テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
243
俺たちはあの親バカなご両親と、悔しさに震える聖女リリスの視線から逃れるように、大通りの人混みをすり抜けた。魔王の隠密スキルを少しだけ使い、誰にも気づかれないように静かな公園へと移動する。
ー緑豊かな公園の片隅にあるベンチに、俺とチェリルは並んで腰を下ろした。
そよ風が吹き抜け、彼女の水色の髪と、淡水色の4枚の羽が優しく揺れる。
パレードの喧騒が遠くからかすかに聞こえるだけの、ひどく穏やかな時間。
(……はぁ、緊張した。まさか初恋の相手が妖精族の王女様で、その親があの精霊王だったなんてな)
前世のサラリーマン時代、取引先の超VIPを前にした時以上の冷や汗をかいた気分だ。
しかし、隣に座る彼女の横顔を見つめていると、そんな緊張も不思議と溶けていく。
チェリルは、大切そうに両手で抱えたままの羽ペンをじっと見つめていた。
人間の街を毎日歩き回ってまで、彼女が欲した特別な品。
俺はフードの奥から、彼女を驚かせないように、できるだけ穏やかなトーンで声をかけた。
「チェリル。その羽ペン……本当に手に入って良かったな。君は、文字を書くのが好きなのか?」
何気ない、だけど彼女のことをもっと知りたくてたまらない、俺の精一杯の質問だった。
チェリル「…はい………綺麗に、文字を書くのが好きで………」
そう言うと、彼女はほんの少しだけ口角を上げて、柔らかく微笑んだ。
(っ、く……! 破壊力が、破壊力が凄すぎる……!!)
脳内のサラリーマンオタクはあまりの尊さに胸をかきむしり、悶絶していた。
物静かで感情をあまり表に出さないチェリルが、初めて見せてくれた小さな、だけど確かな微笑み。
その翡翠(ひすい)の瞳が、嬉しそうに、そして誇らしげにきらめいている。
「そうか。綺麗に書かれた文字というのは、それだけで人の心を打つものだからな。君の書く文字は、きっと君と同じように、とても美しいのだろう」
俺は黒いフードの奥で、心からの言葉を口にしていた。
魔王の重低音ボイスが、今はただ彼女の心に寄り添うように、どこまでも優しく響く。
『魔王様と聖女様』のゲームシナリオなんて、もうどうでもいい。
聖女リリスのメンヘラな嫉妬も、王子との因縁も、この穏やかな笑顔を守るためなら全部俺が叩き潰してやる。
世界を滅ぼす魔王の力は、この愛おしい妖精の少女と、ただ並んで風に吹かれる未来のために使うと、俺は静かに心に誓った。
コメント
3件
ゼタからようやく抜け出せたんだな、
うわぁ……第13話、すごく好きな回でした。チェリルが初めて見せたあの微笑み、本当に尊かったです。羽ペンを宝物みたいに抱えて「綺麗に文字を書くのが好き」って言うシーン、彼女の控えめだけど確かな誇りが伝わってきて胸がじんわりしました。 魔王視点の「破壊力が凄すぎる」って脳内ツッコミにも全力で同意したくなります(笑) それに、彼女の笑顔を守るために魔王の力を使うと誓うラスト、重低音ボイスとのギャップがまた良いんですよね。設定の使い方も巧いなあと。