胸の奥がじんわり熱くなる。
自分だけを見て名前を呼んでくれる瞬間が、たまらなく好きだった。
するとその時、廊下から女子の声が飛んできた。
「すちくーん!この前のプリントなんだけど!」
「あ、はい」
すちが返事をして振り向く。
その瞬間、みことの手がするりと袖から離れた。
「……みこと?」
「……っ」
みことは少しだけ困ったみたいに笑って、「後でね…、」と小さく言った。
そのまま、ふらりと教室の出口へ向かう。
すちは一瞬で察した。
拗ねてる。
しかも遠慮して我慢するタイプのやつだ。
「ごめん、あとで!」
女子への返事を秒速で終わらせ、すちはすぐみことの腕を掴む。
「えっ」
「どこ行くの」
「え、えっと……邪魔かなぁって」
「邪魔なわけないでしょ」
すちはみことを引き寄せると、また後ろから抱き込む。
「俺、みこと優先だから」
「……ぅ」
耳まで赤くなったみことが、恥ずかしそうに俯く。
「……すちくん、近いぃ……」
「離れない」
「なんでぇ……」
「好きだから」
さらっと落とされた言葉に、みことの思考が止まる。
一方のすちは、真っ赤になって固まったみことを見て、今日も今日とて心臓を撃ち抜かれていた。
固まったままのみことを見て、こさめがけらけら笑う。
「みこちゃん、フリーズしてる!」
「だ、だってぇ……」
みことは顔を真っ赤にしたまま、ぎゅっと胸元を押さえた。心臓がうるさい。さっきからずっと、どくどく跳ね回っている。
好きだから。
その言葉が頭の中をふわふわ漂って、うまく消えてくれない。
「すちくん、それ、告白じゃん」
「うん、まあ」
「まあ、じゃないよ!?」
こさめが爆笑する。
対するすちは平然としていた。むしろ当然みたいな顔で、みことの肩に頬を寄せている。
「隠す気なかったし」
「みこちゃん全然気付いてなかったけど!?」
「知ってる」
そこが可愛いんだけど、と小さく呟いて、すちはみことの頭を撫でた。
撫でられるたび、みことの肩がぴくぴく揺れる。
「みこと」
「……っ、な、なぁに」
「顔見せて」
こて、と首を傾げたすちに、みことは恐る恐る顔を上げた。
途端、すちは目を細める。
「かわいい」
「ひゃっ……」
即死級だった。
みことは耐えきれず、ぽすっとすちの胸に額をぶつける。
「む、むりぃ……」
「何が?」
「すちくんがぁ……」
優しい声で追い詰めてくる。
逃げ場がない。
でも嫌じゃないから、もっと困る。
すちはそんなみことを抱え込むみたいに腕を回しながら、満足げに息を吐いた。
「……ほんと、俺以外にこんな顔しないでね」 「ぇ?」
「心臓もたない」
ぽやぽやしたみことは、その言葉の意味を完全には理解できていない。
ただ、独り占めしたそうな声色だけはなんとなくわかって、胸がくすぐったくなる。
「……すちくん、へん」
「うん、みこと相手だと変になる」
さらっと返されて、みことはまた真っ赤になった。
こさめはそんな二人を眺めながら、「はいはいごちそうさまー」と呆れた声を出す。
「これまだ付き合ってないんだよね?」
「そうだけど」
「嘘でしょ」
「えっ、つ、付き合ってないよ!?」
みことが慌てる。
するとすちは、みことの耳元に顔を寄せた。
「……付き合う?」
「っ!!」
びくぅっ、とみことの肩が跳ねた。
耳が一気に赤く染まっていく。
「い、いま!?」
「だめ?」
「だ、だめじゃ、ないけど……」
しどろもどろになりながら、みことはぎゅっとすちの制服を掴む。
その仕草だけで、すちはもう駄目だった。
かわいい。
可愛すぎる。
好きな人が、自分の服を頼るみたいに握ってくれる幸福感がえげつない。
「……みこと」
「ぅぅ……」
「そんな顔されたら、ほんとに攫いたくなる」
低く落ちた声に、みことがぱちぱち瞬く。
「さらう……?」
「どっか連れて帰って、俺しか見えなくしたい」 「怖っっ!?」
こさめが即座にツッコんだ。
だがみことはというと、少し困ったように眉を下げながら、それでも嬉しそうに笑ってしまっていた。
「でも……すちくんのおうち、落ち着くよ?」
「……ほらね」
「何がほらねなの!?」
すちは完全に限界だった。
無自覚に懐いてくるみことが、あまりにも甘すぎる。綿菓子か何かかもしれない。しかも自分限定で袖を引っ張ってくるのだからたちが悪い。
すると次の瞬間。
「……すちくん」
また、くい、と袖が引かれる。
「ん?」
「購買……いこ?」
上目遣い。うるうるの瞳。ほんのり赤い頬。
すちは数秒黙ったあと、片手で顔を覆った。
「……無理」
「えぇ!?」
「可愛すぎて無理」
「なんでぇ!?」
「おーい、こさめぇ」
廊下の向こうから、気だるげな声が飛んでくる。
振り返ったこさめがぱっと顔を輝かせた。
「なつくん!」
そのまま勢いよく駆け出して、どーん!とひまなつに飛びつく。
「うぉ、あぶな」
慣れた様子で抱きとめたひまなつは、そのまま片腕でこさめを支えながら、じとっとすち達を見る。
「……なに廊下で見せつけてんだよ」
「別に見せつけてないよ?」
「見せつけてんじゃん。空気ピンクだったけど」
「空気に色はないよ?」
みことが真顔で返すと、ひまなつは「そこじゃねぇ」と呆れた。
一方こさめは、ひまなつの首元にぎゅうぎゅう擦り寄っている。
「なつくん聞いて!すちくん重い!」
「知ってる」
「みこちゃん独占しすぎ!」
「それも知ってる」
ひまなつは淡々と返しながら、こさめの額にぺちん、とデコピンを入れた。
「いったぁ!?」
「お前も加減覚えろまじで。人に抱きつきすぎ」
「えぇー!?」
「すちが殺気立ってただろ」
「だってみこちゃん、ふわふわでかわいいじゃん!」
その言葉に、すちはすっと目を細めた。
「……こさめちゃん?」
「ごめんなさい」
即謝罪。
みことはそんなやり取りをおろおろ見ながら、わたわた手を振る。
「み、見せつけてないもん……!」
「してるしてる」
「してないよ…!」
照れ隠しなのか、みことの声が少し大きくなる。
頬は真っ赤。耳まで染まっていて、うるうるした目が忙しなく揺れていた。
カシャ。
「……ぇ?」
みことが固まる。
すちはスマホを構えたまま、満足そうに画面を見ていた。
「今のかわいかった」
「っ、すちくん!?」
「もう一枚」
カシャ、カシャ。
「や、やだぁ……!」
みことは慌てて顔を隠そうとするが、すちは逃がさない。
「だって見て、ほっぺ赤い」
「ぅぅ……」
「目もうるうる」
「撮っちゃやだぁ……」
涙目で訴えるみことに、すちは数秒静止した。
かわいい。
破壊力が高すぎる。
しかも本人は無自覚でやっているから恐ろしい。
「……無理、保存したい」
「なにを!?」
「今のみこと」
「消してぇ!?」
みことは慌ててすちのスマホを奪おうとぴょこぴょこ跳ねる。
だが身長差のせいで届かない。
「すちくんっ、お願い……!」
「やだ」
「なんでぇ!?」
「かわいいから」
ひまなつはその光景を見ながら、こさめにぼそっと呟く。
「……重症」
「ねー」
「でもみことも逃げないんだな」
「それな!」
実際、みことは顔を真っ赤にしながらも、すちの制服の裾をしっかり掴んだままだった。
離れたいわけじゃない。
ただ恥ずかしいだけ。
それが透けて見えるから、すちは余計に甘やかしたくなる。
「みこと」
「……な、なぁに」
優しく呼ばれて、みことが上目遣いに見上げる。
その瞬間、またカシャッとシャッター音が鳴った。
「〜〜〜っ!!」
みことはついに羞恥でしゃがみ込んだ。
「すちくんのばかぁ……」
「ごめん、でもかわいい」
「それ免罪符じゃないから……」
うるうる涙目で睨まれて、すちは胸を押さえる。
「……だめだ、好き」
「くだらねぇ。……ほら、こさめ。飯行くぞ」
ひまなつは呆れたようにため息をつきながら、こさめの頭をぐしゃっと撫でる。
「えー、もっと見てたい!」
「胸焼けする」
「ひどっ!」
けらけら笑いながらも、こさめは素直にひまなつの腕に絡みついた。
「みこちゃん!またあとでね!」
「うん、またね…?」
ぶんぶん手を振るみことに手を振り返しながら、二人はそのまま廊下の角を曲がっていく。
静かになった廊下には、みこととすちだけが残った。
「……」
「……」
そして数秒後。
「すちくん」
「ん?」
「しゃがめる……?」
みことは真っ赤な顔のまま、そろそろと袖を引っ張る。
「恥ずかしくて立てないぃ……」
すちは思わず吹き出した。
「ふはっ、なにそれ」
「笑わないでぇ……」
涙目で見上げられ、すちはまた心臓を撃ち抜かれる。
しゃがみ込んだみことの前に同じように腰を落として、そっと頭を撫でた。
「みこと、かわいすぎる」
「そればっかりぃ……」
するとその時。
「……お前ら何してんの?」
低い声が廊下に響いた。
振り向けば、らんといるまがこちらを見ている。
らんは呆れたように片眉を上げ、いるまは露骨にジト目だった。
「すち」
「はーい」
「みことが困ってるだろ。やめてやれ」
ぴしゃり、と言い切られる。
だが当のみことは、すちの袖を握ったままだ。
らんがそれに気付き、じっとみことを見る。
「……みこと」
「ぇ、あ、えっと……」
みことは視線を泳がせたあと、小さくもごもご呟く。
「……困っては、ない……」
「甘やかされすぎだろ」
らんが頭を抱える横で、いるまが鼻で笑った。
「つーか、こんなとこでイチャついてんじゃねぇよ。廊下だぞ」
「イチャついてないよ?」
「どの口が言ってんだ」
すちは困ったように笑うだけだった。
まるで悪びれる様子がない。
いるまはさらに呆れた顔になる。
「お前最近ほんと隠さねぇな」
「好きだからね」
「聞いてねぇ」
即答され、いるまがげんなりする。
一方みことは、また顔を真っ赤にしていた。
「ぅぅ……」
「みこと、茹でダコみたいになってる」
「ら、らんらんまでぇ……」
ぷしゅう、と湯気でも出そうな勢いで俯くみことを見て、すちは優しく目を細める。
「ほら、購買行こっか」
そう言って自然に差し出された手に、みことはぱちぱち瞬きをした。
「……いいの?」
「うん?」
「手ぇ……」
すちはきょとんとしてから、少しだけ笑う。
「繋ぎたいから出したんだけど」
その一言で、みことの耳まで真っ赤になった。
それでもそろそろと、自分の手を重ねる。
きゅ、と指が絡め取られると、胸がくすぐったくて落ち着かない。
「……っ」
「なにその顔」
「だ、だって……」
すちはそんなみことを見て、幸せそうに笑った。
「うん、かわいい」
「またそれぇ……!」
半泣きで抗議するみことを連れながら、すちは手を繋いだまま購買へ歩き出す。
その背中を見送りながら、いるまがぼそっと呟いた。
「……あれで付き合ってねぇの意味わかんねぇ」
「ほんとにな」
らんも深く頷くのだった。
昼の屋上は、ほどよく風が吹いていて気持ちよかった。
フェンス越しに見える青空の下、いつもの六人が適当に場所を陣取る。
ひまなつは寝転がるように座りながら、片手でゲーム機を操作していた。
「……っは、雑魚」
「なつくん口悪ーい」
その肩にもたれかかるこさめは、のんびりスルメイカを噛んでいる。もぐもぐしながら、ひまなつの腕に頭を擦り寄せた。
「ねぇ見て、イカ裂けた」
「知らねぇよ」
言いながらも、ひまなつはこさめの頭を軽く撫でる。
一方、少し離れた場所ではらんがおにぎりを頬張っていた。
「……やっぱツナマヨは正義」
「それ三個目じゃね?」
隣でカツ丼を食べているいるまが呆れたように言う。
「育ち盛りだから」
「俺も育ち盛りなんだけど」
そんな賑やかな空気の中、みことは膝の上にサンドイッチを置いて、ほわほわ笑っていた。
「おいしい……」
隣に座るすちは、その横顔をじっと見ている。
かわいい。
食べてるだけなのにかわいい。
頬がもぐもぐ動くたび、ずっと見ていたくなる。
「すちくんのお弁当もおいしそうだねぇ」
みことがちら、と覗き込む。
綺麗に詰められた弁当箱には、卵焼きや唐揚げ、彩りのいいおかずが並んでいた。
「え、これ作ったの?」
「うん」
「すごぉ……!」
みことの目がきらきら輝く。
「お店みたい!」
「そんなでもないよ」
すちは笑いながらも、内心かなり嬉しかった。
好きな子に褒められる破壊力はすごい。
「みこと、食べる?」
「ぇ」
すちは自然な動作で唐揚げを箸で掴む。
そしてそのまま、みことの口元へ。
「あーん」
みことが固まった。
「……ぇぇ」
「嫌?」
「や、やじゃないけどぉ……」
周囲の視線が一斉に集まる。
らんは「また始まった」とでも言いたげにため息をつき、いるまは露骨に顔をしかめた。
「お前らほんと人前好きだな」
「違うからぁ!」
みことは慌てて否定する。
しかしすちは微動だにしない。
「あーん」
「すちくん……」
「冷めちゃう」
優しく急かされて、みことはおろおろしたあと、観念したように口を開けた。
「……ぁ、あー……」
ぱく。
衣のさくっとした音が小さく鳴る。
「……っ!!」
みことの目が一気に見開かれた。
「おいしぃ……!」
感動したように頬を押さえる。
「なにこれぇ!すごい!」
「そんなに?」
「お肉やわらかいし味もちょうどいいし、衣さくさくだし……!」
興奮したみことが、きらきらした目で見上げてくる。
その顔を見たすちは、完全に駄目だった。
「……かわいい」
「またぁ!?」
みことが真っ赤になる。
すちは堪えきれず笑いながら、次は卵焼きを摘まんだ。
「あーん」
「まだあるの!?」
「いっぱい食べて」
「ぅぅ……」
困りながらも、みことは結局また口を開ける。
ぱく、と食べて、また目を丸くした。
「これもおいしいぃ……」
「よかった」
すちは幸せそうに微笑む。
自分の作ったものを食べて、こんなに嬉しそうな顔をしてくれる。
それだけで胸がいっぱいだった。
すると向こうから、ひまなつの冷めた声が飛んできた。
「……飼い主と餌付けされる犬みてぇ」
「誰が犬!?」
「みこと」
「ぇぇ!?」
こさめは大笑いしている。
「でもなんかわかる!すちくんにご飯もらうと嬉しそうだもん!」
「こさめちゃん?」
すちがにっこり笑う。
圧がすごい。
「ひぃっ」
こさめがひまなつの背中に隠れた。
一方みことは、まだもぐもぐ卵焼きを食べながら、小さく呟く。
「……すちくんのお弁当、毎日食べたいなぁ」
ぴたり。
空気が止まった。
すちが静かにみことを見る。
「……毎日?」
「ぇ?うん」
天然だった。
完全に天然で言っている。
すちは数秒黙ったあと、片手で顔を覆う。
「……無理」
「えぇ!?なんでぇ!?」
「それ以上煽らないで、みこと」
「……煽ってないよ?」
みことはきょとんとしていた。
「ぇぇ……?」
「毎日食べたい、とか」
「だってほんとにおいしいんだもん……」
純粋な感想だった。
すちは深く息を吐きながら、みことの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「……ほんと無自覚」
「むじかく?」
みことはますます意味がわからない顔になる。
「いちゃいちゃすんなよ」
呆れた表情でひまなつが一言。
「でも、こさめちゃんとなっちゃんも距離近くていちゃいちゃしてるのにぃ」
突然話を振られたこさめが「ん?」と顔を上げた。
ひまなつはゲーム機から視線を外し、みことを見る。
「……そりゃ付き合ってるし」
「いつもこの距離だよねぇ?」
こさめは当然みたいにひまなつの腕にさらに抱きつく。
みことはぱちぱち瞬いた。
「つ、付き合ってるとあれくらい普通なの……?」
「普通じゃね」
「普通だよぉ」
二人の温度差がすごい。
するとこさめが、にやぁっと悪戯っぽく笑った。
「ね、なつくん」
「……なに」
「みこちゃん困らせよ?」
ひまなつは一瞬だけ面倒そうな顔をしたあと、「くだらね」と呟きながらも、特に拒否はしなかった。
こさめがひまなつの制服を引っ張り、そのまま軽く唇を重ねる。
ちゅ、と小さな音。
「っ!!?」
みことの思考が完全停止した。
目がまん丸になる。
数秒遅れて、顔が一気に真っ赤に染まった。
「ぇ、ぇぇぇっ!?」
「わはは!みこちゃん真っ赤!」
「な、な、なっちゃんとこさめちゃんがぁ……!」
みことは完全にパニックである。
両手で顔を隠しながら、指の隙間からちらちら見てしまう。
一方ひまなつは、何事もなかったみたいにゲームを再開していた。
「……騒ぎすぎ」
「だってキスしてたぁ!!」
「したけど」
こさめはけろっとしている。
らんはおにぎりを食べながらため息をついた。
「またやってるわ」
「昼飯時に見せるもんじゃねぇだろ」
いるまもカツ丼を食べながら適当に返す。
慣れ切っていた。
しかしみことだけは耐性ゼロである。
「き、キスって、あの、えっとぉ……」
わたわたしているみことを見て、すちは静かに固まっていた。
そして数秒後。
「……みこと」
「ひゃい!?」
肩を震わせて振り向く。
すちはにこ、と笑っていた。
すごく優しい笑顔。
なのに妙な圧がある。
「そんな顔、他の人のキスでしないで」
「ぇぇ!?」
「俺以外で赤くならないでほしい」
さらっととんでもないことを言われ、みことはさらに茹で上がる。
「む、むりぃ……!」
「無理じゃない」
「だってびっくりしたんだもん!」
涙目で抗議するみことに、すちはじっと視線を向けた。
うるうるの目。赤い頬。羞恥で潤んだ声。
かわいすぎる。
完全に理性が危うい。
「……だめだ、ほんと好き」
「すちくん今日それしか言ってないぃ……!」
「…いいからはよ飯食えよ」
いるまが呆れた声を出しながら、カツ丼をかき込む。
みことはまだ顔を赤くしたまま「うぅ……」と唸っていたが、すちはそんな反応すら可愛くて仕方なかった。
ふと、すちはいるま達へ視線を向ける。
「そういえば、いるまちゃんとらんらんはイチャイチャするなら家なの?」
ぴたり、と空気が止まった。
こさめが「おっ」と目を輝かせる。
ひまなつは「燃えそう」とでも言いたげな顔でゲームを止めた。
「……は?」
いるまの眉がぴくりと動く。
一方らんは、思わず持っていたおにぎりを落としかけた。
「い、イチャイチャって……別にしてねぇし!」
耳が赤い。
完全に照れ隠しだった。
すちは「あ、かわいい反応」と思いながら微笑む。
「え、でも付き合ってるんだし」
「だからって人前でべたべたしねぇよ!」
らんはわたわたしながら否定する。
その横で、いるまが鼻で笑った。
「こいつとなんか、お前らみたくするわけねぇだろ」
あっさり放たれた一言。
その瞬間。
らんの表情が、ほんの少しだけ止まった。
「……ぇ」
誰もすぐには気付かなかった。
けれどみことだけは、らんの指先が小さく震えたのを見てしまう。
最近、らんは忙しかった。
生徒会の仕事や部活の手伝い、教師に頼まれる雑務。昼休みも放課後も走り回っていて、いるまとゆっくり過ごせる時間が減っていた。
だから今日、こうして一緒に昼を食べられるのを、少し楽しみにしていたのだ。
なのに。
「……そっか」
らんは笑った。
いつものみたいに、軽く。
でも声が少しだけ掠れていた。
「俺、ちょっと用事あるから先行くわ」
急いでおにぎりを口に押し込み、立ち上がる。
「らんくん?」
こさめが不思議そうに呼ぶ。
らんは振り返らなかった。
「悪ぃ、また後で」
足早に屋上を出ていく。
「…おい」
ぱたん、と扉が閉まる音。
いるまの低い声は届かなかった。
残された空気が、妙に静かだった。
そして数秒後。
いるまの顔から、さっきまでの棘が少し消えていた。
「…チッ…」
いるまは舌打ちをし、 乱暴に立ち上がる。
「俺もちょっと野暮用」
「絶対らん追いかけるじゃん」
「うるせぇ」
そう吐き捨てながら、いるまも屋上を後にする。
扉が閉まったあと。
残された四人はしばらく沈黙していた。
そしてみことが、そっとサンドイッチを握りしめる。
「……らんらん、泣きそうだった」
小さな声だった。
すちはそんなみことの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ」
「……ほんと?」
「いるまちゃん、追いかけたから」
ぶっきらぼうで言葉足らずでも、あの反応は完全に焦っていた。
たぶん今頃、必死に捕まえている。
こさめは頬杖をつきながら、ふにゃっと笑った。
「いるまくん、不器用なんだよねぇ」
「らんも変に我慢するし」
ひまなつも珍しく真面目な声を出す。
そんな会話を聞きながら、みことは少しだけ安心したように息を吐いた。
すると隣から、そっと指先が絡んでくる。
「……すちくん?」
「みことは我慢しないでね」
静かな声だった。
「寂しかったら、ちゃんと言って」
まっすぐ見つめられて、みことの胸がきゅうと鳴る。
「……ぅ」
みことは小さく頷きながら、ぎゅっとすちの手を握り返した。
らんは階段を駆け下りていた。
足音がやけにうるさい。
視界が滲む。
「っ、……は」
嫌だった。
あんなことで傷付いた自分が。
たった一言で胸がぐちゃぐちゃになって、泣きそうになった自分が情けなかった。
だって、いるまは悪気なんてなかった。
わかってる。
いつものぶっきらぼうな言い方だって知ってる。
それなのに。
『こいつとなんか、お前らみたくするわけねぇだろ』
あの言葉が、何度も頭の中で響く。
「……っ」
視界が滲んだ瞬間。
「らん!」
後ろから荒い声が響いた。
次の瞬間、ぐい、と腕を掴まれる。
「っ、いるま……!」
強い力で引き寄せられ、らんの体がそのままいるまの胸へぶつかった。
熱い。
ぶつかった場所から、どくどく心臓の音が伝わってくる。
「離せ……っ」
「やだ」
即答だった。
らんが逃げようとしても、いるまの腕はびくともしない。
「離せって……!」
「無理」
低い声。
その声を聞いた瞬間、堪えていたものが決壊した。
「……っ、ぅ、ぁ……」
ぽろ、と涙が落ちる。
一度溢れたら止まらなかった。
「俺なんかに……っ、触りたくないくせに……!」
叫ぶみたいに吐き出した瞬間、いるまの顔が歪む。
「はぁ!?んなわけあるか!」
「だってさっき……っ、お前……!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を見て、いるまは舌打ちした。
自分自身に腹が立つみたいに。
「……悪かった」
絞り出すような声。
「強がって言った」
「……っ」
「泣かせて、ごめん」
そのまま、いるまはらんの頭を強引に引き寄せる。
ぐ、と胸元へ押し付けられ、視界が制服の黒で埋まった。
「いるま……!」
「黙って抱かれてろ」
いつも通り乱暴な言い方なのに、腕だけは痛いほど優しい。
逃がさないみたいに強く抱きしめられて、らんの涙がさらに溢れる。
「っ、ばか……!」
ぽかぽかと背中を叩く。
「お前ほんと……っ、最低……!」
「おう」
「俺どんだけ寂しかったと思って……!」
「……ん」
全部否定せずに受け止めるいるまに、らんは余計泣けてきた。
叩いても、押しても、いるまは離れない。
むしろ抱き締める力が強くなる。
「……最近、お前忙しくて」
いるまが低く呟く。
「話せねぇし、一緒にもいれねぇし」
らんの肩がぴくりと震えた。
「だから俺も……イラついてた」
「……ぇ」
「寂しかった」
不器用に落とされた本音。
らんは目を見開く。
するといるまは、らんの髪に顔を埋めながらぼそっと続けた。
「なのに変な強がりして、お前泣かせた」
ぎゅう、とさらに抱き締められる。
「……ごめん」
その声が思った以上に弱くて、らんの胸がきゅうと痛んだ。
ぽかぽか叩いていた手から、力が抜ける。
「……ばか」
「うん」
「ほんと、ばか……」
らんは震える息を吐きながら、そっといるまの背中を掴んだ。
離れないように。
縋るみたいに。
それを感じたいるまは、小さく息を吐いて、らんを抱く腕にさらに力を込めた。
階段の踊り場には、静かな呼吸音だけが残っていた。
らんはずっと、いるまの胸に顔を埋めたまま泣いていた。
制服は涙でぐしゃぐしゃだ。
けれどいるまは一度も離れない。
背中へ回した腕を緩めることなく、ただ静かに抱き締め続ける。
「……っ、ぅ」
しゃくりあげるたび、いるまの手が後頭部を優しく撫でた。
大きな手。
少し硬い指先。
乱暴そうなのに、触れ方だけは驚くほど丁寧だった。
「……らん」
低い声が頭の上から降ってくる。
それだけで、張り詰めていたものが少しずつほどけていく。
いるまはらんの髪を梳きながら、時々くしゃりと撫でる。
泣き疲れた子どもをあやすみたいに。
「……ん」
らんの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
すると今度は、いるまの指先が耳に触れた。
「ひゃっ……」
ぴく、と肩が跳ねる。
「……敏感」
「さ、触んな……っ」
泣いたあとの掠れた声には、もうさっきほどの強さはなかった。
いるまは小さく笑う。
そして耳の輪郭を指でなぞりながら、赤くなったそこを軽くつまんだ。
「っ、いるま……!」
「やっといつもの声出た」
からかうように言われて、らんはむっと頬を膨らませる。
けれど逃げようとはしなかった。
むしろ無意識に、いるまの服を掴む手に力が入る。
その仕草に、いるまの目が少しだけ細められた。
「……泣き止んだか?」
「……しらね」
ぐず、と鼻を鳴らしながら顔を上げる。
真っ赤に腫れた目。
涙で濡れた睫毛。
そんならんの顔を見た瞬間、いるまはふっと笑った。
「……ぶさいく」
「はぁ!?」
即座に拗ねた声が返ってくる。
「泣かせたのお前だろ!」
「悪かったって」
「全然反省してねぇ!」
らんはまたぽかっと胸を叩こうとする。
けれどその手が振り下ろされる前に。
いるまが、ぐっとらんの顎を持ち上げた。
「……っ」
一瞬だけ目が合う。
次の瞬間、唇が重なった。
らんの言葉が全部止まる。
「……ん、」
軽く触れるだけのキス。
なのに熱かった。
いるまの唇は少し乾いていて、それでも触れ方だけは優しい。
離れたあとも距離は近いままで、らんは呆然と瞬きを繰り返す。
「……黙った」
「っ、るさ……」
真っ赤になって睨むらんに、いるまは満足そうに笑う。
そしてもう一度、今度は額をこつんと合わせた。
「……好きだから、追いかけてきたんだけど」
ぶっきらぼうな声。
けれどそこに滲む熱を、らんはちゃんと知っている。
だから結局、怒りきれなくて。
らんは小さく唇を尖らせながら、またいるまの胸元へ額を押し付けるのだった。
階段の陰。
そこには、完全に聞き耳を立てていた四人の姿があった。
「……いるまくん、甘々だ……」
こさめがひそひそ声で呟く。
「らんらんかわい……」
みことも小声でぽわっと言う。
ひまなつは壁にもたれながら、「あいつあんな声出すんだ」と半分引いた顔をしていた。
一方すちは、静かにスマホを構えている。
「……すちくん?」
「いや、今の“寂しかった”は永久保存かなって」 「撮ってたのぉ!?」
みことが慌てて袖を引っ張る。
するとその瞬間。
「……聞き耳四人衆、分かってんだよ」
低い声が飛んできた。
ぴたり、と全員固まる。
いるまがこちらを見ていた。
完全にバレている。
「え!?」
らんがびくっと顔を上げた。
涙の跡がまだ残る顔で、ぱちぱち瞬きを繰り返す。
「だ、誰かいたの!?」
「見つかっちゃったー!」
観念したこさめがひょこっと姿を現した。
その後ろから、ひまなつ、すち、みこともぞろぞろ出てくる。
「ご、ごめんねぇらんらん……」
「盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど」
「途中から完全にしてたよね?」
ひまなつの冷静なツッコミが刺さる。
一方らんはというと。
「っ、〜〜〜!!」
みるみる顔が赤くなっていく。
「ち、違……っ、あれは、その……!」
あわあわと手を振る。
泣いたところも、抱き締められていたところも、キスまで全部見られた。
羞恥で今すぐ消えたかった。
「いるまお前なんで言わねぇんだよ!?」
「面白かったから」
「最悪!!」
らんが涙目で叫ぶ。
するといるまは、そんならんをぐいっと強く抱き寄せた。
「わっ」
そのまま、らんの顔を自分の胸へ押し付ける。
「……見んな」
「いるま……!」
真っ赤になったらんが抗議するが、いるまは離さない。
むしろ隠すみたいに頭を抱え込む。
そして四人を睨みながら、ぶっきらぼうに言った。
「悪いけど、こいつの泣き顔見れんの俺だけだから」
空気が止まる。
「……は?」
ひまなつが素で聞き返した。
こさめは「うわ出た」と吹き出している。
みことは「ぇぇ……」と顔を赤くし、すちは静かに天を仰いだ。
殺傷力が高い。
当のらんは完全に機能停止していた。
「っ、〜〜〜〜〜!!」
首まで真っ赤。
耳も真っ赤。
声にならない声を漏らしながら、いるまの制服をぎゅうっと掴む。
そんな反応を見て、いるまは満足そうに鼻を鳴らした。
「だからお前ら教室戻れ」
「え、らんくんは?」
「俺ら早退するわ」
「サボりじゃん」
「うるせぇ」
ひまなつのツッコミを適当に流しながら、いるまはらんをひょいっと抱き上げた。
「えっ!?ちょ、いるま!」
いわゆるお姫様抱っこである。
らんは羞恥で死にそうだった。
「おろせ!歩ける!」
「顔ぐしゃぐしゃのやつ歩かせたくねぇ」
「っ、〜〜〜!」
また真っ赤になる。
するとこさめがけらけら笑い出した。
「結局いちばんイチャついてるのあいつらじゃん!」
「ねぇ」
「人のこと言えないよねぇ」
みことまでうんうん頷く。
すちはそんなみことの頭を撫でながら、小さく笑った。
「じゃ、俺らは教室戻ろっか」
「うん」
四人が階段を上がっていく後ろで。
いるまは暴れるらんを軽々抱えたまま、校舎を出ていく。
「おろせってばか!!」
「やだ」
「いるま!!」
「……今日は甘やかすって決めた」
その一言で、らんはまた黙ってしまう。
結局最後には、諦めたみたいにいるまの首へ腕を回して。
顔を真っ赤にしたまま、大人しく抱っこされて帰るのだった。
放課後。
夕焼け色に染まった廊下を、すちとみことは並んで歩いていた。
教室から聞こえる笑い声も、部活の掛け声も、どこか遠い。
窓から差し込む橙色の光が、みことの髪をふわりと透かしていた。
「……らんらん、大丈夫かなぁ」
みことがぽつりと呟く。
「大丈夫だと思うよ」
すちは穏やかに笑った。
「いるまちゃん、ちゃんと大事にしてたし」
「……うん」
みことは小さく頷く。
昼間のことを思い出したのか、少し照れたように頬を掻いた。
「でもびっくりしたぁ……」
「何が?」
「キス……」
その単語を口にした瞬間、自分で恥ずかしくなったのか、みことは耳まで赤くなる。
すちはそんな反応を見て、喉の奥で小さく笑った。
「みこと、ほんと初心だね」
「だ、だって……!」
むう、と唇を尖らせる。
その顔すらかわいくて、すちは思わず視線を細めた。
校門を抜け、ゆっくり歩く。
風が吹いて、みことの制服の裾が揺れた。
すると隣から、ふいに低い声が落ちてくる。
「……俺も」
「ぇ?」
「堂々と、みこととキスできるようになりたいな」
さらりと言われて、みことの足が止まった。
「…………ぇぇ!?」
数秒遅れて顔が真っ赤になる。
「す、すちくん!?」
「ん?」
「な、なに急にぃ……!」
すちは困ったように笑う。
けれどその目は真っ直ぐだった。
「だって羨ましかった」
「な、なにが……」
「いるまちゃん達」
その言葉に、みことはまた昼間の光景を思い出してしまう。
途端に顔が熱くなった。
「っ、ぅぅ……」
「好きな人に、あんなふうに触れられるの」
すちはゆっくり続ける。
「いいなって思った」
優しい声だった。
冗談みたいな口調じゃない。
本気で言っているのがわかるから、みことの胸が落ち着かなくなる。
「……みことは?」
「ぇっ」
「俺とキス、したくない?」
真っ直ぐ見つめられる。
夕焼け色の瞳。
逃げ場なんてどこにもなかった。
「っ、〜〜〜……!」
みことは耐えきれず、ぐしゃっと顔を覆う。
「こ、こたえられないぃ……!」
「なんで?」
「むりだもん……!」
声が震えている。
けれど嫌そうではなかった。
むしろ意識しすぎて限界、みたいな反応で。
すちはそれだけで十分嬉しくなる。
「……かわいい」
「またそれぇ……」
半泣きで睨まれる。
するとすちは少しだけ屈み込んで、みことの顔を覗き込んだ。
「でも、焦らせるつもりはないよ」
「……ぅ」
「みことがちゃんと俺を好きになってからでいい」
その言葉に、みことはぱちりと瞬く。
胸がきゅうっと締め付けられた。
すちは、自分が好きだと言う。
何度も、真っ直ぐ。
なのに急かさない。
困らせないように、大事に触れてくれる。
その優しさが、胸の奥をふわふわ温かくしていく。
「……すちくん」
「ん?」
みことは少し迷ってから、そろそろとすちの袖を掴んだ。
いつもの癖みたいに。
「……手、つなぐのは、いい?」
一瞬、すちが固まる。
次の瞬間、ふっと笑った。
「だめって言うわけないでしょ」
優しく手を重ねられる。
指を絡められた瞬間、みことの肩がぴくっと揺れた。
けれど振りほどいたりはしない。
むしろ少しだけ、握り返してくる。
その小さな反応に、すちは胸がいっぱいになりながら、そっとみことの手を引いた。
夕焼けの帰り道を、二人はゆっくり並んで歩いていくのだった。
__𝐹𝑖𝑛.
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かわいい話が書きたくなりました🙄
1話完結です…!
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
2026年5月20日 yae
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コメント
7件

みんなあまあまだ,,, yaeさんの書く公式カプが少ないのは気のせいでしょうか( ᐛ )

キュンポイントがありすぎて悶えました!可愛かったです…!🥰🥰🥰